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1話

「タブレット菓子と黒い月」の続編です。

そちらを先にみていただけた方が関係性がわかりやすいと思います。

 

※加筆修正分しました。


「……キスしても、……いいですか?」

「ばーか。空気読めよ」

 

<p>

 

 

 あのときのやりとりは思い出すたびに真直の心にほのかな温もりを呼び起こす。

 焦がれて焦がれて、夢にまで見た人。

 自分の人生すべてを捧げても構わないともまで思いつめた人。

 その人は今、真直(まなお)の隣でやさしく―――。

「黒川、おまえはバカなのか?」

 悪魔のごとき微笑を浮かべ、真直に罵声を浴びせかけていた。

 

<p> 

 

 

「ふざけんなよ!?これ一昨日やった問題じゃないか!!」

「宇宙人に攫われてしまって、ちょっとその間の記憶が不明瞭に……」

「そうか。それはまあ稀有な体験をした、な!!」

 平林地央(ひらばやしちひろ)は「な」に合わせて、手にしていたファイルで真直の頭をはたいた。

「痛てっ」

「一昨日の俺が使った時間はまったくの無駄か!?思い出せ。意地でも思い出せ!」

 机の横で腕を組み、斜に構えて真直を睨みつけるその人が同じ寮で寝起きすると聞いた時は、バラ色の甘い日々が送れると思ったのに……。

 真直の成績を知るや、地央は鬼となった。

 そう。それも帰ってきたその日――あの感動の抱擁から10分も経たず、真直の机の上の模試の結果を目にした時から。

「あー、思い出せそうだったのに今の地央さんの一撃で……。あー、ココまで出てたのに」

「ふーん。……衝撃で忘れた時って、同じ衝撃で思い出すとかいうよな」

 再びファイルを持つ手に力を込める地央。

「うそうそ!ごめんなさい地央様っ!」

 ジュニアオリンピックを制した真直のライフルの腕を欲しがる大学はあれど、真直の志望校――地央の志望校でもあるが――は、ライフル個別の推薦枠を設けておらず、一般スポーツ推薦となる為このままでは評定がギリギリなのだ。

 地央は3年次の半分近くを前年に履修していることもあって、真直の家庭教師役をかって出てくれたわけだが、実力テストを前に、甘い寮生活どころかすっかり進学塾の合宿の様相を呈している。

 まあそれでも、いくら頭をはたかれたとしても、愛しい人が自分の為に傍に居てくれるという毎日はたまらなく幸せで……。

 愛しい地央の姿を見ようと振り返った真直は、当の本人に威嚇するように睨みつけられ、小さなため息をこぼしてテキストに目を戻した。



<p>



射撃部のエースであった地央が目の不調で部活をやめ、それをきっかけに真直はクールで強い先輩の隠れた幼さと弱さを知ることとなった。

 同性である地央に完全に心を奪われた真直、紆余曲折の末やっと気持ちを受け入れてもらったかに見えたが、地央は姿を消してしまった。

 白い肌とサラサラの髪。鋭く艶っぽい目と綺麗な顔。プライドの高さと少し意地悪でひねくれたところ。居なくなってから何度も地央を忘れようとしては、結局その努力の分また思い出した。

 学年が変わって復学した地央が再び自分の手の中に戻ってくれたときは、世界が終わってもいいと本気で思ったものだ。

 帰ってきた地央は目の障害と付き合っていく覚悟ができていて、居なくなる直前の不安定な印象は全く無くなっていた。

 地央の目は遺伝性の障害によって、視界の中心に丸く黒い影がある。そのせいで中心以外の視界を使用することとなり、流し目のようにして物を見なければならなかった。

 症状が出始めた当初はあからさまに体の角度を変えたり、極端な流し目で見ていたのだが、最近は残された視界の使い方が随分上手になったようだ。言われなければ障害があるとはわからない。

 それでも外出する際は視力の補強に加え、流し目を目立たせない様にかなりフレームのごつい眼鏡をかけるので、せっかくの綺麗な顔が隠れてしまうのが残念だなと思う真直であった。



<p>



「俺今日クラス会だから、あと三時間ちょいしかないぞ」

 地央は真直の机の上に、昨年自分が解いた実力テストの問題を重ねて置いた。

「クラス会っていつの?」

「三年の……、ああ、去年の方な」

 3年時に一時休学をしている為、今年と合わせて2回三年生をしている。

「岸さんくるんすか!?」

「いや。啓太郎はこれないって」

 そう聞いて、真直は心の中でガッツポーズをした。

 岸啓太郎は地央の幼馴染で昨年のクラスメイトでもある。

 現在は他県に出て医学部に通っている為、地央を独り占めしたい真直としては、嫉妬するレベルに地央と仲のいい啓太郎がいないことはとても喜ばしいことだった。

「あーあ、せっかくの部活もない土曜日なのになあ」

 だらしなく椅子に腰掛け、鼻と上唇にシャープペンをはさんで、やる気のかけらも見せない真直の頭を再び地央がバインダーで叩く。

「痛てっ」

「おまえなあ、一応もう一回確認するけど推薦の条件知ってるよな?評定3.5以上!他のクラスよりうちのクラスで評定とりにくいのわかってるよな!?」

 二人のクラスは入学時からの理系クラスなので、別クラスと比べてどうしても底のレベルが高くなってくる。別クラスでとる3.5以上とはまた意味が違うのだ。

 地央はその小奇麗な顔を最大限にしかめると、ドンっと机上の問題の上に手をついた。

「わかってますって」

「とりあえず、俺がクラス会行くまでにこの過去問終わらせろよな」

「いやいや、無理無理」

「無理じゃない!!」

「いや、ガチで!」

「せめてやる気を見せろよ」

 ため息をついて見下ろす地央に、真直は何かを思いついたように笑顔を浮かべる。

「地央さんがキスしてくれたら」

 真直の言葉に、地央はガックリと頭を落とす。

「ご褒美あるほうがモチベーションあがるじゃないすか」

「……おまえねえ……」

「一回だけ!」

 地央はもう一度盛大にため息をつくと、バインダーでまた真直の頭を一叩き。

「痛てっ」

 そしてそっぽを向くようにしてベッドの上に腰を下ろすと、

「時間内に解答まで終わらせたら……一回だけ、な」

 と、やたら早口で言って単語帳を開けた。

 その照れ隠しのような態度があまりにも可愛く思え、自分より一回り小さく華奢な地央を今にも抱きしめたい衝動に駆られる。しかしなんとかそれをこらえると、気合を込めて机に向かった。

 

 

 <P>

「できたー!!」

 真直は問題用紙から体を上げて、精一杯伸びをする。

 地央はベッドに寝転がったまま、手にした英文法のテキストを胸の上に置き、目だけで真直を見上げた。

「解答まで?」

「解答まで」

 真直は大きく頷くと、プリントを目の位置まで差し上げた。

 まるで飼い主の投げたボールを取ってきた忠犬のようで、地央はつい笑ってしまう。

 真尾にフサフサの毛がついていたなら、間違いなくそのあたりの床は綺麗になっていただろう。同級生がこの姿を見たら、真直への印象は180度級に変わるはずだ。

「じゃあ、まあ……」

 真直は頬をポリポリとかきながら、地央の横に腰をおろす。

 蹴られはしないかと少々怯えながら、片手をついて地央の唇に唇を落とした。

 深く唇を合わせた後で、上唇を触れさせたまま、啄むような軽いキスを何度も繰り返す真直。

「一回って言ってなかったか?」

 地央の頭を腕で固定して一向に唇を放す気配のない真直に、地央が甘い吐息混じりの声で問う。

 それでも真直は地央の唇を解放することなく触れさせたまま笑みを浮かべると、掠れた声で囁いた。

「唇離すまでが一回」

「……なるほど」

 


 <p>



 

「マジか……」

 基本的に体育は欠席だと思っていた地央がめずらしく体育に出てきた。

 聞けば球技は教師から禁止されているらしく参加できないが、走ることはできるとのことでやっと自習から解放されると喜んでいたのだが……。

 校内陸上競技大会の出場競技を選ぶことも踏まえて50M走を測ることとなり、地央が出したタイムは「6秒2」。

 どう見繕っても体育会系には見えない地央が、先に走った真直のタイムよりも速いというその事実に思わず声が漏れた。

 地央の運動神経がいいというのは耳にしてしたが、学年が違うとなかなかその能力を目の当たりにすることもなく、ライフルで勝てなかった時の記憶が苦く蘇る。

 6秒前半を出すのはクラスでもそう多くはなく、出した人間が陸上部でも野球部でもなく体育欠席常連の地央だけに当然クラス内でも大盛り上りだ。

 年上美形キャラの地央へ若干近寄り難さを感じていたらしいクラスメイト達の距離感が少し縮まって、独り占めしていたい真直は微かに唇を尖らせた。

「いや、100Mはそんな早くないから」

 すげえすげえというクラスメイトに困ったような笑いを浮かべて答えつつ、真直の傍にやってくる。

 めったに見ない体育のジャージ姿は真直達のブラック×ブルーとは違う、前の学年のブラック×グリーンだ。

そんなことで年上であることをなんとなく再認識した。

「足、そんな速かったんだ」

「50M走だけな。校陸とかいつもそれで100M出されて負けてた」

「それにしたって、普段あんま動いてないのに反則でしょうよ。あーあ。走るの地央さんに負けると思ってなかった」

「学校休んでる間、結構走ってたからな」

 頬を膨らます真直を見て地央が笑いながら何気なく口にした休学中のこと。

 真直の心臓の鼓動が少し早くなった。

 休学していた間地央が何をして何を考えていたのか本当は気になって仕方なかったけれど、地央から口を開くことはなかったし、真直自身何を聞いても嫉妬してしまいそうだからと敢えて聞くことはしなかった。

 だから地央の口から出た言葉をきっかけに、空白の半年間の開いたドアに手をかけて開けてしまいたくなる。

「休んで何やってたんすか?」

「んー?ま、色々。お、やべ。楠6秒ジャストだってよ。やっぱ野球部瞬発力あるよな」

 少し開いたドアにはチェーンがかかっていた。

 はっきりと、根掘り葉掘り聞けばいいのかもしれないが、目のことから再出発をする為の期間だったのだろうと思ってしまうと、随分吹っ切れたように見える今その苦悩を掘り返させることはしたくない。

 そして何より一番は真直自身、地央が傍に居て笑ってくれているだけで満たされているから、今があればそれでいいのだ。

 地央が帰ってきてからの世界は、時を経てくすんでしまった絵画を修復した後のように明るく、毎日が浮き足立っていて、何から何まで輝いている。

 それはこれまで感じたことのない感覚で、自分の目がたった一人の存在でこんなにも周りを美しく感じられることが不思議だった。

 今まで「ヤらしてくれない女と付き合う意味はない」なんて思っていたのがウソのように、キスから先に進めない。自分をそんな風に変えてしまった地央という存在。

 恋人とも友達ともいいかねる微妙な関係で、やきもきすることも多く、いっそ押し倒してしまいたいという衝動に駆られるけれど、失ってしまったらと思うとどうしても怖くて。

 だから今は……。

 真直は後ろから地央の肩に両肘を乗せ、背が低いことをからかうフリをして後頭部を抱えると、頭に乗せた手に隠してその髪にキスを落とした。

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