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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
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第27話 ピオニーロ、俯く。

「おいおい、そんな微妙な目線向けんじゃねぇよ、仮にも外交官だろ、あんた」

「あ……」


 眉を寄せて指摘され、私は声を漏らす。

 まったく男の言う通りで、相手がいかに失礼な態度をとっていても、魔国の代表を拝命している私が無礼であっていい理由にはならないからだ。

 私はあわてて謝ろうと口を開こうとした。

 しかし男は笑いを噛み殺しながら手を差し出した。


「くくっ……まぁ、いい。ともかく、俺がピオニーロだ。俺のことはおっさんに聞いてんだろ? よろしくな」

「あ、あぁ、はい。よろしくお願いします。私は、魔国宰相付文官のキリハと申します……あの」


 手を握り返しながら、私は男の目を見つめる。


「なんだ?」

「もしかして、わざと・・・なんですか?」

「どう見える?」


 楽しそうに軽い笑みを浮かべる男に私は首を傾げる。

 わざとかもしれない。そうじゃないかもしれない。

 どちらにも見えるのである。

 内面が掴めない人間、というのは世の中、意外に少ない。

 別に深層心理を読めと言う訳じゃない。

 表面的な、今、何に興味をもっているか、話した言葉の真意はなにか、嘘をついているか否か、その程度のことがわかればいい。

 それくらいのことなら、対面して話していれば100%とは言わないものの、五割以上の正答率が出せるものだ。

 けれど、この男はそうではない。何を考えているのか、全く分からないのである。

 私はどう答えたものか迷った。


 そんな私を見かねてか、ゲルハルト侯爵が私と男の間を取り成す。


「ピオニーロ、お前もそれ以上はやめとけ。いくら魔国の方とは言え、この人はまだ若いんだぞ……キリハ殿も、申し訳ない事です。この男はどうも人を試すところがありましてな……ともかく、立ち話もなんです。ギルド内の会議室をとっておきましたので、続きはそこでしましょう」


 ゲルハルト侯爵はそう言って歩き出した。

 ピオニーロも後ろについていったが、一瞬わたしの方を見て笑ったのを私は見逃さなかった。


――曲者だ。


 そういう確信が、私の中に出来あがりつつあった。


   *


 工業ギルド会議室は簡素な部屋だった。黒板のようなボードがあり、ゲルハルト侯爵に聞くと魔力で記述することのできる板なのだと言う。主に学校やギルド、軍などでも使われている非常に汎用性の高い道具であるという。しかも、これもまたピオニーロの発明だとのことであるから、今目の前に佇んでいる男の有能さが分かろうと言う者である。部屋の中には五人の人間がいる。私、ゲルハルト侯爵、ピオニーロ、そしてこの部屋に私たちが入ったときにはすでに控えていた男女だ。彼らはガルタニアの官吏で、ゲルハルト侯爵配下の司法省の人間だと言う。挨拶も早々に、みんなで椅子に腰かけた。

 ピオニーロは見る限り、彼は全く気負いなく椅子に腰かけており、これから一国の制度を変えるような話題を他国の代表と話す、と言った雰囲気ではない。

 しかし、だからといって取り入る隙がありそうかと言われると、そんなこともない。

 どんな話題を振ってもおそらくはある程度は反論される、そんな威圧感が放たれているのだ。

 まぁ、でもとりあえずはある程度話さなければ話は始まらない。失敗してもいいと言われているのだ。あまり緊張せずに率直に話してみた方が案外うまく行くかもしれないだろう。

 私はテーブルに置かれた紅茶で唇を湿らせ、話し出す。


「まずは……改めまして、私は魔国宰相付文官のナツメキリハと申します。キリハとお呼びください」

「ナツメキリハ……ねぇ。聞いたことねぇな、そんな魔族」

「私は魔族ではありません」

「へぇ……となると、亜種族かい?」

「いいえ。私は人間です」

「なんだと」


 私の種族に驚いたのか、ピオニーロの軽い口調が少し乱れた。

 しかしそれも一瞬で、すぐにもとに戻った。


「……驚いたな」

「なぜです? ゲルハルト侯爵はそれほど驚かれておりませんでしたよ」

「このおっさんは魔国の事情には疎いからな。頭が柔らか過ぎるしよ」


 ピオニーロの言葉にゲルハルト侯爵は苦笑する。しかし口は挟まなかった。


「……?」

「あんた、知らないのか? 魔国はここ千年は人間を自国領に居住させるなんてことはなかったんだぞ」

「そうなのですか? しかしたまに他国から官吏の方や王族の方がいらっしゃいますよ」

「そりゃ一時滞在だろうが。あんたは違う。魔国で文官なんてやってるってことは生活の拠点はそこにあるんだろ?」

「ええ、まぁ……」

「そんなことは普通、ありえねぇ。あいつらは人間を受け入れるなんてことはな……」


 どうにも、口調からしてピオニーロは魔族に対する信頼はないようである。

 意外だった。あまり固定観念に縛られそうな人間には見えないからだ。


「魔族、お嫌いなんですか?」


 率直すぎる私の質問に、ピオニーロは苦々しそうに答える。


「別に……嫌いじゃねぇ。ただ……国に入れてくれないから……」


 俯きながら言葉を濁すピオニーロに、ゲルハルト侯爵が助け船を出した。


「キリハ殿。こいつは研究馬鹿なのです。魔国は様々な素材の宝庫でしてな。あそこにしか存在しない生き物や鉱物が多くある。だからこいつは今まで何度となく魔国に入国できるよう嘆願しておったのですが……」

「認められなかったんですか?」

「ええ。残念ながら。だから忸怩たる思いがあるというか……微妙な気分なんでしょうな。特に偏見があるわけではないので、ご容赦を」


 なるほど、それなら分かる。

 研究したいのに邪魔するからいらついてる訳だ。

 しかし聞いてて思った。

 その理由で魔国が入国を認めない、ということがあるのだろうかということだ。

 言っては悪いが魔族はかなり適当な種族だ。

 合理的ではあるが、細かいことは気にしないようなところがある。

 素材がほしいから入れてくれ、と言われたら、『いいよ』と簡単に言いそうな気がするのだが……。

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