第6話 予感 後篇
にじファンが終了だとっ!
思えばこの11年、俺はただ孤独だった。
必要なことだとはいえ、仲間の記憶と力を封印し、こちらの事情には干渉させなかったのだから。
俺は事情を知りつつも、いつか終を迎える偽りの日常の中で一般人を装って溶け込んでいた。
悪いものじゃなかった。もともと俺たちのような存在が、学園生活など送れるはずかなかったのだ。
どこまでも平和で、想像していたよりも退屈だが輝かしい毎日。
終わらさせたくなかったというのは本音だ。
しかし、所詮俺たちはどこまで行っても彼のためにしかない。
彼の一部であり、彼のために存在し、彼のために戦い、彼のために死んでいく。
その役目を果たすことができれば本望。
名残惜しくはあるが、こちらでも日常に終止符を打とう。
既に奴が仕掛けた恐怖劇は胎動を始めている。
こちらとしても、出遅れるわけにはいかない。
怒りの日、彼は与えられた役目を全うしなければならない。
俺に与えられた使命は、彼の日までに彼を目覚めさせることだ。
そのためには、まずこの場所、半分以上開きかけているこのスワスチカで・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「思い出せ、お前たちは彼を完成させるためのパーツだ」
博物館の中、展示品を見ていた俺は幼馴染からそんな言葉を投げかけられた。
「11年前のあの日、奴らの闘争のせいでこの街の霊的場が不安定になった」
一体こいつは何を言っているんだ?11年前?霊的場って一体何のことだ?
「想定外だったのは、団員一人の死をもってしてもスワスチカが開ききらなかったことだ。そのせいで場が不安定になったのだが、問題はそこじゃない」
日常生活では馴染みがない言葉を受ける。正直話の内容はさっぱりわからない。
「彼がこの地にいたこと、それがいけなかった。彼の力に影響されてこの地に敷かれた術式が暴走する恐れがあったんだ。だから彼の力を分割して封印したんだ」
「さっきから何を言っているんだよ、和宏!」
「まぁ聞けよ、祐一。力は彼を含めて四分割された。三つのうち、ひとつはお前の中だ」
やはり何を言っているのかわからない。そもそもこいつの言う彼って誰のことだ?俺も知っている奴なのか、だとしたら候補はそんなに居ないだろう。
学園の知り合いだとしたら、蓮とか司狼なんかが思い浮かぶが、11年前がどうこう言っているってことは、幼馴染の中で残っている悠久か?
つーかそんなガキの頃なんて、覚えているわけがないだろ。11年前って言えば・・・・・・
あれ?
ちょっと待て、どういうことだ。
ガキの頃を思い出せない?
どれだけ思い出そうとしても学園生活、学園生活、学園生活。
記憶を遡ろうとしても、そこに壁があるかのように先に進めない。
「だからもう一度言うぞ祐一、思い出せよ。まずお前達が、元に戻らなければ意味がない」
未だに混乱している俺をよそに、言うだけ言った和宏がこちらに手を伸ばしてくる。
「―――――、―――――」
そして何かを呟いた声を聞いた瞬間、目の前が暗転した・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「ん?」
博物館の中、朔夜を探しているとふと、何かを忘れているような気がした。
立ち止まって考えてみるが、よくわからない。
そもそも、忘れていることを思い出すなんてことは無理なのかもしれない。
それに、忘れていることなので、大したことはないという可能性もある。
まぁ、あまり深く考えても仕方ないだろ。
再び歩き始めると、すぐに朔夜を見つけることができた。
というよりも、さっきの場所からあまり離れていないようだ。
「なんだ、まだこんな所に居たのか?」
「あ、悠久。ねぇ、私が何を忘れたか知らない?」
声をかけたら変なことを聞かれた。
「何を言っているんだ?なんかよくわからないけど、朔夜が忘れたことを、俺が知っているという根拠があるなら聞きたいな」
「あぅ、ごめんね、いきなり変なこと聞いちゃって。なんか私にもよくわからないんだけど、何か忘れたような、記憶から抜け落ちたような気がしたの」
朔夜は困ったような顔をしていたが、やはり分からないものは分からない。
申し訳ないけど、力にはなってやれそうにはないな。
「鍵の掛け忘れとかだったら心配しなくてもいいぞ。ちゃんとしてきたから」
せめても、余計なことで気を紛らわせてやる。
「とにかく見て回ろうぜ、時間がもったいないからな。後でまだ気になるなら俺も一緒に考えるからさ」
「・・・うん。ありがとうね、悠久」
そう言って、少し笑ってくれたのがよかった。
身近な人が困ったり、塞ぎ込んだりしているのは嫌だからな。
取り敢えず俺と朔夜は、まだ見ていない展示物を見て回ることにした。
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・・・
俺、藤井蓮は心底呆れていた。
先日の司狼との喧嘩後、俺は病院に運ばれたわけだが、その翌日に目を覚ます以外はほどんど寝込んでいた。
ここ数日はは意識がないことが殆どなぐらいだ。
そんな起きている方が珍しい状態で、幼馴染から信じられないことを聞いたのだ。
「司狼が病院を抜け出しちゃったんだって」
聞くところによると、入院して3日、気づいたときには既に司狼の病室はもぬけの殻だったようだ。
話をしてきたときは既に落ち着いていた香純も、最初はテンパって騒ぎ立てていたらしい。
「書置きとかなかったのか?」
「探さないでくださいみたいなやつ?なんにもなかったよ。綺麗さっぱり。ほんと、あいつは何を考えてるのかな・・・」
香純の返答は、予想通りのものだった。
あの時、学園の屋上で、司狼は抜けるとはっきりと宣言していたのだ。
立つ鳥跡を濁さず、ではなく、こちらを掻き混ぜまくった挙句に、何も残さずに消えていった。
司狼の行動に呆れつつも、俺はわりと納得していた。
もしかしたらこうなるんじゃないかと、11年前のあの日からなんとなく思っていたのかもしれない。
「ほんとに無事ならいいんだけど・・・」
「ま、あのバカはなんとかやるだろ。野たれ死んでいるところなんて想像できないし」
香純に対する気休めに言った言葉だが、半分は本心だ。
あのバカとはきっとどこかでまた合う。
そんな予感めいたものが、心のどこかにあったのは確かなことだ。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
日本某所・・・
「あら?この感じは・・・」
一人の女が異変に気づく。
赤髪長髪で少女といっても差し支えない姿をしているが、身に纏う雰囲気は見た目のそれとは似ても似つかないほどの禍々しいものだ。
その視線ははるか遠方、とある都市の方向を指していた。
「どうしたよ、マレウス」
そして、この場に男がもう一人。
白髪白貌、まるで白蝋のようなその男の目はサングラス越しにもわかるような赤。
彼も何か感じ取ったのか、その身から放たれているのは、度し難いほどの殺気である。
常人ならば、対峙しただけで失神してしまうほどのものだろう。
「今、魔術が発動した気配がしたわ。それも大規模のね。あなたは何も感じないのかしら、ベイ?」
「ああ、俺には詳しいことはわかんねぇが、確かに何か感じるなぁ。あっちは、シャンバラのほうか?」
カップルとしても相応しない二人、揃っていることが不自然に感じる両者に、しかしひとつだけ共通点がある。
黒のSS軍服。
半世紀前の大戦でその名を轟かせ、伝説とまで言われた最後の大隊。
「どうしよっかベイ。招集時期はもう少し先だって聞いてるけど」
「どうもこうもあるかよ、マレウス。その大規模な魔術を行使したって奴は大した奴なんじゃねぇのか?」
もしもそうならば答えるまでもない。
暇だったのだ。60年以上もの間。
この長い時の中で楽しめたことが、一体幾度あったことか。
いや、ない。一度たりとも。
自分が満足することなど、片っ端からもっていかれてしまう。
「詳しい日時の指定はなし。時期を見てシャンバラに入れとだけ言われてんだろ」
つまり、それぞれの裁量で行動しろと。
「俺らが近づけば、クリストフの野郎だって気づくだろう。奴は今シャンバラに入れない」
「予期せぬ事態が起きた場合、クリストフが行動すれば儀式そのものを壊しかねない。そこで私たちが・・・って建前はこんなものかしら?でも彼って今日本には居ないんじゃなかったかしら?」
「その場合は事後報告でも問題ねぇだろ。まぁバビロン辺には何か言われるだろうがな。どちらにせよ、予定外のことが今起きている。それが俺らを楽しませてくれることなら見逃す手はねぇ」
男の目は既に狩人のそれだ。
思えばこの人生、どんな時でも獲物を逃してきた。
61年前も、11年前ですら。
次こそは逃がさない、奪わせない。自らにかけられた業を何としても取り払ってやる。
「楽しませてもらおうぜ。儀式に先駆けたちょうどいい前哨戦だ」
そして動き出す男と女。
その視線は変わらずに、ひとつの都市を見つめている。
彼らの醸し出す雰囲気は、既に人のそれではない。
血に飢えた獣のように、ただ獲物を仕留めるためだけに突き進む。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「こっちでの2、3日、まぁそれで十分だろ」
そう言って和宏は式を展開する。
これは対象の意識を自らのそれに強制的にリンクさせて、記憶の操作や精神の補強などを行うことができる。
今回彼が行なっているのは後者だ。
対象である祐一の精神に呼びかけ、かつての自分を思い出してもらうのが目的だ。
しかし、これくらいの魔術ならその道を志したものならば、誰でも出来ることである。
これに並行して、彼はもうひとつの大規模魔術を展開していた。
広範囲に置ける、最低でもこの諏訪原市内の人間の記憶操作である。
これは自分たちが動けない数日間、彼と彼女に余計な心配をかけないためだ。
たった2人のために、80万人の記憶を操作するという所業は、不可能ではないが信じられない芸当である。
更に、これを平然のやってのけるこの男はもはや普通の人間ではない。
「さぁ、始めようか祐一。ただ思い出すだけだ、そう難しいことじゃないだろ」
自らの起こした事象は当然のものとして、和宏は祐一に語りかける。
既に二人が立っている場所は博物館ではない。
どこまでも続く雪原。そこは和宏の求める夢がひとつとな形となった空間。
自分の想像した世界に、精神のみを引きずり込んだ状況だ。
「はっ、かはっ。こ、こは、一体?」
祐一から発せられるのは疑問の言葉。
そしてその身は寒さによって震えている。極寒の地であれば当然の状態だろう。
しかし、彼を襲う異常はそれだけでは無かった。
「く、が、あぁぁぁ!あ、たまが、痛いっ」
和宏が言ったように、既に何かが始まっている。
彼によるところの思い出す作業が。
祐一の頭の中に、様々な情報が流れ込んでくる。
いいや、引きずり出されてくる。
自分が本来持っていた記憶、本当の人生、そして〝彼″と共に磨いてきた力。
61年前の大戦。11年前の闘争。そのあと繰り返されていた学園生活。
〝彼″の力の一部も確かに感じることができる。
ゆっくりと、だが確実に祐一は過去の自分を取り戻しつつある。
「かず、ひろ、ざけやがって、こんな無理やり」
このような言葉が出てくるのも、昔を思い出しているからだろう。
「安心しろ、そこまで苦しくなるのは、多分お前だけだ。彼女も、彼にもそんなに負荷をかけるつもりは無い」
「な、てめぇ、ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
祐一の叫び声と共に、周りの空間が一気に弾けた。
もう何を言っているのかわからないかもなぁ