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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
30/52

第30話 話せない事情

「……?」


 不思議そうな顔をし続ける二人に、私は一体どう言ったものかと悩む。

 しかし考えてみれば、それほど難しく考える必要はないことかもしれない。

 フェラード氏は入国許可等について交渉の材料に使え、というのだからその通りにすればいいだろう。

 私は色々な葛藤をとりあえず横に置いて、話を進めることにした。


「申し訳ありません。少し予想外のことが起こりまして……」

「予想外のこと? なんだよそれ。俺はやっぱり魔国には入れないってか?」


 ピオニーロは若干イライラしているようだ。あれだけ行きたそうにしていた魔国だ。

 一瞬でも行けるかもしれない期待を持った以上、それが否定されたら相当腹が立つに違いない。


「いえ、そう言う訳ではありません」

「じゃあなんだよ。だったら早く魔国宰相閣下と話させてくれ」

「いえそれが……通信は切れました」

「あ?」

「通信はもう、切れてしまったんです」

「じゃあ、もう交渉もできねえってことじゃねえか……」


 がっくりと肩を落とすピオニーロ。けれど私はそんな彼に光明を差し出す。

 あんまりいい話の進め方ではないと思うが、まぁ、外交とはこんなものだろう。


「それはその通りなのですが、ピオニーロさんの魔国への入国許可につきましては、私に権限が委譲されましたので、その点についてはご心配なく」

「あんたが……? 下っ端じゃないのか」


 ピオニーロが驚いて言った。これについてはゲルハルト侯爵も意外だったようで、少し目を見張っている。実際下っ端には違いないのだが、その下っ端に色々任せてしまうのが魔族と言う人々なのである。権限も委譲とか言ってしまったが、実際はもともと私が持つ権限らしいから、ピオニーロに限らず他の人間にもある程度の条件を満たせば入国許可は出せる。ただそれを言ってしまうと面倒くさそうなのでとりあえずは、委譲、ということにしておくことにしたのである。


「まぁ、下っ端と言えば下っ端ですが、今回のガルタニアとの交渉に当たっては魔国を代表して来ておりますので。それなりの権限は与える、とのことです。ですから、魔国への入国についてはご心配なく」

「本当なのか……とうとう行けるのか、俺は……」


 感動に打ちひしがれているピオニーロ。しかし、そんな彼をちょっと崖から突き落とすような人ことを私は言ってみる。


「まぁ、条件付きですが」


 きっと絶望的な表情を見せてくれるだろうな、と期待していたのだが、意外にも、ピオニーロはあまり驚いていない。むしろ、やっぱりな、という表情である。ゲルハルト侯爵は特に口を挟まずに話を聞いているが、ことこの条件については詳しく聞く必要を感じたのか、眉をひそめながら言った。


「キリハ殿も人が悪いですな。そのような言い方をされてしまうと……その話を断った場合、ピオニーロから私が恨まれてしまう」


 なぜこのような言い方をゲルハルト侯爵がするのかと言えば、彼は私の言う“条件”がガルタニアから引き出されるものだと考えているからだろう。私は魔国を代表してガルタニアと言う国と話すために来ているのだ。そう考えるのは、正しい。

 しかし……、


「それほどご心配なさらずとも、大丈夫だと思います」

「はて?」

「私がここに来た目的は、初めからそれ一つでした。更に言うなら、これは我が国がかねてより提案している特許法と共に、ガルタニアに益をもたらすものです。魔国が得をするようなことはほとんどない、と言ってもいいかもしれません」

「それは一体?」

「説明の前に、これを……」


 私はそう言って、ゲルハルト侯爵、ピオニーロ、そして空気のように控えている司法省の役人にA4の紙媒体を渡した。つまるところレジュメである。皆、その紙のなめらかさと、印刷されている文字や図形の正確さに驚いていたが、ピオニーロはそれ以上に内容に興味を示していた。読む速度が半端ではない。目を皿のようにして、とはこのことを言うのだろうと思った。

 そして彼はおそるべき短時間でそれを最後まで読み切った後、ゲルハルト侯爵に向けて行った。


「おっさん。これは受けるべき話だ」

「……説明してから言え。これは極めて高度な魔導工学の知識がなければ読み解けないことくらいしか私には分からん」

「別に説明読まなくても図を見ればわかるだろ?」

精霊馬車トラスイールのように見えるが……」

「その通りだ。これは俺の発明した精霊馬車トラスイールの効率化に関する提案書だよ」


 さすがピオニーロは天才と言われるだけあって、一読しただけで大体のところは理解したらしい。

 魔国の研究所の人たちが技術の粋を集めて作り上げたもので、いかに魔導大国ガルタニアと言えどオーバーテクノロジーにも程がある内容なのだが……。


「効率化というが、それは一体どれほどのものなのだ」


 ゲルハルト侯爵はことの重大さがあまりよくわかっていないようで、説明を求める。


「今の精霊馬車トラスイールは十人の魔法使いが一生懸命やって大体通常の馬車を同程度の速度を出せるかどうかってところだろ。滞空高度は大体地上50センチぐらいが限界、持続時間はまぁ、すり切り一杯で三時間ってとこか」

「そうだな。それで、この提案書に従った場合、どうなる」

「まず魔法使い一人で動かせるようになる。場合によっては無人も不可能ではない。滞空高度は理論上、限界がなくなる。持続時間も八時間はいけるようになりそうだな」

「……全く別モノではないか」

「だから受けろって言ってる。戦争の常識を変えるぞ、これは」

「たしかにそれは受けるべきだろうが……なぜだ。なぜ魔国はこんなものを提供する」

「さあな。そこにいる嬢ちゃんに聞けばいいだろ」

「……答えて頂けますかな?」


 ゲルハルト侯爵は鋭い目でこちらを見つめた。

 どうにも好々爺然とした印象が強くなってきていたが、気のせいだったらしい。


「その前に、ゲルハルト侯爵にも聞かなければならないことがあります」

「……なんですかな?」

「魔国宰相フェラードとの会談のときにいた少女のことです」

「あれは……私の孫だと……」

「対外的には、そう扱います。いまお聞きしているのは、真実・・の方です」

「と言いますと……」

「彼女は、なんと言って侯爵に近付かれたのですか?」


 これだけはどうしても聞いておかなければならなかった。

 フェラード氏からもそのように言われた。

 その理由を聞いても教えてくれなかったのだが、まぁ聞いてはいけないこともあるのかもしれない。

 それに先入観なく質問できることは悪いことではないだろう。


 しかし私の質問に答えようとしたゲルハルト侯爵は目を見開く。


「……なんということだ!」

「どうされたのです?」

「これは……言い訳のしようがありません。私は、キリハ殿の質問に対する答えを、忘れて・・・しまいました」

「それは一体どういう……」

「先ほどまで、私はその答えを確実に記憶しておりました。しかし今、キリハ殿に応えようとした瞬間、その全てが霞のように消え去って……全く思い出せませぬ」

「……そうですか」


 これはフェラード氏からの指示に失敗したと言うことになるだろうか。

 怒られるのはやだなぁ。

 まぁ、失敗してもいいと言っていたし、忘れたものは仕方ないだろう。

 ゲルハルト侯爵も嘘を言っているようなそぶりではない。これが演技なら相当な役者だが、それを見抜ける技能は私にはないことだし。


 ともかく、これはどうしようもない。

 置いておいて、話を進めることにした。


 それから、特許法及び司法制度改革についてはお互いに頻繁に進捗具合を確認する為、魔国との間に通信設備を設置し、迅速に進める方向で話がまとまった。設備の設置費用や設備自体については魔国からの持ち出しだ。

 それから精霊馬車トラスイールの改良案をなぜ魔国が提供するか、と言う点については正直言って私は知らない。だからゲルハルト侯爵の失態を言い訳に、今のところは明かすことが出来ない、ということにして引き上げることにした。

 侯爵もピオニーロもこの点については渋い顔をしていたが、ゲルハルト侯爵が忘れた、という話は結局フェラード氏の暗殺に関わる話である。これについてどんな理由があれ、詳細を話すことができなくなったというのは失態だと最終的には納得した。


 結果として、大体のところ私の目的は達成された。

 魔国に帰り、全容をフェラード氏に説明したら、また誉められた。


 やっぱり私は結構この仕事が向いている。

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