第16話 大ピンチ
「キリハを離すのよ!」
私の情況を確認したミリアはそう叫んだ。
後ろからまわされた手は私の首筋にナイフを当て、もう片方の手で私の腕を捻り上げている。
このまま行くと私はこの泥棒(?)の安全が確保されるまでこのままの状態に置かれるか、しびれを切らして首をかっ切られるかのどちからではないだろうか。
引きずられて後で多少突き飛ばされるくらいまでなら我慢できるが流石に今この瞬間にこの世界とさよならした上に自分の命にまでバイバイなんていうのは勘弁したいところだ。
「どどどどろぼうさん!私に人質の価値なんてないですよ!」
できるだけ必死に私の無価値さ加減を訴えてみる。
しかし訴えて見たところで自分が本当に無価値だと言われ続けてきたあの就活行脚のあれこれを思い出して落ち込み、ずーんと自分のつま先しか見れなくなった。
「泥棒?……俺は泥棒じゃない。というかなんでお前は落ち込んでいるんだ?」
後ろから押さえられているため私からは全く顔が見えなかったが、意外にも返答をくれた泥棒さんは、どうやら男の人のようだ。
声の感じからしてまだ若い。
押さえられている腕にあまり筋肉がついておらず華奢に思えたので女性の可能性も考えていたのだが…。
「いえ、気にしないでください。というか泥棒じゃないなら離してください」
「それはできない」
「なぜですか!」
「お前、あれが見えないのか」
下を見ながらいじけつつあった私はあれと言われて前を向くことにした。
するとそこには、
「……なに、あれ」
「見ればわかるだろ?」
そこにいたのはかなり広めにとられた廊下を占領する大きさの黄金の狼である。
口には私の首筋にあてられたナイフよりも尚巨大な牙が生えており、噛まれたら一瞬で絶命することうけあいのおそろしさだ。
息を吐くごとに空気と共に青白い炎が漏れ出ており、その体には雷を帯びている。
一目見て危険な生き物と分かるそれは、私と泥棒さんを鋭く見つめている。
「私の言っているのはそういうことでなくっ」
「ああもう、何でもいいからどうにかしろよ!おまえの連れだろ?」
「……連れ?」
頭にはてなマークが浮かんでいる私に、私の不理解さ加減が把握できたのか、男がこともなげにこう言った。
「あれはミリアだ」
「なんであなたがその名前を知ってるんですか」
「同級生だからだよ」
「は?」
「同級生なんだ。……そんなことより早く止めてくれ。このままだと俺は殺される」
「……どうすればいいんですか」
「普通に呼びかければいいだろう」
「普通に……。ミリア!!私大丈夫だよ!!」
試しにそう言ってみると、黄金の狼は私をぎょろりと見つめて「キリハ!なにが大丈夫なのよ!」と喋った。
「うわ、本当にミリアだ!」
「だからそう言ってるだろうが。おいミリア!!」
男も呼びかける。
「なによ!あんたなんなのよ!!キリハを離すのよ!!!」
「俺はグラーレンだ!気付け!」
「はぁ!?……本当なのよ。あんたなにしてるのよ」
おそらく男の顔を確認したのだろう。黄金狼がみるみるうちに小さくなっていって、元のミリアの姿に戻った。
それを見て、男は私を離す。
「うわぁ……ミリア様、変身できたんですね……」
「内緒だったのに、つい、やっちゃったのよ。それよりもさっきはミリアって呼んでくれたのよ。私、そっちの方がいいのよ」
「そうですか?」
「言葉もさっきのでいいのよ」
「そう? でも……」
断ろうとすると、ミリアは頬を膨らませる。
これは、ダメだ。
私は折れた。
「わかった。じゃあ、そうするよ。ミリア」
「うれしいのよ!」
そう言ってミリアは笑った。思いがけず距離が縮まったらしい。
そうして、私とミリアはグラーレン少年の方に振り返る
見ると、彼は非常に居心地が悪そうで、随分と申し訳なさそうにしている。
「悪かった……“悪戯勇者”達が帰って来たのかと思ってな。誰かも確認しないで飛びかかった」
誠意を込めて頭を下げるグラーレンに、ミリアは手をひらひら振ってもういいのよ、キリハも怒ってないみたいだし、と言った。
そして怪訝そうな顔で尋ねる。
「……なんでこんなところにいるのよ」
「“悪戯勇者”が最近変な趣味に目覚めたって噂でな。知り合いの姉貴が閉じ込められてるらしくて助けに来たんだが……」
それを聞いて得心する。
「なるほど。コレクションなのよ」
「コレクション?」
首を傾げるグラーレン少年に、私が説明した。
「“悪戯勇者”が女の人を氷像にして飾っているそうで。それをコレクションと呼んで誇らしげに語ってたよ。そういえば、二人は知合いなのかな?」
「不本意ながら、そうなのよ」
「同級生だって言ってるだろ」
二人とも不服そうな顔だが、別にそこまで嫌そうではない。
こういう時期が私にもあったなぁと思い出す。
けれどよくよく考えてみればミリアは私より年上だったりするのではないだろうか。
気にしたら負けか。
とりあえず疑問は流して話を続ける。
「同級生?」
「ユーべルグラッド魔導学院の同級なのよ。私が首席で、こいつが次席なのよ」
ミリアがそう言って無い胸を張ったのが悪かった。
グラーレン少年が反論する。
「おい、俺がお前に勝てないのは当たり前の話だろ。そもそも筆記試験は全て俺が上だ」
「五月蠅いのよ。魔法は実技が全てなのよ」
「魔族に実技で勝てる人間なんていねぇ。それに魔導工学なら俺のが上だろ」
「あんなちまちましたことしなくても、魔法で全部ふっ飛ばせばいいのよ」
「なんでも力押しの魔族はこれだから……工夫するのが楽しいんだろうが!!」
「はん。魔導工学なんて真面目に研究してるのは変わり者のブバーラ教授とあんただけなのよ。他はみんな魔導具製作に力を入れてるのよ」
「そんなのいくら造ったって魔族には勝てねぇ。人間の未来は魔導工学にこそあるんだ!!」
「はいはい。頑張るといいのよ。誰も期待してないのよ」
「てんめぇ……!!」
「文句があるならかかってくるといいのよ。どうせあんたには勝てないのよ」
「ちきしょう……」
意外にも、二人は結構仲がよさそうだった。
しかも、話している内容からして、グラーレンという少年はミリアが魔族であることを明らかに知っている。
にもかかわらず特におそれず普通に会話していることがすでにして普通ではない。
人間には期待しないのが魔族流ではなかったか?
いや、セーラとフェラード氏はそうだったが、ミリアはそんな発言はしていなかったか。
「二人とも、仲がいいんだね」
「どこかがだ!」「どこがなのよ!」
「……そういうところが?」
と言って私が笑うと、二人ともうつむいてしまった。
全く意外なこともあるものだ。
これなら人間と魔族の未来はそれなりに明るいのではないだろうか。
ともかく。
「グラーレンさんがコレクション探しをしていたなら、一緒に探すことにしようか?」
「そうするのよ」
「おい、いつ“悪戯勇者”が戻って来るか分かんないんだぞ。いいのか」
不安そうにそう言ったグラーレンに、ミリアが言う。
「“悪戯勇者”なら数日前に魔族を襲って返り討ちにあったのよ。だけど対外的には“そんな事件はなかった”ことになっているのよ」
「……お前か」
「違うのよ。セーラなのよ」
「セーラさん、来てるのか。あの人怖いんだよな……」
天を仰ぎながらそう呟くグラーレン少年はセーラと知り合いのようだ。
本当にセーラをおそれているようで、目には怯えが見て取れる。
一月缶詰地獄を味わった身としては、彼の気持ちが良く分かる。セーラは、こわい。
「まぁ、とにかく探そっか、コレクション」
「そうするのよ。と言ってもセーラととりあえず合流なのよ」
「セーラさん、ここにいるのか……」
そうして、三人で連れだって屋敷の玄関ホールに戻った。
そこでは既に反対側の部屋の捜索を終えたセーラが待っていた。
グラーレン少年と出会った経緯を聞いて驚いていたが、一緒に捜索することには同意した。
グラーレン少年が、経緯をセーラに話している間、非常にびくびくしていたのが印象に残った。
一体彼に何をしたんだ、セーラ。
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結果的にコレクションの女性達は二階の大部屋におそらくは“悪戯勇者”のセンスだと思われる妙な配置で美術品のように飾られていた。
そして、全員、セーラとミリアの力で融かし、元に戻った。
その中にはグラーレン少年の捜していた女性もいて、非常に感謝された。
彼女は貴族らしく、お礼がしたいから一度家を訪ねてくれということだったので、後日の再開を約束して別れたのだった。
ちなみに氷漬けの勇者についてはその罪と共に司法省の役人に引き渡した。
証言者として氷漬けの女性達がいるので、いかに勇者といえども、刑事上の処罰は免れないだろうとのことだ。
これで一件落着、と思っていたのだが……。