第43話 話は変わって……
「貴様、何を言って……」
表情を変え、睨むような視線でこちらを見つめる病床の国王。
私は窓の縁まで跳んで着地し、振り返って言った。
「……話は変わりますが、国王陛下はなぜ魔族との戦いをおやめになったのです? ミュレイン王国は、魔族との戦争が開戦して早くから降伏されたと聞き及んでいます。御慧眼とは思いますが、他の国は未だ勝機があると考えていた段階で、既に抵抗を諦めたのは不思議なことです。……どうしてですか?」
唐突に話を変えた私を訝るように国王は見つめた。
視線がぶつかり、私は微笑む。猫に微笑みと言う表情があるのならば、であるが。
国王はため息をついて、視線を逸らした。
何を考えているのか分からないと諦めたのかもしれない。
「慧眼など……わしは、ただ……他の者たちよりも早く、魔族の力を目の当たりにしただけだ。お前たちは、その手の一振りで、街一つを灰燼に帰し、魔法の一つを放てば森を荒野へと変える。そんな圧倒的な力を見せられて、真っ当な戦意など維持できるはずもあるまい。降伏するより他にないと考えるのが当然と言うものだ」
「しかし、人間の国々にはそれを個人で可能とするような戦力……勇者がいらっしゃったではありませんか。彼等にもやろうと思えば同じことができたはずです」
「厭味か? あのころの我が国にそのような戦力がなかったことなど、魔国も承知のことだろう……それを」
「いえ、そんなことはないはずです。お隣に、カンドがありますよね。そう、あの国の勇者は」
――かつてミュレイン王国において召喚されたはずでは?
そう告げたときの国王の顔は、蒼白に染まっていた。
◆◇◆◇◆
そもそも、なんで私がミュレイン王国にやってくる羽目になったのか。それはしばらく時をさかのぼる――
ある日の事、薄ぼんやりとした気分でガルタニアにおいて魔国が主導して実行しているいくつかの施策につきまとめられた書類をぱらぱらと眺めていると、コンコン、と扉を叩く音がしたのが聞こえた。
眠気と戦いながら殆ど机の下に落ちかけていた視線をまだぎりぎり残っているなけなしの根性を燃やしながら、ゆっくりと部屋の入口の扉の方へと上げると開け放たれた扉に寄りかかりつつかっこよく立っている宰相閣下の姿がそこにはあった。
どんなことをしても様になる男と言うものはいるもので、この宰相閣下はそのうちでもとびきりの逸材であることはもはや言を俟たない。
銀色の流れるような髪も、全てを見通しているかのように強い印象を残す朱い瞳も、彼に与えられるべくして与えられたのだろう。
美男子と言うものはその存在のみで場を支配する。
全く、狡いものである。
「……フェラード様。どうかなさいましたか?」
特に何も告げず笑顔で佇むその御仁に、私は自ら話しかけることを選ぶ。
なぜだかわからないが、彼は自分から私に話しかけるより、話しかけられる方を好むからだ。
こういうときに、何も話さないでフェラード氏が話し出すのを待っていると、いつまでも見つめあいになってしまい、とても困ったことになる。
どう困ったことになるかと言うと、特に美男子などと言うものに免疫を持たない私の個人的な困惑を招来するということだが、それを見ながらフェラード氏は楽しそうな顔をするのである。
そんな事態は出来るだけ避けたい。
その一心で、私はこういうときは自分から話しかけると言う勇気を持つことにしたのである。
「いや、仕事を頼みたいと思ってね。どうかな」
どうかな、も何もない。フェラード氏は私の絶対的上司である。頼まれた仕事を断るなど出来るはずがない。たとえ他にやることが山積しているのだとしてもだ。
そんな私の心のうちを感じ取ったのか、少し微笑んで申し訳なさそうにフェラード氏は続けた。
「……そんな顔しないで。別にそんなに大変なことを頼もうってわけじゃないんだ。少し出張してほしいんだよ。その間は他の仕事は別の者に任せてもいい。だから、旅行気分で行ってくれればいいんだ」
旅行気分か。旅行大好きな魔族にとって、その単語は休日気分と言っているに等しい。本当に大した仕事を頼もうと思っている訳ではないのかもしれない。最近、私は自分で言うのもなんだが激務過ぎる。これはもしかしたら気を遣った上司のサプライズとかそういうものなのではないだろうか。もしそうだとしたら、私、うれしい。
しかし出張?
私はそのとき、“旅行気分”と“出張”という同じようで異なる言葉のニュアンスの違いに、全く気付いていなかった。




