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魔国文官物語  作者: 丘/丘野 優
第1章
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第11話 人間国家への旅路

 ガルタニア魔導公国。

 フランドナル大陸で最も魔法について研究の進んでいる先進的な国家として名を知られている国である。魔導騎士団という強大な軍事力もさることながら、それ以上に他国にその最先端の魔法理論を学んだ魔法使いを排出する役割も担っていることで独特の地位を保っている。

 その役割の中心を為すのがガルタニア中央魔導学院であり、その下部組織としてガルタニア国内の一定以上の規模を持つ街に置かれた街の名を冠する魔導学院がある。

 

「では、ミリア様はそのうちの一つに通っているのですか?」


 ガルタニアに向けて馬車を走らせている最中、隣に座っているミリアにそう尋ねた。

 馬車、とは言ったが馬が動力ではなく、三つ首の犬――ケルベロス――が引いている犬車と呼ぶべきものである。

 それではなぜ馬車と呼ぶのかと言えば、人間国家では車を牽くのは馬か牛、それか小型の狗竜が一般的であり、間違っても魔獣に分類される生き物であるケルベロスが牽いていることなどないからである。

 外側から見て驚かれないか、という点については、この犬車には魔法がかかっており、外側からは通常の馬車のように見えているため問題はない。

 ただ“犬車”と乗客がこれを呼んでしまうと訝られるために私たちはあえてこの犬車を、馬車、と呼んでいると言う訳である。

 手綱を握っているのは若い青年風の魔族の御者だが、彼にもまた魔法がかかっていたりする。

 魔族は流麗な印象を抱かせる見た目の人が多く、そのままだとどう見ても“雇われた御者”等には見えない。

 私たちは一応、身分を隠して他国へ出かける途中だ。

 そのため、あまり悪目立ちしたくないので、彼にも魔法がかかっているのである。


「そうなのよ。中央魔導学院に通うと流石にバレるかもしれないから、地方都市の魔導学院に通ってるのよ。今はその地方都市に向かってる途中。この雑誌に載ってるの、その街のお店ばっかりなのよ」


 ミリアが雑誌をひらひらと振りながら笑顔で答えた。

 初対面のときに放出され続けた剣山のような敵意は今はもう存在しない。

 ミリアの正面にはセーラが腰かけ、私とのやり取りを静かに見守っている。


「そうなんですか…楽しみです。この世界の街って、出かけるの初めてなもので」

「ずっと缶詰めだったって聞いたのよ。今日は一杯甘いもの食べるのよ!」


 ミリアは拳を握りしめてそう叫んだ。

 ずいぶんな気合いである。

 

 微笑ましく見ていると、馬車がゆっくりと停止した。

 どうやらガルタニアとの国境にたどり着いたようで、関所での身分証確認が行われるようである。

 御者の人がまとめて行うので、私たちは待っていればそれでいい。

 と言っても、関所では何台か馬車が並んでいることもあるので、その場合はその順番が来るのを待たなければならないが。

 今回は少し並んでいるようだった。


 すぐに順番が来るだろうと三人で談笑していたのだが、いつまで経っても馬車が進まない。

 不思議に思ってセーラが外へ出ようとしたそのとき、離れたところで言い争いをする声が聞こえてきた。


「あら、何かあったようですね」


 セーラがそう呟いて、外に出ていった。

 何があったのか偵察に行ったのだろう。

 

「ミリア様、どうしたんでしょうね」

「さぁ……私たちの身分証があやしかったとかかもしれないのよ」


 言いながら、でもそんなことありえないのよ、とミリアは首を振る。

 なぜこんな反応になるかと言えば、私たちの身分証が特殊だからだ。

 私もセーラもミリアも、種族は人間と表示されている。

 年齢は見た目通りになっており、出身国はアルトフォルテ王国となっている。

 アルトフォルテ王国は、魔族が大陸統一をする直前に出来た小国だ。

 

 明らかに、偽造である。

 しかし、身分証自体は本物なのだった。

 つまり、本物の身分証に、偽の情報が載っているのである。

 この世界の身分証は信頼性が高く、偽造は出来ないとされている。

 にもかかわらず、何故こんなことが出来るのかと言えば、身分証発行業務を魔国が総括する“旅行者ギルド”が独占しているためである。

 

 20年前まで、身分証はそれぞれの国で非常に難解な手続を何段階も経てやっと発行されるものだった。

 発行されるのは“通行手形”であり、一度使用すればそれで効力を失うもの、一定の期間使えるものなどその種類は様々だった。

 貴族には簡易に、しかも優先的に発行されるそれは、使い捨てのそれですら、平民身分の人間が手に入れるのはほとんど不可能に近い代物だった。

 平民には他国を訪ねる機会など存在しないのが普通だったのだ。


 しかし、魔国がそれを一変させる。

 まず、旅行好きな彼らは、大陸統一の手始めとして、身分さえ証明すれば誰でも国境を越えられる仕組みを作ることにした。

 手形などと言うシステムは廃止すべきであると主張した。

 もちろん、どの国も反対した。

 そもそも身分と言うのは偽造されるのが通常であり、そのようなものの保障で自国に他国の者を招き入れるなど自殺行為であると言うこと、また国境を平民が自由に越えられるようになってしまうと、自国の国民が他国に流出することになり、国力の低下につながる可能性があることなど、様々な理由によって反対された。

 しかし魔国はそのすべてについて、根気よく仕組み作りをし、そして浸透させていった。

 身分証明については、魔国の技術を使い、人間には偽造不可能なものを研究し創り上げ、幾度もの試験を経た上で、その信頼性を人間国家に認めさせた。

 このことによって、他国に身分を偽って間諜を入れるというような工作は不可能になったが、反対にそれをされることもないということから、人間国家はその身分証の採用をしぶしぶながらも認めた。

 この時点で通行手形は廃止される。

 そして身分証明カードがその代わりとなることになった。

 その発行業務については魔国がその責任においてそれぞれの国家に設置する“旅行者ギルド”なる組織で行うこととした。

 また、国民の流出については、国家間の枠組みを定め、たとえそれが起こったとしても、補償や国民の帰還措置を強制的に履行させることが出来るようにしたことで、ある程度の理解を得た。

 その他にも細々とした問題、大きな問題、共に大量に発生したが、魔国はそれを一つずつ片付けていったのである。

 結果として、現在では身分証・身分証明カード発行は魔国が独占的に行っているため、偽造はお手の物、というわけである。

 人間には偽造できなくても、魔族には偽造が可能、というわけである。


「なんか詐欺っぽいと思うんですけど」


 私がそう呟くと、ミリアが言った。


「人間には『偽造は絶対不可能です。何なら試しにやってみてください』って説明したみたいなのよ。そして、一生懸命偽造しようとしたけど、不可能であると言う結論に至ったのよ。彼らはこう思っているのよ。『この身分証は、一度作成すれば誰であっても干渉することができない。しかも、その内容については嘘をつくことができない』」

「本当のところはどうなんです?」

「人間にとってはそれが本当なのよ。ただ魔族にとっては、少し間違っているのよ。内容については嘘をつける。現に私の身分証には『種族:人間』の表示があるわ。一度作成すれば誰であっても干渉不可能、というのは本当のことなのよ。だから私は二枚持ってるのよ。人間表示のものと、魔族表示のものと。」

「私のものも二枚作ったのはどうしてですか?」

「『出身国:魔国』って書いてあると、嫌な顔されるからよ。それにキリハは人間なのに、出身国が魔国ってなっているのを見られたら怪しまれることこの上ないのよ。“教会”の連中につかまって殺されるかもしれないし、どこかの国で飼い殺しにされるかもしれないのよ」

「ははぁ……」


 そんな話をしていると、セーラが戻ってきた。


「いやいや、困ったことになりましたよ、お二人とも」

「なにがあったんですか?」


 私が聞くと、セーラが話し出した。

 それによると、馬車が関所で渋滞をしているらしく、動き出す気配がないということだ。

 その理由は先頭の馬車の乗客らしい。


「どうやら『悪戯勇者』が乗っていたらしく……」


 セーラの言葉に講義での説明が蘇った。


「ガルタニアの勇者だっけ?」

「ええ。それです」


 物扱いか。

 そんなに嫌いなのか、セーラ、と思わないでもなかった。


「ガルタニアの勇者……」


 ミリアが呟く。


「知り合いですか?」


 私がそう聞くと、ミリアが答えた。


「知り合いって訳じゃないけど、魔導学院に通ってるのよ」

「勇者ってそういう、勉強とかいらないくらいの能力があるのではないのですか?」

「そうなんだけど、努力すれば更に伸びるのよ。特に魔法関係に特化した勇者は、魔法理論を学ぶと格段に強くなるのよ」

「なるほど。今通ってるってことは、その勇者って若いのですか?」

「そうなのよ、呼びだされたのは二年前なのよよ。今は十六歳らしいのよ」

「ほんとに十代なんですね…」


 私が自分の年齢を省みて落ち込んでいると、外から大きな爆発音が聞こえた。


「なに!?」


 地面が揺れている。


「流石、“悪戯勇者”ですね。やってくれます」


 外の様子を馬車から顔を出して確認してから、セーラが吐き捨てるようにそう言った。


「っていうことは、これって」


 私の質問にセーラは答えた。


「ええ。勇者が関所を破壊したのです」


 私は口をあんぐりと開けた。

 そこまで常識知らずとは思わなかった。

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