第26話 ピオニーロ現る。
工業ギルドの中は意外にも非常に落ち着いたトーンで統一されていた。
想像上、ファンタジー世界の工業ギルドと言ったら、筋骨隆々のドワーフのような人々が手や体を油にまみれさせながら怒鳴り合っているとか、そういう場所なのだろうと思っていたから何となく期待を外されたような気分にもなる。まぁ、整頓されたお役所に慣れた現代人にはこういう綺麗なところのほうが居心地がいいのだが。
見る限り、受付は美しく整えられ、広いホールには工芸品や用途のわからない製作物が、おそらくは綿密に計算されているだろう配置で置かれており、それぞれの作品の前にはその説明文と製作者、そしておおまかな値段と工房の場所などが記されている。
なぜそんなものがギルド内に設置されているかということは、なんとなく理解できた。どうも結構商売人らしいことが分かって、好印象だ。こういう気質は特許制度を受け入れるにはかなり良い土壌になるのではないだろうか。
「工業ギルドというのは、どっちかと言うと買い付けに来る人のほうが多いのでしょうか?」
隣にいるゲルハルト侯爵に尋ねると彼は頷いて答える。
「ええ、……個人で買い物に来る方は余り来ないですが、商人の方は良く寄られますな」
「あの展示はやはり……?」
「宣伝です。それぞれの職人の作った渾身の作品が飾られております。説明書きにはその職人の特徴や得意領域なども書かれておりまして、商人の方々にはとても評判がよいのです。みなさん、あれを見て工業ギルドに紹介を頼む訳ですな。仲介業が、アニーモの工業ギルドの主な役目と言うわけです」
やっぱりそうか、という納得と共に、私は少しの違和感を感じる。
“アニーモの工業ギルドの”とゲルハルト侯爵は言った。
ということは別の都市の工業ギルドは違うのだろうか?
私はその旨質問する。すると、明解な答えが返ってきた。
「違いますな。他の街では工業ギルドは職人同士の互助組合という色が強いです。仕入れやそれぞれの知識や技術の共有などを、職人が行うための集団、という感じです。また国や領主から多量の注文が入ったときは工業ギルドがまとめることが多いです。もちろん、アニーモでもそう言った役割は果たしますが、それだけというわけではない、と言う点で違う訳です」
「なぜアニーモだけ異なったのです?」
聞きながら、その理由もなんとなく予想がついていた。
ギルドのような公共スペースまで使い、なおかつ商業ギルドに所属する、工業ギルドにとっては異質な存在にまでギルドを開放しながら商機を求める貪欲な姿勢。
それは先ほどからゲルハルト侯爵が語るある人物の働きを感じさせた。
だから、おそらくは、“その名前”が出るだろう、とゲルハルト侯爵の次の台詞に耳を傾けていたそのとき、出し抜けに後ろから誰かから声がかかった。
「そりゃ、俺が変えてやったからよ!」
振り向くと、そこには妙に威勢のいい細身の青年が立っていた。
金髪の青目。耳は尖って長い。
およそ職人と言う感じはしないスマートな姿をしている男だが、その体型には似合わず、ぎらぎらとした目に強烈な生気が宿っている。
服はよれていて洒落者、と言う感じはまったくしないのだが、だからと言ってみっともないようにも見えない。
なぜだろう、と首を傾げて、ふと気付いた。
彼が手に何かを持っていることに。
私の視線が気になったのか、青年は笑った。
「なんだよ、嬢ちゃん。これが気になるのか?」
ぶらりと上げた、男にしてはかなり華奢なその手に握られているのは、どこかで見たことのある道具だ。非常に精緻な加工技術を窺わせる品で、これを彼が作ったと言うのなら、その高い技術に尊敬を覚える。
隣のゲルハルト侯爵の反応を見ると、彼はその道具に見覚えがないようで、首を傾げている。
「えぇ、まぁ……気になりますが、その前に、あなたは?」
青年の目線を軽く流しつつ、私は出来るだけ平静にそう答えた。
何にせよ、自己紹介は必要だろう。
もうなんとなく正体は予想できているが、確信がないし、自己紹介しない訳には行くまい。
青年は虚をつかれたような顔をして私を見つめたが、そのまま視線をゲルハルト侯爵にずらして顎をしゃくった。
侯爵にそのような態度に出ること自体、基本的に身分制で出来ている人間国家社会においては礼儀知らずでは済まないようなレベルの粗相をしているような気がするが、ゲルハルト侯爵はどうもそのような男の仕草も慣れっこらしい。
男の仕草から正確にその意味を読みとり、まず私に謝って来た。
「キリハ殿、申し訳ないことです。こんな礼儀を知らない男で……」
ゲルハルト侯爵が眉を下げて申し訳なさそうにしている。
この時点で青年が誰なのかについては確信が持てたが、一応続きを待つ。
「構いません。我々魔国はそれほど礼儀にこだわるお国柄ではありませんし……」
「お、良い国だねぇ!」
青年は私の台詞を聞いて機嫌がよさそうである。
彼自身は全く謝るつもりはないらしい。私や魔族は問題にしない態度だが、これでは他の国の用人には会わせることはできないだろう。
それとも、やろうと思えばそれなりの対応も可能なのだろうか。見る限り、とてもそうは思えない。
ゲルハルト侯爵は苦笑しながら続ける。
「まぁ、キリハ殿ももう分かっておられるでしょう。彼こそが先ほどから話題にしておりました、ピオニーロでございます」
「やはりそうですか……」
なんだか非常に残念な気分になってため息をついた。
しかしピオニーロは私のそのような態度に全く頓着せず、バンバンと私の肩を叩いて笑う。
極めて気さくな男のようで楽ではあるが……
「おう、嬢ちゃん、よろしくな!」
本当にこいつが精霊馬車の発明者か?
私の頭にそんな疑問がよぎったことを、誰も責めることは出来ないと思う。




