13話
立ち去る背中を見れば可哀相だなと思うけれど、正直電話がかかってきたのは渡りに船だった。
嫌かと問われれば、嫌なわけじゃない。
そもそも真直じゃあるまいし、地央にとってはキスも十分な愛情表現で、それに応えてるのが既に真直の質問への答えだ。
ただ、その感情がどこに分類されているのかわからないから、きっちり言葉で認めてしまうのは怖かった。
「地央?」
啓太郎の声に引き戻される。
「あ、うん。会うのほんと久々だよな。すげー楽しみにしとく」
「僕も。こないだの行けなかったから、今回のは倒れても行くよ」
「いやいや、あんまムリすんなよ。……医学部って、やっぱキツいよな」
「んー。生物とってなかったから、それがキツい」
中学の時から工学部に行くと言っていた啓太郎は、当然物理をとっていた。
去年二人で組んだ課題研究では、地央が途中で居なくなった後一人で課題をこなし、予定よりずっといいものに仕上げ県知事賞を取った。
自分の目の障害が、そんな幼なじみの人生を変えてしまったのではないかと、今でも胸がチリチリする。
「まあ、でも、充実してるよ。勉強ばっかりで余計なこと考えなくて済むしね」
自嘲が混ざっているように聞こえるのは、地央の後ろめたさのせいなのか。
「……なあ、地央、おまえ黒川と……」
「……ぇえ?」
突然啓太郎から飛び出した真直の名に、たった一文字発した音がひっくり返る。
「……黒川が居て良かったな」
その言葉に深い意味なんてないのだろうが、ついさっきのキスや真摯な姿を思い出してドキドキと息が苦しくなった。
真直とのそれは、絶対に啓太郎にはいえない関係。
「仲良い後輩いたから、学校戻りやすかったろ」
「いや、まあ」
そうなんだけど。
その名の通りの真っ直ぐさに流されそうで、今は正直寮に戻りにくい。
「ほっといていいの?さっきの黒川でしょ?拗ねてるよ、きっと」
確実に拗ねてる。
でも……。
「うん。いい。つか啓太郎の方こそ時間大丈夫か?」
「もうちょっとしたらバイト行くけど、まだ平気」
「バイトしてんの?」
「カテキョを二本ね」
「何?女子?可愛い?」
「可愛いよ。小学生と高校生の男の子」
「はあ?小学生で家庭教師!?」
「お受験大変なんだよ」
たわいない会話に癒やされる。
真直とは違う距離感を持つ唯一無二の存在。
恋愛感情が絡まないことにホッとする。
恋愛―――。
俺は、あいつの想いにどこまで応える気なんだろう。
何故そこまで固執するのかわからないという程の愛情を向けてくる真直。
たまに息苦しくなるけれど、無条件で愛される喜びを実感したことのない自分にはその苦しさまでたまらなく心地よくて、傍に居て欲しくなって、だから、自分の存在意義を確かめたいだけに利用しているんじゃないかという後ろめたさが拭えない。
そう。
きっと。
俺はおまえが欲しいんじゃないんだ。
お前が好きだと言ってくれる俺を感じたいだけ。
だから俺のことを欲しがってほしくない。
ああ、いや、違う。
ずっと欲しがっていてくれと、ただバカみたいに無条件で俺を欲しがってくれと、そう思ってる。
俺は自分が可愛いだけ。
サイテーだ。




