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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
29/52

第29話 魔法符

「……なぁ」


 私の話を聞いてしばらく無言でいたピオニーロが話し出す。


「なんでしょう?」

「ダレル商会のせいで許可が出なかったっつうことはよ、」

「ええ」

「もう一度、改めて頼めば俺でも魔国に入れるのか……?」


 おそるおそる、と言った感じである。

 この男がなぜそこまで魔国に魅力を感じているのか分からないが、研究者などそんなものなのかもしれない。


「先ほどからそのように申しております。そうですね……自分で直接頼んでみますか? 今から通信で」

「は?」


 何を言ってんるんだ、という顔をするピオニーロ。

 その気持ちも分からないではない。

 この世界での通信事情は非常に悪い。

 少なくとも地球にあった携帯電話のようなものは存在しない。

 長距離通信はできないことはないが、巨大な設備のある通信施設を使って多大なるコストをかけてやっとのことで行えるもの、というのが普通だ。

 だから長距離通信を行う場合は非常事態、特に国家的なものに限られる。

 それ以外の通信については人力や馬など物理的手段に頼った郵便だ。


 しかし、それはあくまで人間国家での話である。

 魔国では別だ。


 私は懐からおもむろに掌ほどの大きさの紙を取り出す。


「……それは?」


 私の手元を見て、ゲルハルト侯爵が聞いた。


「これは我が国の秘匿技術、魔法符です」

「魔法符……?」


 ピオニーロは首を傾げた。

 魔国の事情についてもある程度詳しく、かつ人間国家においては革新的な技術をいくつも作りだしている彼ですら知らない。

 魔法符はそのようなものだ。流石呪いの道具だけある。


「そう、魔法符です。我が国の文官は皆、これを持っています」

「それは一体何の役に立つんだ?」

「色々です。我が国における身分を表したり、長距離通信が出来たり、通販が出来たり、転移テレポートが出来たり……」

「おい、今いろいろとんでもないことを聞いた気がするぞ」

「私も耳を疑うような話を聞いた気がしますな……長距離通信に転移テレポートですと……?それにツウハンとは一体……」

「まぁ……通販はお買いものです。私が提案して受け入れられた中々に便利なシステムなんですよ。魔法符は物質転送が出来るので、それを利用したものですね。長距離通信と転移テレポートはガルタニアでも実用化はされていますでしょう?」

「確かにそうですが……どちらも大規模な施設が必要なものです。コストも莫大で……それほど小型の媒体で可能にしているとは……」

「これも研究の成果と言う奴ですね」

「5000年の、ですか」

「ええ。それで、どうしますか、ピオニーロ殿。通信するのであれば宰相閣下に繋ぎますが」


 首を傾げて彼の答えを待つ。

 宰相閣下は暇ではない。暇ではないが、今回私がここに交渉に来るに当たって魔法符の通信はいつでもして構わないという許可をもらっている。

 どことなく心配そうな顔で言っていたから、私の仕事の出来具合に不安を覚えているのだろう。なにせまだ文官になって日が浅い。経験も足りない。彼からしてみればはじめてのお使いを見るのに近い気分なのではないだろうか。

 その旨、セーラに語ったところ、「……なるほど、そうですね」となんとなく微妙な目で言われた。彼女もまた私のことを不安に思っているらしい。私だってやるときはやるのに、残念なことである。


「礼儀とか、作法とか、あるのか?」


 ピオニーロが真剣そうな表情で聞いた。傍若無人なタイプかと思いはじめていたので意外な発言だった。


「特にありませんよ。魔族はそういったことは一切気にしません。ただ、嘘をついたり、本当のことを隠したりすることはあまりお勧めしません」

「なぜだ?」

「信用を失うからです。魔族は人に期待していません。彼らの信用を失えば、その時点で石ころと同じ扱いをされることになります」

「石ころって」

「彼らは生き物の生死に無頓着です。必要なら大虐殺でもしかねない危険な人々です。そして、この“必要なら”のハードルが非常に低い。ですから対応を誤ると、危ないかもしれません」

「おいおい……」


 私の台詞に青くなるピオニーロとゲルハルト侯爵。

 まぁ、確かにこんなことを言われて平静でいられる人間はいない。

 その気になれば国を一人で滅ぼせる集団の思考がこんなものだったら毎日怯えながら暮らさなければならないだろうから。


「あんた……よくそんな奴らの国で文官なんてやってられるな。人間なんだろ? だったら……」

「おっしゃりたいことは分かります。でも私には魔族の考え方の方が理解しやすいのです。私にしてみれば、人間の行っていることのほうがよっぽど恐ろしい。人間は大した理由も、理屈もなく、気分で人を殺します。けれど魔族はそんなことはしない。必要な時に、必要な数を、というのであればするでしょうけれど」


 言いながら、ふと違和感を感じた。

 私はこんな性格をしていただろうか。平和な日本で普通に学生をしてきた。ものの考え方はともかく、人殺しに対する忌避感が、異様に薄くなっているような……。

 もしかしたら、わたしは、この世界になれてしまったのかもしれない。


「理由のあるなしの問題なのか?」

「私はそう思う、というだけです。別に他人にまで考えを押し付けようとは思いませんよ」

「……そうか。まぁいい。んじゃまぁ、魔法符で繋いでくれ」


 ピオニーロは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに話を変える。

 なにか言いたそうな表情だったのだが……。

 まぁいいか。私は魔法符に念じて宰相閣下に繋いだ。

 数秒して、頭の中に声が響く。


『キリハ? なんかあったのかな?』


 それは妙な感覚だった。鼓膜が振動している訳でもないのに、声が聞こえてくる。

 直接言葉が心に叩き込まれるような感じ、とでも言えばいいのだろうか。

 原理は全く分からないが、不思議なものをつくったものだと使うたびに思う。


「特に変わったことはありませんよ。連絡しているのは、精霊馬車トラスイールの発明家であるピオニーロ氏が魔国への入国許可が欲しいとのことでして、直接お願いしたいと言うものですから」

『うちに来たいなんて奇矯な人間もいたものだね』

「何度も嘆願しているらしいですよ。でも、受け入れられないとか」

『何度も?だったら、記録もあるかな……ピオニーロ……あぁ、あったあった。これかな。ダレル商会と連名だね。≪……魔国固有の生物であるケルベロス及び魔国固有の金属であるミスリル銀の捕獲・採集許可を求める。これに対する報酬は7万エルドとし、その全額をガルタニア金貨で支払うものとする……≫ねぇ。大要、お金をあげるから魔国に入れてください、資源乱獲するつもりなんでよろしく、って感じの内容だね。これに許可を出せって?』

「やっぱりそんなことになっていたんですか」

『というと?』

「それはダレル商会が勝手にやっていることです。そうではなく、ピオニーロ氏個人に、入国許可と、少量の資源の採集許可を与えて頂きたいのです」

『なんだかよくわからないけど……でも、それくらいの許可ならキリハが出せるよ?』

「え」

『君の権限は君が思っているより遥かに強大なんだよ。まぁ、ともかくそういう訳だから、大丈夫だと思うなら君が許可を出しなよ。魔法符使えば出来るから。やり方は……まだ教えてなかったか。じゃ、直接頭に流し込もうか。今なら・・・大丈夫だろうし』

「え?」


 宰相閣下がそう言うと同時に、膨大な情報が頭の中に流れ込んでくる。私の地位、宰相付文官が持つ権限と、その行使の方法について。魔法符についてもより詳しい使い方が頭の中に直接叩きこまれている。

 こういう技術があることについて、私に疑問はなかった。魔国は本当になんでもアリに近い。これくらいのことは出来てもおかしくはない。

 けれど、それでもこれは変だと私は思った。

 私は人間だ。普通なら何年もかけて覚えるだろう量の情報を脳に直接叩きこまれるなどと言う無茶な事をされたら、頭がパンクしてもおかしくない。

 なのに、なぜ私は極めて正常にこの状況を受け入れられているのだろう。


 しばらくして、全ての情報が頭に入った。

 すると、宰相閣下の声が響く。


『入国許可については交渉の材料にすれば円滑に進みそうだね。じゃ、頑張って』


 そう言って、魔法符の接続は切れてしまった。

 テーブルの向かいには、一体何が?という顔をしているゲルハルト侯爵とピオニーロがいた。

 どう説明したものか。

 私は頭を抱えたのだった。

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