第7話 お屋敷の持ち主との会話
休憩をもらったので久々に自分の時間を持てた私はお屋敷の外に出てみることにした。よくよく考えてみれば、ここに来て一月と少し、全く外の空気を吸っていない。缶詰になった後には何故か外の空気を吸いたくなる。息苦しい、というほどではないが、流石にそろそろ外に出たいと思っていた。今日の休憩は丁度いいタイミングだったと言える。
外、と言えばこのお屋敷の庭は本当に見事だ。
噴水も美しいが、やはり私は枝垂れ桜の方が好きだ。ここに来ることになった原因(と言っていいかはわからないが、私はそう信じている)も、桜に見とれ過ぎたことにある。どうしてそんなに桜が好きなのかと聞かれると困ってしまうのだが、日本人にそれを聞くのは野暮だろう。日本に生まれ育った人間にとって、桜は特別な意味を持つ。特に枝垂れ桜は、日常と非日常を繋ぐ不思議な力があるように思える。幽霊が出るのは枝垂れ桜の下であってほしいし、死体が埋まっているのも枝垂れ桜の下であってほしい。私は個人的にそう思っている。
だから私はこの貴重な休憩時間を、枝垂れ桜を見上げながら、ぼんやりと佇むことに費やすことにした。
そんな行為をしようと思ったのは何も桜が好きだからということだけが理由ではない。私には落ち着いてものを考える時間が必要だったのだ。ここにきてからしばらく経ったが、よくよく考えてみると自分のことについて真剣に考える時間をとったことがなかった。そんな時間をセーラは全く与えてくれなかったということもあるが、それ以前に、正直なところ、そんなことを考えてしまうと不安で押しつぶされてしまいそうな気がしていたし、たとえ考えたとしても私個人の力ではそれはどうしようもないことだとどこかで諦めに似た感情を抱いてもいた。別世界へ渡る方法など、私の知識の全てを注ぎ込んでも思いつけるはずはない。ならば考えても無駄だ。考えない事にしよう。そんな風に。
しかし、セーラから帰れるかどうかは分からないが、その点について調査してくれていると言う話も聞けたし、少なくともここで生きていけそうな希望は持てた。となると、考えざるを得ない。
さて、これからどうしよう。そう思っていると、後ろから人の歩いてくる音が聞こえた。セーラか、他の侍従の人かな、と思って振り向くと、こちらに向かってきているその人は侍従の格好には見えない立派な服装の青年だった。
誰だろう。そんなことを考えている私に、その青年は口を開いた。
「こんにちは」
静かで柔らかい声だった。ともすれば冷酷な印象を与えかねないように思えるその人の顔には、優しい微笑みが浮かんでいる。けれど、私には分かった。これは、作った笑顔だと。あの微笑みの裏には値踏みするようなあまり私に対して良くない感情が渦巻いている、そう感じられる。なぜそんなものが分かるのかと言えば、就職活動で私を落とし続けた試験官は皆ああいう笑顔を浮かべていたからだ。人を信じられなくなっている、そんな自分の感情の動きに気づいて苦笑しつつも、あの経験はこんなところで役に立ったなと面白く思った。
ともかく、挨拶をされたらとりあえず返さねばならない。そう思った私は深く頭を下げて返答する。粗相をする訳にはいかなかった。彼はとても身分のありそうな人に見えたから。この世界に身分制があることは、王国とか公国などという国家があるということからして明らかだ。今日この会話で、私のこの世界での立ち位置や扱われ方が決まってしまうかと思うと、どうしても体の動きが硬くなる。緊張しいな自分の性格が恨めしい。
「こんにちは。はじめまして。私はこのお屋敷でお世話になっております、キリハ、と申します」
それほど失礼な事は言っていない、と思われる私の台詞に、青年は怪訝そうな顔を一瞬浮かべ、何かに思い当ったかのように微笑んだ。美しい微笑みだが、やはり作られた笑顔だ。この青年は私に心を開く気などないのだろう。できるだけこちらも心を開くべきではないな、と思った。
「はじめまして…なるほど。たしかに、はじめまして、だね。僕の名前はフェラード。この屋敷の持ち主に当たる。以後お見知りおきを、異界人殿」
何となくそんな気はしていたが、心の準備もままならない間に出くわしてしまうと焦る。こういう臨機応変さの欠片も無い性格が就職試験に落ち続けた理由かもしれないと考えてしまい、少し落ち込む。
ただそんな感情を表に出す訳にはいかない。私は表情と取り繕って応答した。私を値踏みしているその視線に負けないように。
「フェラード様、ですね。よろしくお願いいたします」
「そんなに堅苦しく話さなくてもいいよ。あなたは異界人だ。歓待こそすれ、僕を敬う必要など無い」
「いいえ。そういう訳には参りません。セーラから聞きましたが、異界人はこの世界にとても迷惑をかけているようで…歓待される理由などないでしょう」
意外な事に、私の言葉にフェラード氏はその張り付いた笑みを崩して驚きの表情を表した。なんだか一本取れたようでうれしい。けれど、なぜ驚かれたのか、なにかまずいことを言ったのかもしれないと私は少し不安になった。
「セーラがそこまで話したんだ。気に入られたんだね、キミは」
「……? どういうことでしょう?」
頭にハテナマークしか浮かばない理解力のない私に、フェラード氏は語る。気のせいかもしれないが、笑顔の質が変わったような気がした。張り付けたような冷たい笑みではなく、自然な微笑みのような。値踏みするような視線も、もう、感じない。何か、警戒を解くような理由があったのだろうか。そう言えば、私の呼称が“あなた”から“キミ”に変わっている。
「僕はセーラに人間の一般常識を教えるように言っておいたんだよ」
「はぁ…。それが?」
だからなんだというのか。
「けれど、キミが聞いたのは、魔族の一般常識だ」
「……セーラはフェラード様のご命令に背いたと言う事ですか?」
私は身を硬くした。もしそうだとするとセーラは怒られることになるからだ。せっかく色々教えてもらったのにセーラに迷惑をかける訳にはいかない。いくら一月勉強漬けにされたと言っても、セーラも同じ期間付きっきりで教えてくれた。私はセーラに感謝していた。だから、もしフェラード氏がセーラに罰を、みたいなことを言い始めたら私が悪いんですとかなんとか言って勘弁してもらおうと思った。それくらいしか私はセーラに報いる方法は無い。それにもとの世界に帰る方法も分からない現状では、私の命など大した価値もない。セーラのために使ってもそれほど後悔は無い。
けれどフェラード氏は私の顔を見て、ふふ、と機嫌良さそうに笑った後、手を横に振った。
「いやいや、そんなこと言わないよ。キミも聞いたんだろう? 魔族は個人主義。基本的に誰が上に立つとか下に立つとかはあんまりないんだ。だから、命令をするとかしないとかそういうことも、ない」
確かに魔族は個人主義だと言う話は聞いた気がするが、仕事上の上下関係とは関係ないのではないか。私はその点について質問する。
「しかし、セーラはこのお屋敷のメイドなのでは?」
フェラード氏は少し考えてから話し出した。一体何を考えていたのだろうと思ったが、話した内容からして私に対してどう説明したものか、良く考えていたのだろう。私の常識と彼の常識が隔たっていることを良く理解して。
「そうだね。けれど彼女には僕に従う義務がある訳はないんだよ。それは彼女の暇つぶしなんだ。長き生を紛らわすためのね。それに、ここにはごく稀にだが人間を招くこともある。そのときに侍女とか侍従とかいないとなんだか権力がないように見られてしまって、外交交渉が円滑に進まないんだよ。まぁ、いつも円滑に進まないんだけどね」
つまりこれも人間に対する気遣いなのだろう。セーラも言っていたことだが、魔族は人間に対して様々なところで微に入り細に亘って気遣いをしている。いっそ無理やり従属させるくらいのことが可能な程の力があるのにもかかわらず、そうしない。それが不思議だった。
「セーラからも色々聞きましたが、魔族の方々は人間に異常なくらい気を遣われているのですね」
「お、分かってくれるんだ? なるほどセーラに気に入られるだけのことはあるね」
フェラード氏は嬉しそうに頷いた。この人は魔国政府で働いている人なのかも知れないな、という気がした。言い方からして“気を遣う”作業を現在進行形でしている人のようだからだ。どんな地位なのかはわからないが、そういう仕事は大変だろう。素直に尊敬した。
しかしいくらセーラに気に入られているからと言って、勉強漬けは頂けないのでその点は抗議する。
「そんなに気に入られているとは思えないのですが……一月勉強漬けにされました」
「あぁ、だからそんなに流暢に話しているんだね。一月ってもしかして休憩なかったのかな」
「ありませんでした…」
「大変だったね。それにしても人間にそれほど根性があるとは知らなかったよ」
魔族の人間観はどうやら“根性がない”で固定しているらしい。まだ二人にしか聞いていない評価なので正しいかどうかは分からないが。セーラやフェラード氏と話していて感じるのが、魔族の人間に対する期待の無さだ。人間はどうしようもない、と思っていると言う事が分かる。そんなに人間は捨てたものじゃない、と人間の一人として言いたい気分になってくるのだが、その言葉がとても虚しいものだとも感じているので何も言えない。
「セーラにもそう言われました」
「気に入られた理由はそれか。セーラは根性ある人間が好きだからね」
「だからって、他にやりようはなかったのでしょうか…」
「あはは」
「笑いごとではないですよ!もう……」
そこまで話してて気づいた。なんだか私にしては珍しく自然に話しているような気がする。どうやらこのフェラード氏は人に警戒心を抱かせない天性の何かがあるようだった。それとも、たまたま感覚があったのだろうか。初めの印象が非常に冷たそうな人、だったので、誰に対してもこのような態度で接する訳ではないのだろう。私は認められたと言う事なのだろうか。とすると、やっぱり感覚があった、ということなのかもしれない。
「そうそう、他の異界人の振る舞いについてだけど」
フェラード氏は話を戻す。思いついたかのように言っていて、自然だ。
私は少し緊張した。異界人、というのには私も含まれる。その異界人が総体としてあまりいい印象を抱かれていない、というのは私にとっていいことではない。責められることもあるだろうと少し考えた。けれどフェラード氏はそんなことは言わなかった。
「はい」
「キミは気にしなくてもいいよ」
「どうしてです? 異界人に腹は立たないのですか?」
故郷では誰か一人が悪いことをするとその一人が属するコミュニティ全体を嫌う、というのが普通だった。それは人間として当然の感情だと思う。少し考えればそれが間違った考えであることはわかっていても、認められない。それが人間だからだ。ただ、魔族はそもそも人間ではない。だから人間とは違う考え方をするのかもしれなかった。
「魔族は個人主義だ。その感覚は他の種族にも適用される。つまりは、キミと他の異界人は別の人間だろう。だったら、彼らとキミは無関係。そう考えるのが我々魔族なんだよ」
「……なるほど」
「まぁ、今までの異界人の傾向を見ると、“どうしようもない人々”って見るべきなんだろうけど、それは人間国家の教育の賜物だと僕らは知っている訳だからね。余計にキミと彼らを同じものとして見ようとは思わない」
魔族の個人主義は徹底していた。その一貫した姿勢は合理的なものだ。ただ人間にはやはり無理だろう。合理性を追及するには人間は冷静で無さ過ぎる。
感情が先に立つ。それが人間だ。だから私は質問を重ねる。不安を消したかった。人間は信用できない。魔族もそうかもしれない。そうではないという保証がどうしてもほしかった。
「しかし、異界人は異界人では」
「キミは今のところ、彼らみたいに特別な能力の発現が認められない。これだけで、もう彼らとは明らかに違うんだ。おそらく勇者/聖女召喚によらないでここに来てしまったからそういうことになったんだろうと思う。そして特殊能力が無い以上、彼らみたいな威張り腐り方は出来ないだろう?だから、いいのさ。キミはキミでね」
私は私でいい。
フェラード氏がおそらく何の気なしに言ったのであろうその言葉に、私の心は震える。なにせ就職活動では常に、お前はお前であると言うだけでダメだと言われ続けた身だ。私が私であるという事実を肯定してもらえる日がくるなど、想像もしていなかった。しかも不意打ちだ。打ち抜かれてしまったわけだ。
ただ、私はそんな動揺を隠して話を続けた。私がひそかに感じた感動が、フェラード氏に伝わることのないように。だからだろう。どこか突き放したような言葉が出てしまった。
「だったら私を保護する必要はなかったのでは?」
フェラード氏は特に引っかからずに続けた。
「まぁキミに特殊能力がないとわかったのはこの屋敷で調べた後のことだからね」
調べられた記憶など無いので、不安を感じた。私は眉を寄せる。
「いつ調べたんです」
フェラード氏はなんでもないように言った。
「いつ、と言われると常に、というべきかな。今までの異界人は人間が提出してきた資料によると召喚から大体二、三週間以内に必ず強力な魔力の鳴動と共に特殊能力に目覚めるらしい。魔力の動きを見ることは僕ら魔族にとって息を吸うよりも簡単に出来ることだ。今の時点でキミにそのような魔力鳴動は認められないから、キミは特殊能力など無いと言う事が分かる」
その事実はなんだか少しさびしかった。せっかく異世界に来たのだから魔法とか使ってみたかった。私には、それができないらしい。そしてそれ以上に特別な能力など何もない、と言われてしまうのは悲しかった。確かに何もないけど!
けれどこれからの可能性を全否定された訳ではない。私は、冷静に頷いている風を装いながら、一縷の望みをかけて聞いてみることにした。
「へぇ……。これから先、目覚めたりしないのですか?」
「それは分からない。ある日突然目覚めるかもしれないし、死ぬまで何も変わらないかもしれない。ただ今のキミはある意味特殊能力者ではあるよね」
何の話だろう?
私には何もないのに。
そう思って首を傾げた。
「?」
「セーラから聞いただろう?キミは腕がちぎれても再生するんだよ」
そう言えば、そんな事実があった。特別って言ったら特別だけど、それを試す気にはならない。
試す機会も欲しくない。そして試して実際にそうなっていることを確認できてしまったら怖い。
「あぁ……化物ですね」
思わずそう言ってしまった。フェラード氏は少し落ち込んだような顔をする。
「僕ら魔族はみんなそうだからそんな風に言われると悲しいんだけど…」
私は焦って首を振った。
「あ、すみません!そういう意味で言った訳では!」
するとフェラード氏は噴出して笑った。
「あはは。そんなに焦らなくても。いや、キミは素直でいいね。ちょっとからかっただけなのに」
「……性格悪いですね」
「魔族だからね。人間の敵らしいよ、僕ら」
そう言ったフェラード氏は何となく寂しそうだった。意外である。
「旅行とグルメが大好きなのにですか」
「そんなことまで聞いたんだ」
フェラード氏は楽しそうに笑った。どうやらこの人も旅行とグルメが好きなようだ。
私は呆れたように言う。
「そのために人間国家を制圧したのでしょう?面白種族だと思いますよ、心底」
私の台詞に頷くフェラード氏。
「僕もそう思うんだけど、人間にはそうは見えないらしい。キミの言ったように、僕らは人間から見たら化物だからね。腕がちぎれ飛んでも数秒で再生する。剣や魔法も一切効かない。一瞬で数万の人間を滅ぼせる。そんな存在と仲良くしよう、なんてなかなか言えないものさ」
「私にはそういう存在と戦争しよう、の方が言いづらいと思うんですけど」
どう考えてもそうだろう。負けるに決まっているのに。どういう考えで戦いを挑む気になるのか分からない。
けれどフェラード氏は首を振る。
「今までの歴史を振り返るに、そう言えてしまうのが人間なんだよね。僕は不思議でたまらないよ。ただ人間の選択は間違いではなかったね。何せ、僕らは人間と率先して事を構えようとしなかったのだから。人間が我が国に攻め込んできたら防衛はしたけど、こちらから攻め込みはしなかった」
「千数百年、あしらっては引き、あしらっては引き?」
「そう。ちなみに防衛に当たったのは魔族の子供たちだね」
「子供……」
驚くべき事実だ。子供が戦争?そんなのはよくないだろう。たとえ地球の至るところに少年兵がいるのだとしてもだ。
しかしこの世界でそんなことを言ってもしょうがないのかもしれなかった。いや、もとの世界で言ってもしょうがないのだろう。私の一言でそういうものがなくなるほど世界は平和ではなかった。
フェラード氏は続ける。
「魔族の子供にすら敵わないんだよ、人間は。しかも子供たちにすれば、戦争ごっこなんだよね。だから一人の死者も出ない」
「どちらにもですか?」
私は一瞬期待した。けれどその期待は裏切られる。当然だ。戦争なのだから。
「人間たちには死者は出たね。魔族の子供たちには死者は出なかった。ただ魔物たちは人間にいくらか倒されてしまったけどね」
その言い方から私には疑問が発生した。魔族と、魔物。別の言葉なのだ。
「あれ、魔物と魔族は別物ですか?」
「魔族は人の亜種族で、魔物は闇の眷族なんだよ。だから本来は全く別の生き物だね。ただ、魔物は闇の眷族って言うだけで悪とかそういうわけじゃないからいい子たちなんだけど、人間は昔から魔物の見た目の醜さゆえに酷く嫌っていてね。魔物と人間は敵対してきたから、敵の敵は味方方式で、魔族と魔物は仲が悪くないんだよね」
「だから一緒に人間と戦った?」
「そういうわけじゃないんだ。人間から見ると、魔族と魔物は同じモノだと捉えられて来た。そして魔物より魔族の方が強い=魔族は魔物の上位存在だから魔族を滅ぼせばこの世の悪なるモノ全てを消滅させられる、と考えたらしくてね。その理屈でもって人間は魔族にも魔物にも戦いを挑んできたんだよ。別に一緒に戦っていた訳ではなかったんだけど、魔族にしろ魔物にしろやっていることは人間との戦いだからね。一緒に戦っているとみなされてしまった訳だ」
なんだか、人間が頭の悪い生き物に思えてきた。いや、事実として頭があんまりよくないのは地球で核爆弾をぼこぼこ作り続けてきた歴史が証明しているか。
人を信じられない、それが戦争にまつわる全ての勘違いの理由なのだろう。あの国が撃って来るかもしれないから核爆弾を作らなきゃ、である。くだらない。
「なんだか、人間って勘違いが多いんですね」
「そうだよ。その最たるものが、魔族は頑張れば勇者や聖女の力で倒せる、という考えだね。たしかに魔物については彼らはそれなりの数を蹴散らしていたからそんな気持ちになるのも理解できるんだけど、彼らは魔族を一度も倒したことが無かったことについては何も考えなかったんだ。その結果、何年かに一度、勇者や聖女が何万もの兵士を率いて魔族に特攻をしかけるようになってね。勘違いも甚だしいよね」
「人間の常識はつまり、魔族=魔物の強い奴ってことですか」
「そうだね。それは未だに変わらない」
「魔族と魔物は別だよって、教えてあげないんですか?」
「教えると、今度は恐怖を抱くだろうからね。それに今は魔国が一応この大陸を統一しているから、魔物に対する攻撃も止んでるんだ。魔族と魔物は別モノです、なんて言ってしまうと魔物の討伐が始まりかねないから、そこは黙っておいている訳だね」
それがいいだろう。恐慌に陥った人間ほど度し難い者は無い。それにしても、魔族の気遣いといったら素晴らしいものがある。
「なるほど……涙ぐましい程に努力しているんですね」
「分かってくれるかい?」
疲れた顔でそういうフェラード氏。なんだかとっても大変そうだ。
私は笑顔で労うことにした。
「ええ。人間に対してだけじゃなくてあらゆる方向に気を遣っているってことが」
「面倒でたまらないんだけど、誰かがやらないと旅行も料理も滅びるからね。頑張らないとさ」
原動力があまりにも小さいような気がした。いや、大切な事には違いないのだけど。
「目的さえ別のものなら、もっと尊敬できるんですけど」
「旅行と料理はすばらしいものだよ」
「それは否定しませんが、原動力がそれって言うのはなんとなくそれでいいのかなっていう感じがしてしまいます」
「まぁ、それに負ける人間って情けないよねって感じもしないでもないよね」
「確かに」
しかし、少し思った。他の目的なんて掲げない方がいいのかもしれないと。だから私は続けた。
「けれど、やっぱりそれでいいのかもしれませんね」
そこでフェラード氏は首を傾げた。私の言葉に興味をもったらしい。
「どうしてかな?」
面白そうな顔である。
私は続けた。
「人間は領土とか国民とかお金とか色々なもののために戦争をしてきましたが、その結果として平和は実現できなかった訳でしょう。料理と旅行が目的だったからこそ、魔族の大陸統一によって平和になったんじゃないですかね」
「なるほど。たしかにそうかもしれないね。我々は料理と旅行を楽しむための前提として平和が必要だからこそ統一を行ったのだから」
「でしょう? だから、それが目的でよかったんですよ」
フェラード氏は私を興味深そうに見つめて、笑った。その目にはもう、疑うような光はない。
「キミはやっぱり面白いね」
「そうですか?」
「うん。そうだね。何か欲しいものがあったら僕かセーラに言うといいよ。キミのためになら、できるだけ努力しよう」
「なんだか扱いが良くなりましたか?」
「キミを僕は評価するよ」
「それはありがとうございます?」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言って、私とフェラード氏は二人で笑い合ったのだった。
セーラはもちろんだが、どうやら、私はこの世界で信用できそうな人をもう一人、見つけることが出来たらしい。
そう思うと、なんだか安心したのだった。