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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
18/52

第18話 面接

「今日はお客さんが来るからよろしくね」


 そうフェラード氏に言われたのはガルタニアから帰ってきて次の日のことだった。何か面白い本はないかと図書室の書棚を物色している最中のことだったから、上の空で聞いていたのだが、本を書棚から取り出して備え付けのイスに座って頁を開いてから改めて言われた台詞を思い出してみると不安になってきた。

 “よろしくね”とは一体……。

 粗相のないようにね、という意味でとらえればいいのだろうか。しかし今まで一応何人か魔国政府の人らしき魔族がやってきたことはあるが、こうやって改めてフェラード氏から一言入れられたのは初めての事だ。これはただ単に粗相がないように、などという意味ではないのかもしれないと心の片隅で考え始めたそのとき、ミリアが後ろからやってきてぽつりと言った。彼女も何か本を探しに来たようである。


「今日は偉い人が来るのよ」

「偉い人?」

「そう。偉い人なのよ」


 念押しするようにそう言った。つまり、先ほどのフェラード氏の台詞は、今までよく来てた木端役人とは格が違う殿上人がやってくるから、よくよく気をつけろよ、という意味だと捉えるべきなのだろう。なるほどと頷いて心に留める。


「けど、偉い人ってどれくらい偉い人なの?」

「来たら分かるのよ。いや、見れば分かるのよ……うん」


 なんだかあまり語りたくなさそうで、そそくさと自分の探していた書籍をとりだすと部屋を出ていくミリア。

 後に残された私はしきりに首を傾げたのだった。


    *


 今日も暖かい日差しが差し込む自室でセーラと紅茶を飲みながら癒されていた。

 お客とは顔を会わせない方向で行こうと決め、ひきこもり一直線の一日を過ごそうとだらだらしていたのだ。

けれど。


「今日はキリハ様も応接室に出てもらいます」


 などとセーラが言い始めた辺りで、危なく紅茶を吹きだしそうになる。


「どうして!?」


 偉い人が来るのではなかったのか。そんなところに私が出て言ったら粗相だらけになるのは確実である。正直なところ今日一日はひっそりと自分の部屋で畳の目でも数えていたかった。畳ないけど。


「お客様の目的が、キリハ様に会うことだからですよ。お忘れですか? フェラード様にお仕事の斡旋をお願いしましたでしょう?」


 言われて、思い出す。

 確かにそんな約束をしていた。ということは今日来るお客様と言うのは、私の未来の雇い主ということか。確かに失礼な事をしてはまずいだろう。私自身のみならずわざわざ就職先を探してきてくれたフェラード氏の顔を潰すことになってしまう。


「じゃあ、私の面接に来たってこと?」

「ええ。お仕事が一段落して時間がとれたそうですよ」


 聞きながらどうしようどうしようとパニックになった。

 正直言って、私は就活には酷く弱いのである。それは元の世界での連敗の日々の話を聞けば明らかな事だろう。その私が、何の準備もなく面接などして合格を貰えるはずがない。


「セーラ……まずいよ」

「何がです?」

「わたしさ……」


 不思議そうに見つめるセーラに、私の元の世界でのあれこれを説明する。初めは興味深そうに聞いていた彼女も、十数社目の会社にどのように私が落とされたかについてのエピソードを語っている辺りでため息をついた。


「キリハ様の世界は、厳しいんですね……」

「私が要領悪いだけだよ……」


 二人でずーんとしていると、部屋の扉がこんこんと叩かれる。「お客様がお見えになりました」とのことである。目立たないがこの屋敷にはセーラ以外の侍女及び侍従がいる。そのうちの一人が私たちを呼びに来たのだった。


「ではキリハ様。行きますよ」

「セーラも一緒に行ってくれるの?」

「今日来る方とは知合いなんですよ。それに、キリハ様がそんなに緊張されているようでは、流石に放っておけません」


 目線を私の手元にやってふわりと笑った。私の手元はかたかた震えている。余程“面接”がおそろしいらしい。まぁ、あれだけ落とされ続けたのだから、トラウマになってもおかしくはない。自分の心の弱さを改めて見せつけられているようで落ち込む。


「ほら、そんな爪先ばかり見ていないで、前を向いてください。大丈夫ですよ。今日来られるのは優しい方ですから」

「そうなの?」

「ええ。怒っている姿などほとんど見たことがありませんし……」


 “ほとんど”か。つまり一度や二度は目にしている訳か。私のネガティブ脳はそういう小さな部分を捉えて沈んでいく。きっとこういうところが落ち続けた原因の一端を担っているのだろうが、治せる気がしない。

 セーラはそんな私の心情を適切に読み込んだのだろう。焦るように私の背に手をやって、応接室まで押していってくれた。本当におんぶにだっこ状態である。こんな姿を見られたらまず間違いなく今日の面接は落ちることだろう。


   *


 こんこん、と扉を叩き、部屋の中へ入る。そこには二人の男性が革張りのソファに座って談笑していた。

 一人は今日も銀髪の髪が美しい、フェラード氏だ。その笑顔ははりつけられたようなものでなく、真実心から笑っているように見える。どうやらかなり仲がいいらしい。

 彼が相対しているのは彼とは正反対の容姿をした屈強な男だ。しかしそんなことよりも目を引く特徴がその男にはあった。


「角……」


 そう、角である。額から、人間には存在し得ない角が、そこに一本生えているのだ。別に似合っていないわけではない。その迫力ある容姿と相まって、一種異様とも言える美を作りだしているような気さえする。ここにきて初めて、“魔族”と言われて納得できる人物を見たような気がした。


「ん? なんだ。珍しいか。この家の奴らはみんな人間と変わらない見た目だものな」


 精悍に笑ってその男は言った。そこで私は自分の失策を悟った。口に出してしまっていたではないか、角、などと。これは失礼、とか、粗相、とかに当たることではないだろうか。血の気が引きそうになっている私に、男はもう一度笑いかけた。


「気にするな。誰だって初めて見れば驚く。むしろ人間にしては悪くない反応だと思うぞ。何せ二言目には“化物”としか言わない連中だからな……おっと、これはキリハ嬢、君の種族を貶めて言っている訳ではない」


 そんな風に語る男の印象は、一言で言えば“悪くない”ものだった。普通のお兄さんという感じだ。ただどことなく威圧感のようなものが感じられるが、これはあの悪戯勇者が魔法で出していたものと似ている。つまりこれは目の前の男の持つ魔力の発現としての威圧感なのだろう。魔族だから意識しなくても出てしまうようだ。セーラやフェラード氏達は意識的に抑えていてくれていると言う話を聞いたことがある。


「……ん? おぉ、そうだな。すまない」


 何かに気づいたかのようにそう言って一息吸うと、私の周りの空気が軽くなった。どうやら男は私のことを気遣ってくれたらしく、“悪くない”から“良い”という印象に変わる。

 ただこの場で人を見るのは私ではなく目の前の男である。ここまでで何か間違ったことをしていないか不安になったが、今さら気にしても仕方ないだろう。私は気を取り直して腰を曲げて挨拶した。


「数ヶ月前からフェラード家でお世話になっております、キリハです。異世界から参りましたので常識には疎いところもございますが、一生懸命頑張りますのでどうか雇ってはいただけませんでしょうか」


 一息でそこまで言って、少し性急に過ぎたかと反省した。結局のところ、私はせっかちで緊張しいで要領が悪い。自分のダメさ加減に落ち込むが、男のほうはそうでもないようで、とりあえず、と言った感じで私に席を勧めた。


「まぁ、まずは座ってくれ。それと、そんなに堅苦しく話さなくてもいい。今日はほとんど労働条件の確認のようなものだからな」


 その台詞に私は首を傾げる。まず雇う雇わないのところからではないのかと。


「いや、まぁ、そうなんだが、もう大体わかったよ。俺としてはあんたがおかしなことを考える人間じゃないということが分かった時点でもう雇うことに問題はないんだ。俺を見てただ驚いただけ、化物とも言わない、それに魔族である俺に対して丁寧に頭を下げた。これだけで十分だ。まぁ、少し要領は悪そうだが……」


 そう言われるともっともだと言う気がしてしまって頬が熱くなる。

 男はそんな私を見て笑った。


「まぁ、その辺りはおいおい身につけていけばいい。そいつについてれば嫌でも身につくだろうしな」


 ははは、と笑いながら男が見たのは、フェラード氏であった。


「君の職場は魔国の中心である城――人間達の呼び名で言えば、『魔王城』になる。そして、役職なんだけどね、僕付きの文官になってもらおうと思ってるんだ」


 涼しい顔でとんでもないことを言うフェラード氏。私は目を見開いて二人を見た。


「ははは。そんなに驚くな。俺としても初めは反対だったんだがな。こいつの中では確定事項だったらしい。そういうときは、反対しても無駄だと経験的に理解している」


 色々聞きたいことはあったが、フェラード氏付きの文官とは一体何なのだろうか。

 それに魔王城の人事権をもっているらしい目の前の魔族の男も、どういう人物なのか、分からない。

 疑問符で一杯の私に、後ろでずっと無言で控えていたセーラがささやく。


「キリハ様。こちら、我が国の最高責任者であらせられます、魔王陛下でいらっしゃいます」


 それを聞いて、がらがらと何かが崩れる音が聞こえた。あまり驚く、という感情から遠い性格をしている私だと昔からずっと思ってきたが、この世界に来てからはそんな自己評価とは全く遠くなってしまった。


「魔王陛下……?」

「あぁ。キリハ嬢がこいつの家に厄介になっていると聞いてからいずれ尋ねなければならないと考えていたが、こういう形で挨拶することになるとは思ってもみなかった。それで、どうかな。あなたは我が城で働く覚悟はあるのか?」


 にやり、と笑うその表情が心底似合っている。きっと花街にでも行けば婀娜っぽいお姉さん達に引く手数多なのだろうと感じさせる獰猛な笑顔が今私に向けられている。おそろしくはないが、逃げることは許されないようだった。


「私は……働けるなら、働きたいです。フェラード様にお借りしたものも返さなければなりませんし、これ以上タダ飯ぐらいと言うのは正直気がひけますから…」

「ほう。しかし城には多くの魔族がいる。この屋敷にいる者たちより異形と言っていい者も少なくない。そんな彼らに、あなたは接することができるのか?」


 その台詞を聞いて、思った。この魔王陛下は、働く根性があるのか、と聞いているのではなく、魔族と一緒に働けるのか、と聞いているのだと言うことに。よくよく考えてみれば、この世界の人間は魔族と仲がよろしくないのだったか。それどころか化物扱い。そんな存在の中に放りこまれたら、平常ではいられないのが普通なのだろう。

 ただ、その理屈は私には通用しない。確かに全く怖くないと言ったら嘘になるのかもしれないが、少なくとも理性的な存在であるらしいということがはっきりしている今、魔族と一緒に働くことにどれほどの抵抗感があるというのか。強力な力を持っていても、それを振るわないのであれば別に何の問題もないのである。それに、この屋敷でセーラやフェラード氏、ミリアと暮らしていて、彼らの価値観が人間より余程健全であると言うことも分かっている。だから、大丈夫。

 私は頷いて言った。


「何の問題もありません。異形、というのがどの程度のものなのか、私はセーラ達くらいしか見たことがないので何とも言えませんが、せいぜい、先ほど魔王陛下を見て驚いたのと同じような反応をするくらいで、それ以上の何かを感じることはないと思います」

「本当にそうか? 元の姿で生活している者も多いが……」

「元の姿?」


 私は魔王陛下の言葉に首を傾げる。


「おい、説明していないのか」

「後でびっくりさせようと思ってたからね。でもま、ここは言わないとダメなところかな……」

「初めに説明しておくべきことだと思うんだが」


 始まってしまった二人のやり取りに、私は蚊帳の外である。しばらくして、魔王陛下が私の方に向き直った。


「まず、驚かないでほしいのだが、ちょっと離れてくれないか」


 そう言って、魔王陛下が立ちあがった。セーラとフェラード氏も立ちあがり、部屋の隅に寄る。私も二人のそばに寄った。

 一体何が始まると言うのだろう。


「では……」


 見ていると、それは突然起こった。

 抑えられていた魔王陛下の魔力が、突然可視化して魔王陛下の体から湧きあがっていく。

 魔力は黒に近い程密度が高い、ということだったから、今魔王陛下から湧き出しているそれは強力なものなのだろう。けれど、息苦しくないのは今ここに至っても魔王陛下が私に気を遣ってくれているからなのだろう。空気が少しぴりぴりしているのを感じるが、その程度だ。フェラード氏とセーラは特に反応せず、静かにその様子を見ている。

 そうして、魔力は何かの形に変容し始め、一定の大きさになると、突然収縮を始めた。

 ぽてり、と先ほどまでフェラード氏と魔王陛下が腰かけていた革張りのソファに何かが落ちる。

 見ると、そこにはどこか見覚えのある生き物が鎮座していた。


「……熊?」


 そこにいたのは小さな熊。小熊である。

 ふわふわしてたいへん可愛らしく、撫でたくて手をわきわきした。

 すると突然、


「おい、撫でるのはやめてくれよ」


 という声が聞こえてきた。魔王陛下の声である。

 そして、その声は、小熊の口と連動して聞こえてきた。


「まさか……小熊ちゃんが、魔王陛下なのですか?」

「そうだ。いや、本来はもっと大きいんだぞ。ただ大きさまで元の姿に戻るとちょっとこの屋敷を破壊してしまうからな…」

「元の姿……」

「そうだ。見て分かっただろう。魔族は、皆、このような姿になれる。というか、むしろ魔族は皆人間の姿になれる、と言った方がいいかもしれん」

「はぁ……そういえば、ミリアがこの間、金色の狼になってました」

「なんだ、知っていたのか?」

「なんとなくそうなのかなぁと思ってましたが……魔法の一種なのかもとも思ってましたから何とも言えず。説明されるとなるほどって感じですね」


 うんうん、と頷きながら小熊を撫でる私。


「……撫でるな」

「だって」

「まぁ、いいか。俺は熊だが……」

「そう言えば、セーラとフェラード様は」


 二人は何になれるのか聞こうと振り返ると、そこには銀色の体毛をした子犬と、雪の色をした猫が座っていた。


「もしや」

「ぼくは、狼だよ」

「私は猫です。フェラード様が内緒にしといてというから今まで秘密にしていたわけですが」


 二匹とも、口をぱくぱくして喋っている。見るからに動物なのに。

 そして問題だったのは、


「か、かわいいっ!」


 私は小熊を小脇に抱えながら二匹を撫でまわしに行ったのだった。

 よくよく考えれば、いや、よくよく考えなくても、この行動は問題だった。

 面接だったはずだし、魔王陛下だし。

 しかしもふもふに勝てる理性など私には持ち合わせがなかったのだった。

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