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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
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第6話 一般常識の解説及び立ち位置についての説明

「まずは、この世界のことについてお話ししましょう。キリハ様はご存じないですよね?」


 首を傾げつつ、当たり前のようにそう言ったセーラだったが、私は違和感を覚える。

 なぜ、私がこの世界のことについて知らないことを当然の前提として話始めようとしているのか。それが疑問だった。


「あぁ……、後でお話ししようと思っていたのですが、そこについてもご説明しましょう。まずお聞きしますが、キリハ様は異界からやってこられた方ですよね?」

「……たぶん、そうだけど…」


 なんで知ってるの?という質問を続けようと思ったところでセーラから懇切丁寧な説明が入る。


「困惑と疑問は理解できます。キリハ様は、なぜ自分が異界人だと、この世界の人間である私が知っているのか、そしてなぜそのことを当然のこととして受け入れているのか、ふしぎだ、と思われているのですよね」

「うん…」

「それは簡単な事です。異界人はキリハ様一人ではないと言うのがまず一つ」


 私の他にも異界人が!?と言いかけたところでセーラは口元に人差し指を立てた。

 最後まで聞いてから質問をしろということだろう。

 私は上げかけた腰をもう一度イスに戻し、セーラに先を促した。 


「……キリハ様、焦らなくても全てご説明します。それでは気を取り直しまして。もう一つが、キリハ様が言葉を話せなかったということです。この世界の人間は完璧にとは言いませんがほぼすべての人間と意思疎通が可能です。別の言語を話すもの同士であっても、ある程度の共通性がありまして、単語程度の会話なら可能なのが普通なのです。にもかかわらず、キリハ様は一切言葉を理解されていなかった」

「だから、私が異界人だと結論したってこと?」

「その通りです」

「……話は分かった。でも、だからと言って、どうして私を保護してくれたの?こうやって言葉まで教えてくれて…」

「それには先ほど言ったキリハ様以外に異界人がいると言う事実が関わってきますので、これからその点も含めて世界情勢の説明もしようと思います。最後に、なぜキリハ様を保護するのか、と言う質問に答えましょう。では、とりあえずは、異界人についてですね」

「そうそう、どういう人たちがいるの?」


 わくわくしながら聞くと、セーラは苦々しい顔をする。


「まず、この国の周りには様々な国が存在しているのですが、そのうちのひとつ、フェレンダール王国と言う国に『我儘聖女』の二つ名を持つ異界人がいます」

「……え?」

「またガルタニア魔導公国には『悪戯勇者』と言われる異界人が、東方払暁帝国には『破壊巫女』と呼ばれる異界人が、聖エレスタニア福音国には『贅沢馬鹿』と言われる異界人が、カンド人民共和国には『人でなし』と呼ばれる異界人がおります。他にも色々いるのですが、とりあえず代表的なのはこのような方々です」


 どの二つ名も、好意的にとれる名称ではない。これでは、異界人は皆、酷い性格の人間しかいないということになってしまうのではないだろうか。そう思ってわたしはセーラを見た。


「……なんだか、碌でもないようなのしかいないように聞こえるんだけど」


 私の言葉にセーラは重々しく頷いた。どうやら私の予想は正しいらしい。非常に残念なことだと思った。けれど考えてみると、それも仕方のないことなのかもしれない。突然別の世界に呼ばれて、勇者や聖女になれと言われてはいそうですかと言える精神構造をしている者など、なかなかいないだろう。地球の秋葉原辺りにいる人々ならそんなことはないと力強く断言してくれるような気がするので、全員がそうではないとは言わないが、少なくとも少数派と考えるべきだ。

 セーラは言う。


「全くもってその通りです。彼らはどうしようもない人々です。にもかかわらず彼らは各国に置いて例外なく下にも置かない歓待を常に受けているという事実があります」


 歓待。

 どうしようもない人々なのに、歓待されている。


「なんでそんなのがのさばってるの」


 私の疑問は至極当然のものと言えるだろう。セーラはその疑問に簡潔に答えた。


「彼らには力があるからです」

「力?」

「そう。力です。彼らは単独で一軍に匹敵する武力を保持しています。なぜなら彼らは皆、『勇者/聖女召喚』と呼ばれる外法によって異界から呼びこまれた人々であり、その外法の必然的発現として例外なく人知を越えた特殊能力を得ているからです。それによって通常の人間などまるで相手にならない力を持つことになった彼らは、その力を利用してそれぞれの国で好き勝手やっている訳です。ただそれでも武力としてかなり使えるのは事実ですし、またいくら武力があると言っても所詮彼らは一人の人間に過ぎないのですから維持費も一軍を養うよりは安くつくために各国はその状態をそのまま放置しているのです。更に勇者/聖女召喚で現れるのは例外なく十代の少年少女です。十代と言う人間の成長にとって最も大切な時期を馬鹿な大人による馬鹿な大人のための馬鹿な大人の教育をされた結果、教育した馬鹿を超える馬鹿になってしまい、結果として異界人には最低の人間しかいません」


 なんだか、色々なことが間違っていると思った。呼ばれて特殊能力を得る、ということはもともとはそんな力など持たない一般人だと言うことだろう。だとすれば、ある日突然そんな強大な能力を得てしまったら、好き勝手暴れるのが目に見えている。それにそうしなかったとしても、軍事力として呼ばれたのだから国家からはそのように扱われる。そうなると、次第に精神の平衡が保てなくなってくるだろう。自分を維持する為に、狂人になってしまったとしてもおかしくない。そもそも、教育がほぼ洗脳に等しいものが行われているようだから、まともに育つなど不可能に等しいのだろう。全てが、間違っている。勇者/聖女召喚とはそうとしか言いようのない儀式だと、私は思った。

 私もそういうもので呼ばれたのだと思うとなんだかため息をつきたくなってくる。運よくここに連れてこられたからよかったものの、一つ間違っていたら私もその“我儘聖女”などと同じ運命をたどっていたのかもしれないと思うと身の毛がよだつ。ただ、聞いた情報を整理するなら、私はその勇者/聖女召喚の枠にはまっていない。十代ではないし、特殊能力等もない。これはどういうことなのだろう。

 そう思って、私はセーラに聞いてみる。


「私も、その勇者/聖女召喚?というのでよばれたの?」


 すると、セーラからは否定の言葉が返ってきた。


「それは違うだろうというのが今のところの我々魔国の見解です。その確信を強固にするためにお聞きしますが、まずキリハ様は十代ではありませんよね?」

「うん。そうだけど。あれ、若く見えない?」


 ちょっとショックを受けつつ聞いた。日本人は童顔に見える種族ではなかったのか。私は老け顔なのか。そう思ったからだ。


「いいえ。見た目は十代に見えるのですが、目の光が落ち着き払っていらっしゃるので、十代と言われてもいまいち納得できませんので」

「それって褒めてる?」

「ええ。分別がありそう、と言えばわかっていただけますか」

「褒めてるね!よかった」

「喜んでいただけてなによりです。話の続きですが、キリハ様の年齢に加え、我が国には――『魔国』というのですが――勇者や聖女は必要ないというのも根拠になります。勇者/聖女召喚と言う儀式は、人間が我が国に対抗する為に生みだされた兵器生成の手段でした。そのため、我が国において勇者/聖女召喚の儀式が行われることは無く、結果として我が国に異界人が出現してもそれは勇者/聖女召喚によるものではない可能性が出てきます。座標ミス、といった可能性は考えられますので、その点の調査は必要ですが、そこさえ潰せば我が国に出現した異界人は勇者/聖女召喚以外で現れた、ということになるわけです。そこで、キリハ様につきましては、その点についてしっかりと調査を致しましたが、今のところどこかの国で勇者/聖女召喚が行われたと言う情報は見つかっておりません。補強する事実として、勇者/聖女召喚は大量の魔石と広大なる土地が必要な儀式です。つまり国家が主導しなければ行う事の出来ない大規模儀式ですから、それが行われたとなれば情報が集まらない訳がないので、今の時点でそう言った情報がないということは、結論として、キリハ様は勇者/聖女召喚以外の方法によってこの世界にきたということになるだろうとこういうわけです」


 かなり詳細に調べてくれているようだった。一月あったとはいえ、他国からの情報まで集めるとなるとそれくらいでは厳しいのではないだろうか。魔国の調査能力はかなり高いと言う事が察せられる。

 しかし話を聞いて色々聞きたいことが出てきた。


「色々疑問はあるんだけど、まず『魔国』は人間の敵なの?」


 セーラは勇者/聖女召喚は人間が魔国に対抗する手段だった、という言い方をした。それはつまり、人間は魔国と敵対している、という意味に解釈するべきであろう。今もそうだというなら、人間である私のこれからの扱いが不安だった。


「そうです。いえ、この言い方は適切ではありません。そうでした、というべきでしょう」

「どういうこと?」

「今現在、我が魔国の存在する大陸であるところのフランドナル大陸は我が国によって統一されているからです」

「統一?」

「統一と言っても、総ての国家を解体し魔国に併合した訳ではなく、もっと緩やかな統一です。それぞれの国の存続は認めていますが、重要な事項については魔国政府が決定する、という形になっております」

「え、人間は魔族に敗北したと言うこと?」

「その通りです。大体20年ほど前のことです」


 なんと。この世界は魔族が統治しているのだ。けれど圧政をするわけでないのなら、誰が治めても別にかまわないだろう。人間だろうと、魔族だろうと、それは同じことだ。

 けれど、ここでまた疑問が生じる。

 勇者や聖女はなぜ魔国に対抗する必要がなくなった現在も存在するのか、ということだ。


「勇者と聖女たちはどうして今もいるの?」

「20年より前に召喚された者や、未だに我々に反乱したいらしい人間国家がたまに召喚を行うためにぽこぽこいるのです。呼んだ以上はそれなりに厚遇しなければならないというのが彼らの理屈でして。予算に尽きましてはそれぞれの国の裁量でつけているので魔国としては必要以上の口出しは控えている次第です。まぁ、現実問題として、昔呼ばれた勇者や聖女はともかく、今さら呼ぶのは無駄な努力と言う奴なので、無害だから放っておいているというところもあります。なぜなら、勇者など我々に対する武器になりえないからです」


 武器になりえない、まで言ってしまうのは相当の事ではないか。勇者や聖女には魔族を傷つけることはできないと言っているに等しいのだから。

 ということは、だ。


「もしかして魔国って、強い?」

「魔国と言うより、魔族の個人的戦闘能力が強い、という感じですね。そもそも魔国と言う国自体、国と言えるほど強固なコミュニティではありませんでした。魔族は本来群れることを好まない性質をしていますので、国といってもたまに帰って来る故郷、というレベルの認識だったのです。しかし、どうも人間にとっては魔王が治める諸悪の根源国家のように見えたようで。昔から勇者とか聖女を立ててちょこちょこ攻めてきていたのですよ。なので適当にあしらっては引き、あしらっては引き、という関係を千数百年続けていたんですが…」


 そこでセーラは不自然に言葉を止めた。私はセーラを促す。


「何か事情が変わったの?」

「はい。実は、近年魔族で旅行とグルメブームがきまして、戦争なんてさっさと治めようというムードになったんです」


 予想外の台詞だった。呆然として私は聞いた。


「旅行とグルメって……」

「ええ。もともと魔族は旅行と食事が人生の楽しみ、みたいな種族だったんですが、人間の国で人間に変装して人間の遺跡ツアーに参加した者や、人間のレストランにはまって料理人にまでなってしまった魔族などが多数現れてきまして、魔国でも同じような趣向の店が出来てきました。それから効率的合理的平和的にそれらの商売を行うためにはどうしても人間の行う戦争が邪魔になりました。人間は頻繁に魔国に攻めてきてましたが、それ以上に人間同士の領土拡大戦争の方が深刻でした。それによって遺跡や自然景観が滅びたり、少数部族の珍味がなくなったりするなどの問題を生みだしていました。旅行とグルメを愛する魔族の者はそう言った非生産的な人間の行為にとうとう堪忍袋の緒が切れまして。魔族総出で人間国家の制圧に乗り出しました」


 とてつもない理由で戦争をするものだ。なんだか笑えてきてしまった。


「旅行と食物のためにそこまでするってなんだか愉快な人達ね」

「魔族は寿命が長いですから、色々やった結果残った普遍的な楽しみがそれだったんですよね。他にも音楽や絵画など、趣味は色々ありますが、そういったものは手軽な趣味と言うよりは極めるもので、受動的に出来る楽しみは旅行と食事が代表的でした。そんなわけで、旅行と食事に飢えた高位魔族がそれぞれの人間国家に一人ずつ乗り込みまして、制圧した訳です」


 一人ずつ、とは聞き捨てならない。そこまで圧倒的なのだろうか、魔族は。

 私は質問した。


「一人だけ? 国を一人で制圧したの?」

「正直我々魔族にとっては人間など虫並みに弱いです。我々はあまり好戦的ではないもので、普段は滅多に戦いませんでしたから人間は我々の実力について色々勘違いしていた訳ですが、残念なことに人間がそのことにやっと気付いた頃には全ての人間国家は陥落していました。大体三日ほどでしたかね。ちなみに三日は、あれですね。移動時間」

「勇者と聖女はどうしたの?」


 武器になり得ないとまで言われてしまう訳だから、その扱いは推して知るべきというものなのかもしれないが、一応聞いて見る。すると案の定な答えが返って来る。


「人間が虫なら、勇者は紙でした。ちょっと油断すると指先が切れるくらいの被害はあるのですが、基本的には吹けば飛ぶような存在です。にもかかわらず、とても威張り腐って降伏勧告などしてきまして。調子に乗ってるお馬鹿さんと言うのは本当に度し難いものだとものだとそのとき思いましたね」


 どうもセーラの口調からすると、実際にそれを見てきたかのようだ。


「その口ぶりだと、セーラも制圧に参加した?」


 すると、セーラは思い出すように遠い目になり、語り出した。楽しそうだが、どこか目にいらだちが宿っている。なんとなく、怖い。


「そうですね。私に振り分けられたのは北の大国ローレンサン光皇国でした。光の皇なんて名乗っているだけあって権威主義的な頭の悪い人々が上部に固まっている国家でしたね。元首もぶくぶく太った蛙みたいな男だった訳ですが、お金と資源だけは有り余るほどもっていまして。そのお陰か一国の国家に過ぎないのに勇者及び聖女を合計して三人ほど召喚出来たみたいで、『光の神の御名の下に!』とか言いながら数万の兵を率いてかかってきたのですが、三人ともそんな風に似たような偉そうなこと言ってるくせに普段は女侍らせて好き勝手生活していたらしく、とっても調子にのっていたので兵士を無力化した上で勇者たちは全員海に投げ捨てました。一生懸命泳いでいたのが実に微笑ましかったですね。彼らも生きることの大変さを学んだことでしょう」


 ふふふ、と笑うセーラが凶悪だった。やっぱり魔族だと思った。失礼か。


「うわ…」


 笑顔に戻ったセーラはまた穏やかに話し出す。


「まぁそんな訳で、三日で全ての人間国家は陥落し、講和が結ばれたのが開戦から一週間後、更に連邦国家を名乗るようになったのが統治組織がまとまった半年後、という感じですね。いまは比較的うまく周っていますよ。ただ先ほども申し上げた通り、たまに勇者や聖女がぼこぼこ現れるわけですが」

「うん……大体理解したよ。今は魔族と人間は仲良くしてるの?」


 戦争が終わったなら、仲良くすればいい。けれどそんなにうまくいかないということは人間の歴史から見ても明らかだ。この世界でもそれは変わらないらしい。セーラは困ったように微笑んで言う。


「そうも言い切れないですね。魔族に対する人間の差別はなかなか無くなりません。外交交渉をするときなんか人間は非常に居丈高な態度をとることが多いです。あれだけ完膚無きにまで叩きのめされてそういう態度をとれるのはむしろ根性があると言えるかもしれませんが、とても面倒なのは確かです。我々魔族が波風立てたくないために比較的下手に出ていると言うことも原因なので何とも言えないのですが」

「下手に?」

「ええ。我々が武力を誇示したのは20年前のただ一度のみです。それからはそういったモノを振りかざした交渉は行っておりません。極めて真っ当な取引のみしかしていないのです。だからなのか、人間は20年経って色々忘れてしまったんでしょうね。勇者の力を誇示しながら譲歩を迫ると言う、頭の悪いことばかりしてきます。困ったものです」


 セーラは呆れたようにため息をついた。

 私はセーラの肩を叩いてねぎらう。


「大変なんだね……」

「まぁ、仕方のないことです。短い寿命しか持たない人間ではそれが限界です。さて、ほかに何かご質問は?」

「そうそう、なんで私を保護してくれたの?」


 それが主題であるはずだった。危なく聞き逃すところだった。


「キリハ様は異界人ですから。放っておいて人間に発見されてしまったらまた馬鹿を増やすことになるだろうし、それに突然こんなところに来させられて純粋に困っているだろうと思った、とのことです。馬鹿を増やすのも問題ですし、勇者や聖女を増やして新たな喧嘩の火種を作るのも魔族としては面倒でしたから、魔国で保護した方がいいと思ったらしく」


 言い方が伝聞調だ。

 セーラの意見ではないのだろうか。 


「らしく?」

「ええ。我が主人がそのように申しておりまして」

「主人って、この屋敷の持ち主?」

「そうですね。フェラード様、とおっしゃいます」


 酔狂な魔族もいたものだ。

 いや、魔族は酔狂なものなのだろう。

 旅行とグルメのために世界平和を実現してしまうくらいなのだから。


「ふーん…。なんだか親切なんだ」

「魔族は長命ですから、丁度いい暇つぶしに見えたというところもあるのではないかと思います。我々は時間を持て余していますからね。それに馬鹿の相手をするよりよっぽど生産的です。他の事情としては、異界人にしては珍しく成人でいらしたので、分別も期待できました。これなら魔国に引き込んでもいいのではないか、と結論したのだと思います。私もお仕事ができてうれしい限りです」


 なるほど、合理的でありかつ自分の欲望に忠実だ。

 生物として正しい行動であるような気がする。


「面白いね、魔族」


 そう言って笑った私に、セーラもつられて微笑み、言った。


「人間が皆、キリハ様のようであってくれれば良かったのですが」

「私みたいって?」

「一月の勉学に耐えられる根性を持つ人間のことです」

「魔法で耐えられるようにしてくれたんでしょ?」

「肉体的には。精神は別です。当然、根をあげるものと考えていたのですが、意外にもキリハ様は耐え抜かれました。おそるべき精神力だと言わざるを得ません」


 にこにこ笑顔でとんでもないことを言いだした。精神は脆弱な人間のもののままだと言うことか。

 それなら、一月勉強漬け、なんて発狂してもおかしくないのではないか。

 私は責めるような顔つきでセーラを見た。


「……わざとだったの?」


 セーラは少しも慌てずに言った。


「まぁ……根性を試した、と言う感じですね」

「私が発狂したらどうする気だったのよ」

「そこは観察していましたから。もしまずそうだったらすぐにやめるつもりでした。けれど、キリハ様は全く問題がなく。驚くべきことです」

「……」

「申し訳ないことでございます」


 セーラは深く頭を下げた。どうも本心からの言葉のようである。それなら、許すのが正しいだろう。どうせ、ここで保護されてなければ私は死んでいただろうから、今さら試された程度でどうこう言うのもおかしい気もした。

 だから私は言った。


「まぁ、平気だからいっか」


 ところが私の反応はセーラには意外なものに映ったらしい。セーラは目を見張って呟いた。


「キリハ様は本当に不思議な方です。普通の人間なら、ここで怒り狂われるかと」


 どうだろうか。秋葉原周辺の人たちならそんなことは言わないのではないだろうか。


「私の故郷の人は似たようなこと言うと思うんだけどねぇ」

「キリハ様のような方でしたら、魔国は歓迎いたします。連れてきていただきたいくらいですが、異界人を呼ぶには資材がかかりますから、断念するほかないようですね」

「ねぇ、ふと思ったんだけど、呼べるってことは、還せるってこと?」

「人間に伝わっているのは呼ぶ方法のみのようです。だからこそ罪滅ぼし的に勇者たちを厚遇してきた歴史があります」

「うわ……」


 あまり聞きたくない歴史だった。確かにそういう事情でもなければ我儘を許容したり贅沢させたりまでいかないだろう。せいぜい、衣食住を保障する程度におさまったのではないか。あんまり変な者が来たら還せばいいわけだし。

 セーラは微妙な顔をしている私の表情をどう受け取ったのか、謝罪を始めた。


「申し訳なく存じます。キリハ様をもとの世界にお還しする方法は目下調査中でありますが、今のところ分かっておりません」

「そんなことまでしてくれてるんだ…頼んでないのに」

「今まで呼ばれた勇者たちの召喚されての一言目は『ぼく<わたし>をもとの世界に還せ!』だそうですから。キリハ様もそう言われるだろうということで調べておりました」

「至れり尽くせりでなんかわるいなぁ」

「所詮は、長き生を紛らわすための暇つぶしです。あまりお気に為されずともよろしいかと」


 魔族の暇つぶしは多岐に渡るようだ。

 ありがたいことだった。

 しかしそれでも、感謝しなくていいということにはならない。

 彼らは別に、私の事など放っておくと言うことも出来たのだから。


「そう? それでも私は感謝するよ。なんか色々聞いて安心した」

「そうですか。それはよかったです。では、今日のところはここで休憩に致しましょうか?」


 茶目っ気のある笑顔でセーラがそう言ったので、私は思い切り頷いていった。


「休憩する!!」

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