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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
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閑話 グラーレンとミリアの出会い2

 グラーレンは、机の上に広げられた様々な色彩の魔石や金属を正面の黒板に記述された図を見ながら組み立てていた。

 周りには忙しそうに歩き回る研究員たちがいて、グラーレンが作り上げているものとは比べ物にならない大きさの物体を魔法も併用しながら数人がかりで組み立てている。

 グラーレンはそんな彼らを横目に見ながら、自分に与えられた課題をこなす。


「……どうかな。そろそろできたかな?」


 グラーレンの斜め上からそう話しかけたのはこの『魔導工学教室』の指導教授であるドラバー・ブバーラだ。細身の体に奇妙な形をした眼鏡をかけて緑色の髪をぼさぼさとのばしたその様子は確かに学院内で『変人』と評される人物だけなことはある。

 グラーレンは手を止めずにため息をつきながら言葉を返した。


「もう少しで出来ると思います……あの、教授」

「ん?」

「魔導工学って、結局魔法で代用できるんですよね」


 授業選びの体験教室らしく、与えられた課題をこなして終わらせるのが気に入らないのか、その口調はどこか喧嘩腰だ。

 しかしブバーラ教授は特定の感情を表に出さず、穏やかな笑みを浮かべながら答える。

 何を考えているのかわからない。

 グラーレンはそんなことを思いながら彼の顔を見ていた。


「そうだねぇ。君に言うとおり、基本的に魔導工学によって作られた道具のほとんどは魔法を使える者にとって無用の長物にすぎないだろう。むしろ道具を使わなければならなくなるという点を見ると、余計に面倒なことになるとも言える」

「だったら、こんな研究に何の意味があるんです?」

「君は考えたことがないのか?」

「何をです」

「君は魔法が使える。この学院にいる者は全員がそうだ。けれどね、世の中にはそうではない人間も少なからずいる。むしろ、多数の人間はそうだといえるだろう。彼らが魔法の恩恵を受けるためには、この魔導工学により生み出される魔導具が必要だ。魔具は、魔力がなければ使えないしね」


 それは、俺には浮かばない視点だな、とグラーレンは思った。

 グラーレンは小さなころから巨大な魔力を持って生きてきた。

 魔力を持っていること、使えることが当たり前で、当然のことだったのだ。

 だから、魔力を持たざる者がいて、それにより何らかの不便を感じている。そう考えることなど、もっと不可能だった。

 グラーレンは、人生のどの瞬間を振り返ってみても、いつだって魔力を捨てられたらと考えてきた記憶しかない。

 

 自分には、向いていない学問だな。


 グラーレンはそう思う。


 話しながら、かちゃかちゃと魔導具を組み上げ、完成したことを確認すると魔石をはめる。


「お、できたね。スイッチを押すといい」


 ブバーラがそういった。

 言われた通り、グラーレンがその掌の半分程度の大きさの魔導具のスイッチを押すと、一部に開いている穴から小さな火が起こる。


「“ライター”だ。火を起こすのに非常に便利な道具だね」

「こんなちっぽけな火が何の役に……もういいです」


 にこやかに魔導具の出来を確認するブバーラを嘲るように笑い、グラーレンは立ち上がった。

 そして小さく呪文を唱えると、空中に先ほどの魔導具よりもよほど大きな火を起こしてから呟く。


「魔法のほうがよっぽど簡単ですよ。僕には、向いてなかったみたいです」


 グラーレンはそうして教室を出ていく。

 まだ十歳前後にすぎないグラーレン。

 その彼が、どこまでやさぐれたような態度でいるのは自分の力の価値に気づいていないからだろう。

 閉まった扉を見ながら、ブバーラは意味ありげに呟く。


「むしろ、君は誰よりも向いていると、僕はそう思うよ。魔導工学の目的は、魔力のない人のためだけにあるのではないのだから」


 しかし、その呟きを聞くべき者はもう教室内にはいなかった。


 ◆◇◆◇◆


 やることがない訳ではないが、いまだ受けるべき授業は決まっていない。

 授業とわずおそらく必要になるだろう文房具屋や生活に必要な日用品を買うため街を歩きながらグラーレンはため息をついた。


 魔導学院は自らが受ける授業を決めるための資料として一月ほど様々な教室や研究室を回る期間が用意されている。

 先だってグラーレンが魔導工学教室で魔導具の組み立て作業を行っていたものその一環だ。

 残念なことにグラーレンはあの科目は必要ないと確信してしまっていたのだが。

 しかし、あの教室以外にも色々回ってはいるものの、特にとりたいと思える授業がないのも事実だった。

 それはある意味では当然のことだった。


 通常の学院生は、学院が用意している基本モデル通りの授業をとり、余った時間を自分の趣味にあった授業に充てる。基本モデルはほとんど隙間がないくらいぎちぎちに組まれており、ほかに何か受けることのできる授業があるとしてもせいぜい二、三個が限界であるから、必然的に選択の余地は狭い。それほどに魔導というのは深く、難しい。それに基礎的な教養まで含めれば膨大な時間が必要になる。


 しかしグラーレンは、まず基礎教養はすでに修め終わっていたし、魔導についても初等、中等、高等問わず、専門的なことを学ぶために必要な知識は全て得ていた。

 そのため学院に来たのはいいが、自ら何をやりたいか考え、選ぶ必要が出てきており、それが決まらない限りはいつまでも暇、という状況に陥っていた。


 ――やりたいことか。


 考えれば考えるほど、分からなくなってくる。

 それは本来、領主となって領地を治めることだったからだ。

 すでに親より勘当同然の立場に追いやられてしまっている以上、その目標は消失している。

 そのため、自分で好きなように好きな生き方を選ぶ自由が与えられた。

 本来なら喜ぶべきかもしれないそれは、グラーレンにとっては問題だった。

 定められたレールを進むように育てられた彼にとって、いきなりそのレールを外されてもその未来は横転して大破するのみだ。

 生まれてきた時からなるものが完全に定まっていたグラーレンに、改めてそれを選ぶ権利が与えられているなどと言われても、何とも選びようがなかった。


 はてさて。どう生きればいいものか。


 そう思った時だった。


「だからなんで私があんたについて行かなきゃならないのよ! そんなの絶対嫌なのよ!」


 そんな声が聞こえてきたのは。

 見ると、小さな少女が数人の取り巻きを連れた貴族らしき太った男性に腕をつかまれているようだった。

 野次馬も集まっており、ひと悶着ここで起こっているのだなということが察せられる。

 集まっている人のうちの一人に「何があったんだ?」と聞いてみると答えが返ってくる。


「あぁ、なんかどこかのお貴族様らしいあの太ったお人がね、どうもあの小さな女の子を気に入ってしまったみたいだよ。居丈高に屋敷についてこいだのなんだのって……ついてったら終わりだね」


 どこか他人事のようにそう言われて貴族を見ると、どうもその眼にはぎらぎらとした欲の光が宿っているように思えた。

 明らかに色欲であり、その対象が小さな女の子であることを鑑みると問題がありすぎるように感じられる。


「おいおい……誰かとめねぇのかよ」

「っていってもねぇ。お貴族様だから。下手に目をつけられるとこわいし……」


 言わんとすることはわからないでもないが、だからと言って放っておくのも違うだろう。

 そう思ったグラーレンは野次馬を押しのけて止めに入ろうとした。


 しかし、実際にはグラーレンが止めるような事にはならなかった。


 グラーレンが少女と太め貴族の間に入ろうとしたそのとき、後ろから何者かがジャンプして二人の前に立った。


「おい、そこのお前!」


 それは黒目黒髪の少年だった。年の頃はグラーレンと同じくらいだろうか。

 その顔は紅顔の美少年と言っていい程度には整っていて指をさして貴族を指弾するその姿は堂に入っている。おそらくは、人に見られることに慣れている人間なのだろう。ギャラリーのことなど気にせずに、彼は自分の言いたいことを言い始める。


「か弱い少女の腕を無理やりに引っ掴むなど、言語道断! 今すぐその手を離せ!」


 言い方からして、おそらくは少女に危害を加えるのを良しとしない立場の人間だろうと思われた。

 動き一つ一つがいちいち大げさでばからしく思える。

 しかし、周りの野次馬たちは彼を少女を助けにきたヒーローか何かに見えたらしく、応援するムードになっている。

「そうだそうだ……!」「離せ……!」

 貴族に対し、微妙な大きさの声で野次を飛ばす野次馬たち。その自信のない糾弾は、誰が文句を言っているのか特定されないための知恵なのだろう。

 なんだか情けないような気もするが、生活がある市民としては仕方のないことだろう。

 一応、文句は言えてるだけ、何もしていないグラーレンと比べたらよほどましだと言える。


 出ていき時を奪われたグラーレンは、野次馬に混じってみているくらいしかできない。

 おそらくあの少女はあの少年が助けるのだろう。

 そうであれば、グラーレンがすることなど何もなかった。

 野次を飛ばすのも、いまさらみっともないような気がした。

 それに……。


「俺が魔法を使ったら、むしろ危ないだろうしな……」

「え?」


 グラーレンの小さな独り言を、野次馬の一人が拾って聞き返す。

 しかしグラーレンは「いや、なんでもない」と言って、その場を後にした。

 俺にできることなんて、何もない。人を助けることさえ。


 最悪の気分で、グラーレンは学院の寮へと帰っていく。

 後ろからは、少年の糾弾の声が聞こえた。

 振り向く気にはならなかった。

 振り向いても、自分はあの場には立てないのだから。

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