第32話 想定の範囲外
「単純じゃ、ない?」
私はフェラード氏の言葉を鸚鵡返しする。
彼の説明を聞く限り、非常に単純な話のような気がしたのだが、間違いだったのだろうか。
前にセーラが教えてくれた常識によると、魔族は魔力を直接扱えるが人間にはそれは無理で、だから人間と魔族の使う魔法は異なる、という話だったはずだ。
であるなら、私の覚えるべき魔法は、体系魔法ということになるのが必然ではないか。
そう、フェラード氏に言うと、彼も一応頷く。
「うん。よく理解しているね。確かに、普通は、そうなる」
「……普通は?」
こてり、と首をかしげる私にフェラード氏は言った。
「つまり君の場合はそうはならない、ということだ」
「……ちょっと待ってくださいよ。それっていったいどういう……!!」
「まぁ、いろいろあるんだけど、まず君にやってもらいたいことがある」
「はぁ……なんでしょう?」
「まず、目をつぶって」
「……はい」
「そうしたら、心の中で、ぽっかりと空いた大きな穴を想像するんだ」
「……それに何の意味が?」
「いいから。説明はあと」
「分かりました……」
私はなんだか釈然としない気がしながらも、言われたとおりにする。
心の中に、穴……。
それはきっと暗い、真っ暗な穴だろう。
寂しげで、つらそうで、何もかもを飲み込む、悲しい穴。
なんだか後ろ向き過ぎる想像だが、仕方ない。
「想像した?」
「はい」
「じゃあ、次は、その穴に飛び込むようなイメージを……できる?」
「……はい」
穴に飛び込む……。
飛び込む、というより落ちる感じだろうな。私だし。
穴がそこに開いていることに気づかないで、のんきに歩いている私。
そのまま、まっすぐ進むと、落ちる。
それなのに、のんきに歩いている、馬鹿な私。
踏み外し、あわてて、でも、伸ばした手は淵をつかむことが出来ずに……。
なんだか、ほんわりと暖かいものが胸の内側から湧き上がってくる気がした。
これは……。
「いいね。そのまま、湧いてきた力を、固めて……」
「……どうやって」
「なにか、浮かべやすい形をイメージして」
「かたちを……」
私はが思い浮かべたのは……。
その瞬間、辺りに風が吹いた。
*
執務室の扉が乱暴に開かれる。
「何があったのですか!?」
似合わずあわてて執務室に入ってきたのは、セーラだ。
一体どうしてそんなにあわててるんだろう?
私は首をかしげた。
目の前ではフェラード氏がこちらを見ながら、微笑んでいる。
先ほどまでと、なにも変わりはない。
……?
本当に?
なんだかよく分からない焦燥感にかられた私を、フェラード氏はくっくっくと笑いを噛み殺しながら言った。
「なるほど、そうなったか。おめでとう」
一体なにを言っているんだろう?
そうなった?
あわてていたセーラも私を見て、安心したようで、フェラード氏と似たような表情で言う。
「……キリハ様……!!そうですか!そうなんですか!」
なぜか心なしかうれしそうである。
だから一体なんなんだ!
どたどたと音がして、開け放たれた扉からミリアもやってきた。
「何があったのよ!……って。そうなの。なるほどなのよ……ちょっと残念なのよ……」
なんでかがっくりとするミリア。
みんなの反応を見るに、状況をつかめていないのは私だけのようだ。
納得ばかりしてないで、私にも説明してほしいものである。
そう思った私は、その旨きっちりと主張すべく、叫んだ。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃー!!……にゃ!?」
……あれ?




