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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
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第3話 母性本能?

 悪夢と言うのは意外と幸せなものなのかもしれない。

 なぜなら、目が覚めたらそこには安全な日常が広がっているのだから。


「私には、そんな期待を抱くことすら許されないんだね」


 そう呟いた私の前には、睨みあう二体の巨大な獣たちがいた。


 片方は、狼。銀の美しい体毛を持った、優美な狼。

 もう片方は、熊。暗黒よりなお暗い毛色の強靭な肉体を持った恐るべき熊。


 それを見ている私はと言えば貧弱かつ平凡な日本人だ。

 もはや私には何も期待することも許されないだろうことがその状況だけでも分かろうと言うものだ。

 おそらく、あの狼と熊との戦いで勝利した方に、私は美味しく頂かれてしまうのだろう。

 比喩的な意味ではなく、なんというか想像したくもないが物理的な意味で。

 どちらも非常に丈夫そうな牙をお持ちだ。

 私など、柔らかい寒天を食いちぎるよりも簡単にばきばきと噛み砕かれてしまうのだろう。


 そんな益体もないことを考えながら二匹の睨みあいを見ていると、おそるべきことが起こった。

 狼の方が熊に向かって口を開いたのだ。

 熊に襲いかかろうとしたのではない。

 そうではなく、つまりは――


「――!―――――?」


 何か、喋っている。何を話しているのかはよく分からないが、おそらく言語を操っているのだろうと言う事がその音声の抑揚と、狼の唸り声とは異なる明確な発音から分かった。

 しかも、声がどう聞いても狼のものではない。

 なんというか――青年の声なのだ。理知的で、皮肉げな雰囲気の、青年の声。

 それに対して熊の方は突っ立ったまま動かない。

 どう見ても、狼の話を熊が聞いているようにしか見えない。

 しばらくして狼が話し終えると、今度は熊の方が口を開いたからその推測は正しいはずだ。


「――。―――――。――――!」


 これまた、驚いた。熊の方も狼と同じように喋っている。やっぱり何を話しているのかは分からないが、やはり言語のようだと感覚的に理解できた。こちらの方の声は、青年ではなく、中年の親父さんのような声だ。最後に笑い声のようなものを上げると、熊は踵を返し、桜の森の向こうに消えていった。


 狼は熊が去っていくのを確認して、私の方に向き直った。

 そして、口を開き、


「――。――?――――?」


 喋った。何をいっているのか分からない。全く分からないが、この感じからして、私は巨大生物の餌と言う運命からもしかしたら逃れられるかもしれない。

 私はとりあえず、何か行ってみることにした。

 初対面の人?に対して何をすべきか!

 自己紹介である。そうにきまっている。


「あ、あの!狼さん!私は、桐葉!夏目桐葉っていいます!!!」

「―――?―――――?」


 通じていない。やばい。食われる。別のアプローチが必要だろうか?

 ……そうだ!!ジェスチャーだ!

 私は今度は自分のことを指さしながら、名前を連呼することにした。


「桐葉!桐葉です!!桐葉!!わかりますか?桐葉!!」


 傍から見ると大声で自分の名前を狼に連呼しているちょっとおかしい人だが、仕方がない。狼がまず大き過ぎて、普通の声量で言っても耳まで届かないような気がするのだ。ふさふさの耳はすごく聴覚がよさそうなので普通の声で喋っても聞こえるかもしれないが、しかし私は確実性をとった。

 すると狼さんは首を傾げて、喋る。


「――キリハ?」


 お!!おお!!!!通じた!


「そうです!桐葉!桐葉です!!!」

「キリハ。―――」


 名前のあとに、狼さんは何かを喋ったが、私の名前しか聞き取れない。私が首を傾げていると、狼さんは前足を上げて、自分を指?さしていった。


「――ティリス。ティリス」


 む。これは。私と同じ方法をとったということだろうか。ジェスチャーで自分の名前を示したと言うことだろうか。そうだとするなら、名前を呼べば意思疎通が図れそうだ。


「ティリス?ティリスさんですか!!」


 狼は首を縦に振る。肯定の意味だろうか。このジェスチャーが地球は日本と同様の意味を示しているとは限らないからそう言う意味かどうかは分からないが、情況的に言ってそう考えるべきではないか。

 たぶん、そうなのだろう。

 狼は私が狼の名前らしきものを呼んだのを確認すると、踵を返して歩き出した。そしてしばらく歩くと、私の方に振り向く。


「……ついてこいってことかな?」


 私が狼に近付くと、狼はまたしばらく歩いて、振り返る。

 どうやら、私の推測は合っているらしかった。


「どこに連れてかれるんだろうなぁ……」


 不安だったが、他にすべきことなどない。そもそも、この世界の動物のサイズがこの狼とかさっきの熊が基準なら、私はかなりまずいことになる。運よくこんな風に一応の意思疎通のできる生物に出会えるとは限らないのだ。もし意思疎通のできない、しかし巨大な野生動物に出会ったとしよう。私の人生はそこでおしまいだ。私はそんな想像をして身を震わせた。


「ついてこ。うん。死にたくないもの!!」


 走って狼のもとに寄る。すると狼はこっちを見てまた歩き出した。


 気のせいだったのかもしれないが、その目はなんとなく優しげに見えた。

 庇護すべきものを見つけたかのような……。

 やっぱり哺乳類だし母性本能とかあるんだろうか。

 メスとは限らないけれども!

 というかさっきの声?は男の人のものだったし、そこから考えるとオスか。

 じゃあ父性本能か。まぁどっちでもいいけどさ!


 この狼についていったからといって危険が完全に去ったとは言えないけれど、なんだか信じていいような気がした。

 もしダメならそのときはそのときだ。


 私はこれからどこに連れていかれるのか、少しだけ楽しみに思って、狼の横を歩くことにした。

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