第28話 キリハ、魔国の事情を説明する。
「うーん……」
「どうしたのですか?」
私が唸っていると、ゲルハルト侯爵が聞いてきた。
なので正直に答える。
「いえ、魔族ってそんなに狭量じゃないものですから。ピオニーロさんの嘆願をなぜ断っていたのか疑問で」
「ふむ……そうなのですか?」
「ええ。ゲルハルト侯爵もご存じのように彼らは非常に合理的に生きていますから。研究のために必要だから頼む、と明確に理由を提示されたらよっぽどのことがない限り断らないと思います」
それは予想と言うよりもただの事実だ。私はそのことをよく知っている。
彼らは、個人主義であり合理主義だ。
そこには自分たちの種族以外に対する無機的な視線も含まれている。
彼らは人間の生死をあまり気にしない。無慈悲、とかそういうわけではなく、それが必要ならそうする、と考えるのだ。仕方ない、とかどうしようもない、とかそんなことすらも考えない。そう考える者にはまだ心のどこかに後悔の感情がある。人間はそれ以上に無慈悲にも合理的にもなれない。しかし魔族は違うのだ。
そしてその感覚は人以外の動物にも適用される。
つまりは、魔国国内にいる生き物にも、魔獣に対してもだ。
彼らは自然環境を保持することに全力を注ぐが、それはただ単に自分の旅行環境と食糧事情を維持したいだけにすぎない。だから、環境を破壊しない程度の資源の採集や捕獲を、彼らが否、ということはあり得ないのだ。
私がそうはっきりとピオニーロに説明すると、彼も考えたような顔になり、そして言った。
「……じゃあ、なんで俺は断られた?」
「なにか環境破壊につながる申出でもしたのでは?」
「馬鹿な……たかが研究者一人の資源採集で環境がどう壊れるんだ?」
いくら考えても心当たりが見当たらないのか首を傾げ続けるピオニーロに、横からゲルハルト侯爵が気の毒そうに口を挟んだ。
「……ふむ。それについては、私に心当たりがあります」
「あ? なんだ? 俺の研究に文句をつける気か」
額に青筋を浮かべながら詰め寄ったピオニーロにゲルハルト侯爵は慌てて言った。
「そうではない!!早とちりするな!!……私が言うのはだ。ピオニーロ、お前、嘆願するとき必ずダレル商会を通してただろう?」
「あぁ……そうだが」
「ダレル商会?」
首を傾げる私にゲルハルト侯爵が説明してくれた。
それによるとダレル商会とは、ガルタニアでも唯一魔国との取引を行っている巨大商会であるということだ。
ピオニーロは魔国に直接嘆願をするためにダレル商会に嘆願書の配達を頼んでいたとのことだが……。
「それはおかしいですね」
私がそう言ったとき、ゲルハルト侯爵とピオニーロの反応は正反対だった。
「やはり、そうですか」
「……あ? なにがだよ」
この様子からして、ゲルハルト侯爵はいろいろ疑っていたのだろう。
私はおそらく意味が分かっていないピオニーロに説明する。
「我が魔国は現在、どこの国の商会とも一切取引を行っておりません」
私の言葉にぽかん、とするピオニーロ。
そして目を見開き、深呼吸してから、どういうことか説明しろと私とゲルハルト侯爵を見た。
「魔国は特に資源に困っている訳ではない、ということはピオニーロさんもある程度、魔国について詳しいならご存知でしょう」
「そうだが……日用品とか便利な道具はある程度は輸入するだろ? 魔国と取引してるっていう商会なんて今はどの国にもあるぜ」
「はっきり申しまして、その商会の言は全て嘘です。そう言った細々したものは、一度アルトフォルテ王国を経由して我が国に運ばれることになります。魔国と直接取引をしている商会はどの国にも、一つたりとてありません」
「アルトフォルテ……?」
「ほほう、そういう仕組みになっているのですか……」
「これはここだけの話にして頂きたいのですが……」
「ええ、私は勿論構いませんよ」
「俺は構う。どういうことだ」
「アルトフォルテ王国は、魔国の一部です。表向き、人間国家を名乗っているだけで」
「馬鹿な!俺はあの国にはいったことがあるぞ!人間もたくさん住んでた」
「ええ。住んでいるのは、人間です。国王も人間ですし、魔族もほとんどいません。ですが……」
「ですが……、がある訳ですな」
ゲルハルト侯爵は実に楽しそうだ。こういう話が好きだから地方貴族でありながらガルタニア中央政界で働いているのかもしれない。
私は続ける。
「ええ。それでもあの国は、魔国です。魔国に運ばれる荷物は特別な場合を覗いて、アルトフォルテ王国に運ばれ、そこで検査を経た上で魔国へと運ばれます」
「なんでそんな面倒な事してんだよ」
「いろいろあるのです。ともかく、そういうわけですから、そのダレル商会、ですか? その商会が魔国との直接取引を謳っている以上、それははっきり嘘だと言うことになりますね」
「間接取引のことを言っていると言う風には捉えることは出来ないのですかな?」
「アルトフォルテと魔国の関係は今のところトップシークレットです。その事実は、どのような形であれ他言することは認められていません。私は魔国代表として、あらゆる魔国の情報について自由にする許可を、魔王陛下と魔国宰相閣下から頂いているのでこのように説明することができますが、通常、そのような行為に出た場合……」
「出た、場合は?」
「全て忘れます」
「「は?」」
ピオニーロとゲルハルト侯爵の言葉が重なった瞬間だった。
「私の語る言葉には、呪が籠っています。特定の言葉に、特定の魔法的処置が施されている、と考えてください。簡単に言えば、お二人がいま聞いた事実――アルトフォルテが魔国であるという事実を他言した場合、その事実をお二人は忘却するのです。もちろん、聞いた相手も含めて」
「……それは、本当ですかな?」
「試して頂いても構いません。しかし私のおススメは、この事実を記憶にとどめておき、うまく活用することです。他言できなくても、知っていれば違うこともあるでしょうから」
「……魔国はとんでもないな……記憶操作か。そんな魔法は未だ誰も作れてねぇぞ」
「魔国にも魔力の活用についての研究所はありますから。しかも人間のものとは比べ物にならないくらい長い年月の研究の成果がそこにはあります。失礼ですが、ガルタニアの中央魔導研究所は設立何年でしたか?」
「ふむ……何年だったかね?」
ゲルハルト侯爵が配下の役人に尋ねると、間をおかずその答えが返って来る。
「先日設立578年を迎えました。建国とほぼ同時期に出来たものです」
「と、言うことだが……」
「魔国の研究所は設立から既に5000年は経っています。更に言うなら、勤める職員の勤続年数も平均して1000年前後です。年季が違います」
私の開示した情報に絶句するゲルハルト侯爵とピオニーロ、そして役人。
「魔族に、勝てる訳がなかったのだな……」
「俺もそう思ったところだぜ……」
「私もそう思います……まぁ、そんな訳ですから、その商会は確実に後ろ暗いことがあると思った方がいいでしょうね」
「俺の嘆願も届いてなかったってことか?」
「おそらくは。仮に届いていたとしても、その内容はかなり歪められていたのではないかと」




