第24話 職業病と言う奴らしい。
「と、言う訳で、やってきました。ゲルハルト侯爵の領地!」
私は多くの工場がひしめき合うゲルハルト侯爵領の中心都市、精霊都市アニーモにいた。
ゲルハルト侯爵に知的財産権及び無体財産権について説明した関係上、現地の視察と現地ギルドへ対する説明、さらには職人たちへの解説も頼まれてしまったためだ。
大して詳しくないぼんやりとした知識をまるで講師のごとく語ることになってしまったことに正直動揺を隠せないが、まぁその辺については宰相閣下達がしっかり制度を構築してからにします、ということにしてなんとか誤魔化そうと思っている。
それでいいのか、と言う気がしないでもないが、今回の一番の目的は知財についての布教活動ではなく、精霊馬車の効率化なのである。
この精霊馬車という特産品は、主に王族が購入するぜいたく品の一つだ。
名前から分かる通り、精霊の力によって駆動する駆動炉を馬車に組み込み、それによって馬車を引く馬も車輪もなくても稼働することができるようにしたものだ。その外観は『空中に浮かぶ豪華な箱』と言えばイメージがわきやすいかもしれない。これはある意味、地球にあった自動車よりも優れている。精霊の力を利用する為、排気ガスが出ない、非常にエコな乗り物なのである。
しかし、そうであるにもかかわらず、庶民には全く普及していないし、これから先普及することもないだろうと予測される。それはなぜか。
この精霊馬車、非常に効率が悪いのである。と言うのも、精霊馬車のエンジンであるところの精霊駆動炉の燃料が精霊の力であり、そしてその精霊の力を充填できる存在が魔法使いしかおらず、さらには精霊馬車を実用レベルにまで駆動させるためには十人以上の魔法使いが常時精霊力を注ぎ続けなければならないからだ。
つまりあまりにも効率が悪いのである。
「しかしよく売れますね、そんなのが」
横を向いてそう言うと、そこには自ら案内を買って出たゲルハルト侯爵が自慢の髭をいじりながら立っている。
「いやはや、そう思われるのももっともな事ですな」
「怒らないんですか?」
「ははは。怒らない……というより、怒れないと言った方がいいでしょう。なにせ、キリハ殿が感じておられる疑問はかつて私が感じた疑問でしてな」
「と言いますと?」
「ええ。精霊馬車は比較的最近の製品でしてな。発明したのは当時の工業ギルドで異端の天才と言われていた男でした。彼は様々なものを作り、供給して人々の生活を便利にしましたが、ほとんどが小さな品物でした。代表的なもので言えば……冷却機などですな」
「あ、それ、うちにもあります」
「ほう……そう言えばいくつか魔国に献上したことがありますな。なるほど、使っていただけているようでなによりです」
「冷たい飲み物が飲めるのはいいですよね」
「そうですな……私も使っております。それで、精霊馬車ですが……あれは開発にかかる費用が桁違いでした。一台作るにも、屋敷がいくつ建つか、というほどの額で……作るにはかなりの覚悟が必要でしてな」
「それでよく作りましたね」
「ええ、まぁ……最初はかなり渋りましたよ。というか、完全に門前払いでした。その天才――ピオニーロと言うんですが――彼はうちに資金援助を頼んできましてね。必ず売れるからとね。しかし……まぁ、あの仕様でしょう? 動かすのに魔法使い十人以上必要、なんてなぜ売れると思えるのか疑問でした」
「にもかかわらず援助したのはなぜです? 今でこそ慧眼と言えますが、その当時であれば英断と言うよりは愚行だったのでは」
「それは、あなたのときと同じですよ、キリハ殿」
「……?」
「詳細な説明をピオニーロからされたのです。一台あたりにかかる建造費用、販路開拓に必要な人員の数、売却益の予想額に、軌道に乗るまでに必要な年数……それに、絶対売れると言い切れる理由も含めて」
「ゲルハルト侯爵は説得に弱いですね」
「そう言われると反論ができませんが……私はそれが正しいと理屈で言えるものはすぐ受け入れてしまうのですよ。ですから、キリハ殿の提案も、ピオニーロの提案も受け入れることができた」
「私は運が良かったようですね……それで、精霊馬車が売れる理由とは何なのです?」
「これは他言無用に願えますか?」
ゲルハルト侯爵は、それまでの和やかな雰囲気をしまって、静かな声で言った。
まぁそれも分からないではない。精霊馬車はゲルハルト侯爵領の特産品だ。機密にすべきことはその機構のみならず、販路やセールストークも含むだろう。
私は無言で頷き、ゲルハルト侯爵の言葉を待った。
「……では、お話ししましょう。精霊馬車が売れる理由とは……」
「理由とは……?」
――痔です。
は?




