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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
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第12話 喧嘩売買

 三人で外の様子をうかがうために馬車を出ると、派手に崩れた石壁と、その向こう側に石造りの建物が見えた。


「あれが関所?」


 セーラに尋ねると答えた。


「ええ。どうやら壊されたのは石壁だけのようですね。これなら修復も早くできるでしょう。しかし……」


 セーラが鋭く睨んだ目線の先には一人の男が鉄の鎧を着た兵士と言い争っているのが見える。

 男は若く、まだ十代半ばと言った感じだ。

 髪も目も黒く、日本人のような容姿だ。

 こちらに来てから金髪とか銀髪とか西洋人風の容姿の人しか見かけなかったので、新鮮である。


「あれが勇者?」

「ええ。『悪戯勇者』は黒目黒髪です。キリハ様と同じなのが腹立たしいですね」

「そこまで言わなくてもいいと思うのよ…」


 やっぱりセーラはどこまでも“勇者”という存在が嫌いらしい。

 ミリアはそんなセーラをげんなりした目で見ている。

 そのままセーラは私とミリアを置いて歩いていく。 


 セーラはつかつかと男の方に進み、突然女が現れて困惑する男に対して、出し抜けにこう言った。


「迷惑なので早々にどいていただけますか?」


 これには男だけでなく、もめていた相手の兵士も驚いた。


「突然何なのですか!?」

「私は後ろで順番を待っていた者です。いつまでも動きそうもない様子なのでこうやって直接文句を言いに参りました――もう一度言います。早々にどきなさい」


 兵士の質問に答えたあと、男に向き直ってもう一度念押しするようにそう言った。

 言われた男は顔が赤い。

 それはそうだろう。居丈高にも程がある。


「貴様!!!俺をなんだと思っている!!!!!」


 大声と共に、なんだか良く分からない威圧感が放たれた。

 少し立っているのが辛い程である。


「これ、なんなんですか」


 と、私の横でセーラと男の様子を傍観していたミリアに尋ねる。


「魔法なのよ。威圧の魔法」

「へぇ。そんなものが」

「結構危ないからこんなところで使うべきじゃないのよ。ほら、人がばたばた倒れてる。魔法抵抗力ないときついのよ」


 周りを見渡すと、私たちと同じように野次馬と化していた他の馬車に乗っていたらしき人や、見回りをしていた兵士らしき人のうち数人が泡をふいて倒れていた。

 危なすぎる。


「存じておりますよ、“悪戯勇者”殿。更にもう一度その空っぽの頭にご記憶なされるように願いを込めまして、申し上げます。そこをどきなさい。あなたは邪魔です」


 セーラは男に対してもう一度告げた。

 ここまで来るともはや喧嘩を売っているようにしか思えない。

 男は堪え切れず、腰に下げた剣を引き抜いて切りかかった。

 抜刀に至る腕の動き、また抜刀それ自体、セーラに踏み込む動き、全てがまったく視認できなかった。

 ただ男が一言、言葉を叫んだことだけが理解できる全てだった。


「死ね!!」


 しかしあまりにも短絡的なその行動は、セーラの指二本で止められてしまう。

 右手人差指と中指の二本に。

 あぁ、セーラは右利きなんだなと場違いなことを考えてしまった。

 

 男にはその状況がどうにも信じられなかったようで、目を見開いていた。

 誰もが口をあんぐりと開けて言葉も発せない中、セーラが落ち着いて言葉を紡ぐ。


「最後です。どきなさい、“悪戯勇者”。断るなら私もそれなりの対応をとります」


 男はその言葉を聞いていたようだが、はっと我に帰ると嘲るように口を歪めた。


「お前、もしかして“聖女”か?」

「……」


 セーラは答えない。

 男はそのセーラの無言から勝手に何かを読みとったようだ。


「そうなんだな? どこの奴だか知らないが、ふざけたことしやがって……。同じ召喚者なら実力は変わらん。俺は今ここでお前を殺してやる」


 そう言って、男は中空に何かを描いた。

 すると、何もなかったはずの空間に革張りの本が現れる。


 私はミリアに尋ねる。


「あれ、何です?」

「例によって魔法なのよ。“描き顕す魔法”と呼ばれるものなのよ。人間の魔法では比較的ポピュラーなものなのよ。けれど“悪戯勇者”は“読み願う魔法”の遣い手だったと思うのよ。だからきっと、あれは“本”を呼ぶためだけのものなのよ」

「……専門用語が多くて分かりません」

「そのうち説明するから気にしなくていいのよ。ほら、はじまるのよ」


 見ると、男は本のページを手も触れずに開き、そこに書いてあるらしき言葉を読み始める。


「……『希い奉る氷雪の王よ今此処に姿を顕し我が敵を殲滅せん事を』」


 唱え終わると同時に、冬でもないのに男の前に雪が集まって何かの形を形成し始める。

 徐々に形になっていくその何かを見ながら、セーラは無反応だ。

 その顔は微笑んでおり、何をするのか見てやろうと言う余裕が感じられた。

 男はそんなセーラを見て赤い顔をさらに紅潮させていく。

 そして男は叫んだ。


「女!おまえは今からこの俺の手で、永遠の眠りにつくのだ!!誇りに思うがいい!!」

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