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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
19/52

第19話 外交交渉失敗

「それは、決闘フェーデや同輩裁判はもう止めろと言うことですか!?」


 額に血管を浮かばせながら叫んだのは、ガルタニアの司法省の大臣を務めるゲルハルト侯爵である。彼の横には超然とした雰囲気の美しい少女が座っており、場の空気に似合わずのん気に紅茶を啜っている。

 私は彼らと相対する位置に座っているが、侯爵のどなり声が向けられている相手は、私の隣に座る魔国宰相――フェラード氏――である。私はあくまで添え物に過ぎない、らしいが、どうも重要な場面にいるような気がして、不安でならない。

 ――どうしてこんなところにいるのだろう。

 そう自問せざるを得ない。けれど私にこの場において発言する権利はない。ただひたすらに無言を貫くのみ。決められた言葉だけを決まったときに言うだけである。なぜならそれが私に与えられた仕事なのだから。


「そのようにとっていただいて結構です」


 フェラード氏が静かに話し出す。


「そもそも――」

「そんなことをしてはこの国は混乱します!!!!」


 侯爵はフェラード氏の台詞を遮って言った。


「どうしてです?」

「貴族と言うものは……プライドを持った存在です。故国をその血筋の源流から支え続けたと言う、誇りが、彼らを生かしています。そしてそれに泥を塗られたときは、自らの力で自分の正しさを証明しなければならない――その権利が、国から認められていると言うことが、彼らの誇りなのだと言ってもいい。それなのに、決闘フェーデで自らの正当性を勝ち取ることも、また同輩にその正しさを主張する機会すらも奪われるとなると……これはもう、この国の封建制度の崩壊を意味します。とても認められることでは……」


 一息にそこまでいって、彼は乗り出していた体をイスにゆっくりと戻した。きっと、悪い人ではないのだろう。けれど、彼は少し飲み込みが悪かった。


「私がいつ、正当性を主張する機会を奪えと言いましたか?」


 フェラード氏がゆっくりと話し出す。その声は静かで、むしろ優しく聞こえる。けれど彼と相対している者は分かるだろう。彼が決して、そんなつもりで話している訳ではないと言うことが。これは聞き分けのない子供に対して大人のかける圧力的な話し方だ。彼に侯爵の意見を取り入れるつもりは一切ないのだろう。


決闘フェーデと同輩裁判の廃止はそれと同じことだと――」

「違います。私がお話しているのは、公平な裁判所の設置と、裁判所において働く裁判官の独立です」


 分かりますか? と、フェラード氏は首を傾げた。


「公平な裁判所など設置して一体……」

「我々で調べたところによりますと、この国の国民のうち貴族でない人間はほとんど裁判にかかることができないようですね」

「そんなことは……領主に申し立てれば裁判は行われます」


 フェラード氏の指摘に、目を泳がせながら侯爵はそう言った。


「しかし、それは領主が行うもので、かつ領主に多額の寄付をした者が勝つ、そういうものでしょう」

「………」

「それでは意味がないのですよ。そういった領地の運営も、分からないではないのですがね。我々としましては、このフランドナル大陸全土において統一的な裁判制度の構築を考えておりまして。貴国における決闘フェーデや同輩裁判は、その障害になるのです。勿論、すぐにとは言いません。段階的な廃止をお願い致します。そうですね……一年もあれば、十分でしょう。我が魔国から人材を派遣いたします。貴国は我が国の有能な官吏達の指示に従ってもらいます」

「馬鹿な……そんな横暴が許されるとお思いか!」


 侯爵は顔を赤くして叫んだ。けれどフェラード氏は冷たい表情をし嘲るように笑う。


「横暴? 領主の横暴を許し続けている貴国が、そんなことを言える立場だと思っているのですか?我々は頼んでいるのではないのです。命令しているのですよ」

「ふざけるな……ふざけるな!!!やれ、ミルト!!!」


 そう侯爵が叫ぶと同時に、彼の隣に座っていた少女が立ちあがり呪文を唱えだした。

 少女の声は冷たく平坦で感情が感じられない。ただかなり高速で唱えられており、魔法使いとしての確かな技量を感じさせる。


「希い奉る精霊の王よミルトの名によりて地より起き上がり我が敵を討ち滅ぼせ」


 地面に魔法陣が浮き上がる。良く見ると、それは三重になっていて、そこから何かが這い出してくる。これはあの時の勇者と同じ――。


「まずいね、これは。キリハ。逃げようか」

「え?」


 そう言われると同時に、フェラード氏は私の腰を引っ掴み、窓を破って外にダイブした。あまりにも無造作過ぎて反応する暇がなかったが、高所恐怖症の私は相当怖かった。地面に降り立つと同時に風のように走りだすフェラード氏。後ろを見ると、三階の窓から侯爵と少女が顔を出してこちらを見つめていた。


         *


「ふぅ……」


 そう言って服を払い、フェラード氏は歩き出す。


「いいのですか?」

「何がかな?」

「今日の会談は失敗なのでは?」

「うーん……まぁ、いつもあんなものだよ。僕の仕事はさ」

「けど……私の話したことが原因で……」


 私はあの魔王陛下との面接の後、文官として登用されることに決まった。フェラード氏付き、ということだったから少なくとも知り合いの元で働けると喜んでいたのだが、しばらくしてそれが大間違いだと気付いた。

 フェラード氏が、宰相閣下だったからだ。彼の仕事は多岐にわたり、宰相付きの文官と言えば激務としか言いようがなく、人間の私にとても勤まりそうなものではなかった。そもそも、私は有能とは言い難い人間である。有能であれば面接に落ち続けたりしない。にもかかわらず、こちらに来て誰よりも有能でなければ務まらない仕事を任されるなどとはとても思わなかった。今にして、私は後悔していた。働きますなんて言ってしまったことに。あのままニート生活を満喫していればよかったではないか。きっとそう言えばそれを許してくれたと思う。そして今さら戻りたいと言ってもこの宰相閣下は許してくれない。困った。


「君の話してくれる異世界の知識は面白いものが多いから、いいんだよ……裁判官の独立ね。考えたこと無かったな」

「そんなに簡単に取り入れていいんですか? 私の覚えていることなんて、物凄く単純な話でしかないのに」

「確かにもっと細かいところが知りたいと思うところもあるよ。でもまぁ、僕らには長い時間があるし、その辺については試行錯誤を繰り返して発展させていけばいいさ。それよりも僕は新しい発想を持ってきてくれたことを感謝したいかな。勇者や聖女なんかよりもよっぽど君の方がいいよ」

「発想ですか。私のものではないんですけど」

「誰のものでもいいさ。この世界では誰も知らない、っていうことが大事なんだから」


 そう言ってフェラード氏は機嫌良さそうに道を歩く。

 どこに向かって歩いているのだろう。今日はガルタニアとの交渉にやってきたから、宿は向こうが用意してくれるものと思ってとっていないのだが。


「どこに行くのですか?」

「とりあえず、知り合いの家に泊めてもらおうと思って。街の外だからさ。ちょっと歩くよ」

「お知合いの……そんな人、この国にいるのですか」

「この国に限らず、至るところにいるさ。なにせ僕らは旅行大好きな魔族だからね」

「そうでした。あぁ、そういえば」


 ふと思い出して言う。


「さきほどの少女はなんだったのでしょう。ガルタニアの勇者は投獄されましたよね」

「多分聖女だと思うんだけど……召喚するにはインターバル短すぎるしそんな話は聞かないしね。もしかしたら意外と普通の人間かもしれない」

「でもなんだか凄そうな魔法使ってましたよ」

「そうだね。読み願う魔法と、描き顕す魔法の複合系だった。あれはかなり高位の魔法使いだ。少なくとも君らに聞いた“悪戯勇者”の腕じゃ、敵わないだろうね」

「……“悪戯勇者”、弱いんですね」

「いやいや、そんなことないよ。全然努力しないで魔法使えちゃうんだからね。ただその後の努力がお粗末だったってだけでさ」


 努力。努力か。どの世界でも努力って大事なんだ。

 私は向こうで努力をしたのだろうか。試験に通らなかったのだって、結局私の努力不足のせいではなかったか。そんな気がした。


「……どうかした?」

「あ、いえいえ。ちょっと色々考えてしまって。とにかく、フェラード様のお知合いのところに行きましょうか」

「うん。こっちだよ」


 フェラード氏はそう言って歩き出す。

 とりあえず、私はここで頑張るしかない。元の世界に戻れるにしても、戻れないにしても、だ。

 心を新たにして、私はフェラード氏の後を追ったのだった。

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