第15話 悪戯勇者の屋敷
ガルタニア魔導公国地方都市ユーベルグラッド。
公国でも三番目に大きな規模を誇る巨大都市で、主に魔導産業で有名だ。
魔導具や魔具、魔器の類を求める者は例外なくこの街を訪れる。
ドワーフやエルフの技師も多く、伝説を生みだすような魔剣の類は殆どがこの街で造られたものだ。
それゆえに、人間に限らず、亜種族の往来も絶えない。
目抜き通りには多くの店が立ち並び、様々な種族の商人や技師、冒険者や魔法使いが行き交っている。
私たちは、関所からガルタニア内を進むこと数日、この街にたどり着いた。
本来なら関所を出た直後にケルベロスを限界一杯の速度で走らせて一日も経たないうちにたどり着くはずだったのだが、“悪戯勇者”の騒動がそれをさせなかった。
関所で起こったことは、早馬でユーベルグラッドに伝えられる。馬よりもケルベロスの方が格段に早いから、情報の伝達よりも早く街にたどり着くことは出来たが、それを行ってもいいことはない。私たちはきっちり身分証を提示しているから、後になって、一日でたどり着けるはずがない場所に一日でついていることが発覚してしまうからだ。
そうなれば確実に怪しまれ、困ったことになるだろう。
もちろん、セーラやミリアが裏から手を回せばそんなものは握りつぶせるのかもしれないが、それでもわざわざ避けられる面倒事に自ら衝突しにいくのは馬鹿のすることだ。
二人は出来るだけ魔族の力を使わず、使っても人間の限度で力を振るっているが、それでも相当に優秀な人間に見えるから、あまり目立ち過ぎると碌でもない人間に目をつけられる可能性もある。そんなことは避けたかった。
そのため、当初の予定を変更し、ゆっくりとした旅路を楽しむことにしたのだった。
そうして街についた後は、そのまま宿でのんびりできるのかと思っていたのだが、セーラとミリアは慌ただしく荷物を置くと、私をある場所へと引っ張って行った。
「……やっと着いたと思ったら、こんなところに来る羽目になるとはね」
「はじめから“悪戯勇者”の屋敷の捜索をすると言っていたではありませんか」
「そうなのよ」
私のため息を一蹴してそのついでに屋敷の扉まで一蹴してしまったセーラが遠慮なく屋敷の中に足を進めつつそう言った。扉は無残にも粉々になってしまっている。恐るべき力と言いたいところだが、流石にここまで来ると慣れてしまった感がある。しかし、いくらなんでもいきなり壊さずに、どこかから鍵を借りてくるとかなかったのだろうか。“悪戯勇者”の氷像はあるし、調べれば鍵くらい出てきたのではないか?そもそも、捜索する権限というのは屋敷を好きに破壊する権利ではないだろう。いや、もしかしたらそういうものも含まれるのだろうか。セーラの行動からして、含まれると理解するべきなのかもしれなかった。
ミリアはセーラにとことことついていっている。相変わらずの小動物っぷりで、かわいい。
元の世界に戻ったら小型犬かイグアナを飼おうと心に決める。
私はなんとなしに人の家の中に侵入することに遠慮してしまい、扉があった場所から屋敷の中を見ている。某家政婦のような自分の姿勢に少し笑いが出た。意外とこんな行動でも勇気がいるもので、中から何かが飛び出してこないかと腰が引けてしまう。
そんな私を見かねて、セーラがため息をつきながら言った。美しいカーブを描く眉がやや顰められていて、その美貌が少し崩れる。あれが私のせいなのかと思うと少々心苦しかった。私は決してマゾヒスト的嗜好を持っているわけではない。美しいものは常に美しくあるべきだと私の中の美学が告げている。
「キリハ様、早く中へ」
「……分かった……」
促されて入ると、中はひんやりと涼しかった。薄暗い屋敷内には饐えたにおいがもやもやと漂っており、空気がいいとは言い難い。あの勇者の性格を象徴しているような屋敷で、長居したくは無かった。室温は、外の気温と比べるとあまりにも低過ぎ、明らかに自然現象によるものではないと感じさせる。何か特別な力が働いているのかもしれない。
おそらくは“悪戯勇者”が氷雪の精霊を従えていたことに起因するのだろう。
試しに息を吐くと白く曇った。なんとなく楽しいので、何度もはーっとやってしまう。
ミリアは一緒になってやってくれたが、セーラはそんな私を無視して呟く。本来の目的を忘れない彼女はメイドの鑑だ。ただ少々ノリが悪いのではないか。いや、勇者の所業に最も起こっていたのはセーラだったから、ここでそれを期待するのは間違っているのかもしれない。
「さて、“コレクション”の女性と言うのはどこにいるのでしょうね」
きょろきょろと姿勢を崩さないまま、落ち着かない様子でホールを見渡すが、そこにはいくつかの美術品があるものの、人の氷像などは見当たらない。
趣味が悪い絨毯やおかしなくびれ方をした壺など、値段だけは高いのだろうと思わせるものばかりだ。
もしかして、これも人間国家による教育の賜物なのだろうか。
いくら国にとって都合のいい人間を製造する為とは言え、家具のセンスくらいしっかり教育してほしいものだ。
氷像がすぐに見つからないとなると、捜索の必要があるだろう。
さてどこから探すべきか…。
と、
「やっぱり定石は地下なのよ!」
ミリアが拳を握りしめながら力説した。
確かに、こういうときは地下牢的なものがあり、人質的人物はそこに閉じ込められている、というのがお約束だろう。遥か昔から、お姫様は地下に閉じ込められるものと決まっているのだから。
しかし今回は目的のものが氷像である。たおやかで優しげで美しいお姫様ではない。
したがって別に牢屋に入れる必要もないし、むしろあの悪趣味極まりない勇者の趣向からして、そう言った人目に触れないところに置くよりも、目立つ場所に飾っていると言う方が可能性としてありそうだ。
それに、仮に地下に閉じ込められているとしても、問題がある。
「ミリア様。地下への入口なんてないですよ。どこにも」
そうなのだ。二階へ続く階段はあっても、地下への階段は見る限り存在しない。
他の部屋のどこかにあるということだろうか。
だとしたら探さなければならないが、その前によく見える場所を捜索した方が早いだろう。
指摘にミリアはがっくりと肩を落とした。
「困ったのよ……」
「素直に一階の部屋を端から調べましょうよ」
「そうですね、私は向こうから探します。ミリア様とキリハ様は反対側から見回っていただけますか」
セーラの提案に従い、私とミリアは連れだって屋敷の扉から入って右側の廊下へと進んでいく。
「なんだかキリハ、怯えてるのよ?」
歩きながらミリアがそう指摘した。
なるほど私は確かに少しおびえていた。何せ、この屋敷はとても暗く、おどろおどろしい感じなのである。まさに、お化けが出そう、という雰囲気で、小さいころからホラーは大の苦手だった私の精神は悲鳴を上げているのだった。
そう正直にミリアに言うと、「お化けなんて怖くないのよ!」と頼もしい返事が返ってきた。
見た目からしてそういうものは嫌いなのだと思っていたのだが、実際はそうではないらしい。
ミリアを小動物から勇敢な小動物へとランクアップしようと思った。
ところがその理由を聞くと、地球ではちょっとありえないものだったので私は心底驚く。
「お化けは怖くないのよ。だってかわいいのよ? アンデッドとか」
言われてみれば、魔物のいる世界だ。それくらい普通にいてもおかしくはない。
というか、いると考えるべきだった。私は余りにも想像力が貧困だったと言わざるを得ない。
確かに小さいころから会話できるお化けと慣れ親しんでくれば怖くなくなることだろう。
ん?
でも小さいころからお化け屋敷に通い詰めてる私はそれでもお化け屋敷が得意にはなっていない。
やっぱり適正と言うものがあるのだろうか。そう思って、なぜアンデッドを可愛いと言い切れるのか理由を聞いて見ると、「スケルトンの人とか、喋れないから代わりにカタカタ言って可愛いのよ」とか、「グールの人は死んじゃった生き物を食べて自然を綺麗にしてくれるのよ。ちょっと鈍いところがかわいいのよ」とか「「デュラハンの人なんか、頭をボールにして遊んでくれるのよ。遠くに飛んでっちゃった頭を探す体の様子がとってもかわいいのよ」とか、私にしてみれば恐怖体験にしか思えない数々の経験談が出てきてしまった。「そ、そうなんですか。かかかかわいいですね…」というのが精いっぱいだったのは仕方ないと思う。
ミリアはそんな私の反応が不服だったのか、頬を膨らませて、「そんなに怖がることないのよ!こんど一緒に会いに行くのよ!」などと非常に恐ろしげな提案をしてくれた。断ろうと口を開きかけると、更に頬をぷーっと膨らませるものだから、断るに断れず、私は折れて「……分かりました。うん。行きましょう……アンデッドの皆さんに会いに。うん…」というしかなかった。
ちなみにアンデッドは魔族ではなく魔物に分類されるようだ。確かに闇の眷族である。ぶるぶる。
世にも恐ろしい計画が着々と立てられつつあるが、私とミリアは別におさぼりをしていたわけではなく、順調に屋敷の部屋の捜索をしていた。
今のところ、特にあやしい部屋は無い。氷像も、地下への入り口も発見できない。
次が三つ目の部屋で、ここが終われば割り当てられた一階の部屋の捜索は全て終わる。
「じゃあ、開けるのよ」
ミリアがそう言って部屋のノブに何の気なしに手をかけた。それだけで木製のドアがぎしぎしときしむ。
すると、ノブはガタっ、と音を立てて抵抗した。
「……開かないのよ」
ミリアが首を傾げた。ここまでの二部屋は皆なんの抵抗もなく開いていたから、ここもてっきり普通に開くものと思っていたのだが。
「鍵でもかかってるんですかね?」
「鍵穴なんて無いのよ」
見ると確かに鍵穴はない。
「じゃあなんで開かない…あ」
「どうしたのよ?」
「向こう側で誰かが押さえてるんじゃないですか?」
「それなら確かに開かないのよ。でも誰がいるのよ。このお屋敷、さっきまで鍵がかかってたのよ」
「鍵かかってたかどうか確認しないでセーラが吹き飛ばしちゃったじゃないですか…」
「……そうだったのよ」
「で、どうしますか」
「開けるしかないのよ。私が本気で開けようとすれば簡単に開くのよ」
「そうかもしれないですけど」
「じゃあ、いくのよ!」
せーのっ、とミリアがドアノブに強めに力を込めると、先ほどは動かなかったノブが徐々に回っていく。
「押さえてる奴、人間にしては中々やるのよ」
本気ではないにしろ、魔族にそう言わしめるのは大したものだ。
しかしそれでも所詮は人間に過ぎない。
「そろそろ開くのよ」
と、ミリアが言った矢先。
ノブが急激にぐるんと回った。
「あ」
おそらくノブを握っていた向こう側の人間が手を話したのだろう。
がちゃりと扉が開く。ミリアはぶつからないように後ろに少し飛んだ。
私はと言えば、扉の開く方向とは逆の場所に立っていたので、そのままぼうっと突っ立っていた。
すると、部屋の中から、人が飛び出してきた。
おそらく、扉の向こうでノブを押さえていた人間だろう。
そして、その人間は私を発見するなり後ろに周りこみ、私の腕をとって捻り上げ首筋に刃物を当てたのだった。
わたし、大ピンチ。