第20話 就任
――こぽこぽこぽ
と、綺麗な色をした紅茶をポットから入れる音が部屋に響く。
大きな丸太で作られたログハウスの真ん中には大きな暖炉があり、その前に少し大き過ぎだろうと言いたくなるほどの体躯を誇る狼が寝転んでいる。
フェラード氏はそれを見ながら自分もそうしたそうにうずうずしていたが、部屋の主の手前あんまりはしたないことは出来ないと考えているようで泣く泣く諦めていた。
私とフェラード氏が腰かけるテーブルの横で給仕を務めてお茶を入れてくれているのは、その小さなポットが似合わない黒々とした迫力ある髭を持つ大男だ。彼こそがフェラード氏の知人のようで、今日はここに泊めてもらうことになっている。今は、夕食後のティータイムと言ったところだろうか。夕食は見た目非常に野卑なものが出てきたが、どれもとても美味しく普段なら入らない量まで入ってしまったのだから、今給仕をやっている男の料理の腕は中々なのだろう。あとはお茶の味だが、これも期待してよさそうである。鼻に香るハーブの香りは地球で飲んでいたジャスミンティーに似ていて、とても懐かしく心を落ち着かせてくれる。
それにしても、ポットの中のお湯は一体どこから取り出したのだろう。薬缶でお湯を沸かした様子もなかった。それなのに、お湯が入っているのだ。
私の不思議そうな視線に気づいたのか大男は私に笑いかける。
「人間のお嬢さん。ワシも魔族の一員じゃ。お湯は魔法で生みだしているのじゃよ」
「生活魔法くらいならキリハにもそのうち使えるようになってもらいたいものだね。魔力は……全くない訳でもないようだし」
「え?本当ですか!?」
予想外の魔法使えるかも宣言に私の心は湧きたつ。
フェラード氏は続けた。
「うん。なんだかここのところ魔力が漏れ出しているのを感じるよ。……ん? これってもしかして“覚醒”の兆候? いやいや、“覚醒”はもっと爆発的な感じだから、違うよね……」
ぶつぶつ言い始めて考え込んでしまったフェラード様を置いて、私は目の前の大男――ガッスールさんというらしい――に改めてお礼を言った。
「なんだか突然押しかけてしまってすみません。本来であればガルタニアに宿を用意してもらえるはずだったのですけど……どうも、私のアイデアが魔国とガルタニアの間をこじらせたようで」
「ほほ。これはこれはご丁寧に。だが気にすることはないのじゃ。こやつがここに転がり込むのはいつものことだしのう」
「いつも、ですか」
「そう、いつもじゃ。いつもガルタニアに喧嘩を売って、そのまま追い出されてここに来る。まぁ仕方ないんじゃがの」
「喧嘩ですか……ああいう対応をいつもしてるというなら、そうなるのは分かりますね」
「ほほ、何か見てきたのかの?」
「向こう側の大臣を見下しながら『私は命令してるのです』ですよ。そりゃ怒りますよね」
「そうかの? 実際、ガルタニアも魔国政府の下部組織に過ぎぬ。命令には従う必要があると思うが」
「……なるほど。今分かりました。魔族って合理的に生きてるんでしたね」
「どういうことじゃ?」
「人間の感情はもっとぐちゃぐちゃして分かりにくいものなんですよ。上部組織の命令に従う義務があり、かつ下部組織に属していて、実際に上部組織から命令が来た、と言う状況があったとして、魔族ならすんなり従うのでしょうが、人間はそうはいきません。まず“よくわからないもの”を尊重してもらわないと命令に従わなかったりします」
「魔族なら確かにそうなるが……人間の“よくわからないもの”、とはなんじゃ?」
「誇りとか、礼儀とか、伝統とか、慣習とか、そういうものですね。その辺りを魔族の人はよく理解していないんじゃないですか? いや、理解していてもかなり軽く見ているような気が……」
私が顎に手を当てて考えていると、フェラード氏がいつのまにか復活したらしく笑顔を向けてこっちを見ていた。
「やっぱりキリハは面白いね。そう言われると、納得できる。そうか……いっつも喧嘩になってしまっていたのはそういう理由からからか……」
「やっぱり分かっておられなかった?」
「うん。まぁね。言われてみると、僕らは人間と僕らの違いを認識していながら、無理やり人間を魔族のやり方で生きさせようとしていたのかもしれない……うん。そうだな。人間との折衝は、人間同士でやったほうがいいのかも」
「まぁ、その方が意思疎通は円滑にいくでしょうね」
「君もそう言ってくれる?」
「……? ええ。まぁ」
「よかった。じゃあ、これからは君が魔国外交全権大使だ!」
「え」




