魔女っ子たち
「それじゃあ行こうか」
魔女っ子になった余韻を味わう間もなく、山羊は移動の準備を始めた。
「え、もう? 待ってよ、まだ着替えてもいないし、心の準備が……」
覚悟はしたつもりだったけど、いざ戦いの場に連れて行かれるとなると、踏ん切りがつかない。
「何言ってるの、キミが一番最後なんだから、待てないよ」
言って、山羊が問答無用で呪文を唱える。目の前が真っ暗になる。嫌な浮遊感と落下感の後、明るいところに出た。
「眩しっ」
薄目を開けて光に目を慣らしていく。さっきまで夜だった筈なのに、早朝のような明るさだ。そこは、廃墟のような場所だった。中央が、学校の運動場くらいの広さの円形の平地になっていて、その周りを取り囲むように、廃ビルのような不気味な建物が乱立している。瓦礫の敷き詰められた平地の中央に人影を見つけて、僕はそちらの方へ歩いて行った。
人影は4つで、当たり前かも知れないけれど、みんな女の子のようだ。近づくにつれ、4人の少女は露骨に怪訝な顔をした。理由はなんとなく予想できた。現われた5人目が、ジャージ姿の男だったからだろう。
4人のうち3人は、明らかに僕よりも若く見えた。一人に至っては、小学生じゃないかと思えるほどの幼さだ。ふわふわの髪をツインテールにしていて、大きな丸い瞳がとても可愛いらしい。水玉模様の下着が透けて見えるセクシーなネグリジェ姿だけど、色っぽいというよりはむしろ微笑ましい可愛らしさだ。こんな妹がいたら、どんなに人生が楽しいだろうか……そう思ってしまうくらい保護欲をそそる外見だ。
次の一人は、シングルテールを横から垂らした、気の強そうな美少女だ。つり目がちの大きな瞳が、僕に挑戦的な視線を送っている。中学生だろうか、私学っぽいブレザーの制服姿で、チェックのミニスカートと黒いニーハイから除く真っ白な太股が眩しい。どこかで見たことのあるような制服だけど、僕にはどこの学校かわからなかった(僕は別に制服マニアではないから、女子の制服でわかる学校もないのだけれど)。可愛い制服に身を包んだ美少女……女学生のイデアというものが存在するならば、彼女がまさしくそれだろう。
もう一人も中学生に見える。さらさらの黒髪ロングヘアーで、こちらもかなりの美少女だ。眠たいのかどこかぼーっとした印象で、僕のこともあまり気にしていないようだ。クマさん柄のパジャマ姿で、大きなクマのぬいぐるみを両手で抱き締めるように抱えている。パジャマ姿は勿論、思わず添い寝したくなってしまう可愛さだけど、できれば着物姿を見てみたい、そんな風に思ってしまうほど清楚な魅力に満ちている少女だ。
最後の一人は僕と同い年か、それ以上か……。ばっちり化粧をしていて大人っぽく見える。他の少女たちに負けず劣らず可愛いけれど、特筆すべきは顔ではなく、胸だ。思わず目が離せなくなるほど豊かなのだ。しかも、何故か、「すずき」とひらがなの名札の付いたスクール水着を着用し、頭には猫耳、顔には眼帯といった個性的な出で立ちである。どう見てもヲから始まる3文字の自由業に見えるけれど、これだけ可愛ければ、ニートだろうと引きこもりだろうと、許される気がする。それどころか寧ろ、自分の部屋に引きこもらせたいくらいだ。
「これで揃ったね」
少女たちの観察が一通り終わったところで、少し離れたところに、山羊が現れた。
「こいつ、男だよね? どういうこと?」
ブレザーの少女が、僕を指さして山羊に抗議する。僕の受けた感銘とは裏腹に、ブレザー少女は僕に不快感を覚えているようだ。視線も口調も刺々しい。魔女っ子候補として男が現れたのだから、当然と言えば当然だろう。
「そうだよ。魔女っ子でありさえすれば性別は関係ないから無問題!」
山羊の断言には迷いがない。
「つまり、男の娘でも可、ってことね。確かにそれはそれで、ありかも」
スク水少女が僕を舐め回すように見ながら同意した。
「はぁ? 男の子なのに、なんでありなのよ?」
「男の子、じゃないわ。男の娘、よ。この微妙な響きの違いがわからないなら、そんな言語感覚のない人間とは話ができないわ」
呆れたようにスク水が首を振る。それに対してブレザーは答えない。ただ、汚物でも見るかのような冷たい眼でスク水を見た。
「まぁまぁ、二人とも仲良くしてよ。彼はボクが責任を持って、立派な魔女っ子にするからさ」
「あら、去勢でもしてくれるの?」
ブレザーが同じように冷たい眼で僕の下半身を見る。
「つくづく馬鹿ね。そんなことしたら魅力半減でしょ」
それとは逆に、スク水が僕の下半身に熱い視線を送る。
「ボクは魔女っ子の衣装を着せるだけだよ。後は、キルもキラヌもキミたち次第。存分に奪い合えばいいさ」
「いや、当事者の意見を無視して話を進めない欲しいんだけど……」
僕はひっそりと抗議したけど、予想通り、誰も聞いてはくれなかった。
「まあ、今回はこれで全員だよ。魔女っ子大戦を開幕する前に、簡単に、ルールとか変身の仕方について説明しておくね。ルールは簡単、最後の一人になるまで戦ってもらいます。最後まで生き残った魔女っ子は、『魔女の証』を身体のどこかに入れて、魔女になります。そして副賞である願いを叶えてもらって、ここから出られます」
「魔女の証って、何よ?」
ブレザーが聞く。確かに、聞いたことのない言葉だ。
「事前に君たちに渡してある、リトルウィッチ・ストーンみたいなものだよ。それは魔女っ子の証だから、子供向けに宝石の形をしているけど、魔女の証はタトゥーみたいなものなんだ。魔女のシンボルを身体に刻みこむのさ。他人に見せびらかすものではないから、普通は性器とか人目に付かないところに入れるんだけど、入れる場所の希望は聞くからリクエストがあったら言ってね」
「せ、せい……とか、なに卑猥なこと言ってんのよ!」
ブレザーが抗議する。確かに、中学生には刺激の強い話だと思う。
「そんなこと言われても、ねぇ。知ってると思うけど、昔は魔女狩りがあったんだ。人目に付く所に魔女の証を入れていると、それだけで死刑っていう時代もあったんだよ」
「魔女狩りなら今もあるが……」
クマパジャマの少女がぽつり、と呟いた。その言葉に、山羊が眼を細めた。
「よく知っているね。確かに、今も一部では魔女狩りをやっているアブナイ人たちがいるみたいだから、魔女の証は見えないところの方がいいだろうね」
「そんな話、聞いたことないわ。あんた、なんでそんなこと知ってるのよ」
ブレザーがクマパジャマに食ってかかる。クマパジャマはそれを無視した。
「まぁ、話を続けるね。キミ達はリトルウィッチ・ストーンを使って変身することで、魔女っ子として魔法を使えます。魔女っ子の衣装は、キミ達にぴったりなものを用意してあるから楽しみにしてね。ちなみに、キミ達の身に付けた魔女っ子としての魔力は、ボクとの仮契約で与えられる、いわばお試し版の魔力だから、魔女の魔力にはかなり劣ります。この結界の中でだけは魔女っ子を殺せるくらいの力を得られるけどね。ボクと本契約を交わして正式な魔女になれば、結界の外でも自由に使える本物の魔力が手に入るよ」
「魔女になったら何ができるの?」
ツインテールの少女が瞳を輝かせて聞いた。
「それはもう、何でもできるさ。キミ達が『魔女』と聞いて思い浮かべることは何でもできると思ってくれていいよ」
「私的には、ずっと魔女っ子でいたいんだけど」
スク水だ。格好からも明らかなように、ヲタクな方なのだろう。
「それはオススメしないね。年を取ったのにいつまでも魔女っ子を名乗るのは正直キツいと思うんだ。ボクの個人的な好みから言えば、魔女っ子は14歳が至高で、誤差は前後一歳しか認めたくないな」
「な、なんでそんなに細かいのよ!?」
おそらくは年齢制限ぎりぎりなのだろう。スク水が食ってかかる。
「魔女っ子にはイメージの力が重要だからね。イメージの力がピークになるのは、妄想やリビドーに溢れるいわゆる『中2』でしょ。それなのに、最近、魔女っ子の世界も高齢化が顕著でね。良いのか悪いのか、中2並みの想像力を維持したまま身体だけ成長しちゃう人が多いんだろうね」
おそらくは14歳を過ぎていながら、スク水ネコミミ眼帯で完全武装した少女は、さすがに恥ずかしそうに下を向いた。
「想像力というなら、あんたも言ったとおり、別に14歳にこだわる必要なんてないんじゃないの? 妄想の世界で生きている人間なんて、今の世の中、年齢にかかわらず沢山いるでしょ」
ブレザーが疑問をさしはさむ。
「想像力だけに限って言えば、ね。キミはもう一つ重要な要素を忘れているよ。魔女っ子は可愛くないといけないんだ。可愛くないなら、魔女っ子である必要はないでしょ?」
「可愛さと14歳と、なんの関係があるのよ」
「14歳くらいの少女の中には、稀に、成熟した大人の男をも惹き付けてしまうような性的魅力を備えた子がいるんだ。そんな少女を妖精に喩えて、『ニンフェット』と呼んだ人間の作家がいたと思うけど、魔女っ子には、そんなニンフェットこそが相応しいと、ボクは思うのさ。そして、キミたちはまさにニンフェットだよ。誇っていい」
確かに、4人の少女はみんな、かなりの美少女だ。僕は残念ながら成熟した男ではないから、ニンフェットとやらの魅力を完全に理解できるわけではないかも知れないけれど、それだけにかえって、少女たちの美しさは目を合わせるのも恥ずかしいほどだ。
「ふーん、で、コレも、そのニンフェットとやらなの?」
褒められてもニコリともせず、ブレザーが僕を指さした。
「確かに、ソレはニンフェットじゃないね」
山羊はあっさりと認めた。ニンフェットでなくてもいいけど、せめてコレとかソレ呼ばわりはやめて欲しい。
「じゃあ、なんでこんな男が魔女っ子なのよ」
ブレザーがじと目で僕を睨む。
「彼は、性別を超越した変態だからね。老若男女を問わず、誰でも頭の中でSM縛りにして興奮するザ・変態、それが彼だよ。その溢れんばかりの妄想力とリビドー、魔女っ子にしてみたくなったボクの気持ちもわかるでしょ?」
…………ち、沈黙が痛い。ブレザー少女は既にこちらを見すらしない。心底軽蔑したと、その無言の拒絶が物語っていた。
「ひょっとして、私たちのことも頭の中で縛ってるの?」
スク水が鋭く聞いてくる。
「それは、その……」
もちろん、とも答えられずに、僕は言葉を濁した。正直なところ、一人を除いて脳内での緊縛は完了している。ただ一人、クマパジャマの少女だけは、縛れなかった。いや、正確には、縛ることを試してすらいない。正攻法では近づくのも難しい、そう思ったのだ。その隙のない立ち姿からも、彼女が何か武術を嗜んでいるのは明らかだ。
「首吊って死ね、変態」
言い淀んだ僕の沈黙を鋭く肯定と理解したのだろう、ブレザーが毒吐く。掛け値なしの美少女だけに、罵られると本気で傷ついてしまう。
「まぁ、彼氏にするなら、上手に縛れるのは悪くないんじゃないかな」
意外にも、クマパジャマの少女がフォローしてくれた。
「うわ、どM発言きたー!」
スク水が興奮の声を上げる。
「いや、その、単に出し入れするだけよりは、縛ったり色々する方が、その、人間的と言うか文化的と言うか……何を言ってるんだろうな、私は……忘れて欲しい」
言って、恥ずかしくなったのだろう。クマパジャマの少女は赤くなった顔を手で仰いでいる。
「いつまでそんな下種な話題で盛り上がっているのよ。さっさとはじめましょ」
苛立ちを隠さず、ブレザーが言う。
「緊縛行為の文化的側面は興味深いテーマではあるけど、仕方無いね。じゃあ、始める前に一人一人自己紹介をして貰おうかな。紹介項目は、名前、年齢、身長、スリーサイズ、あとは、勝ち残ったら何を願うか、かな」
うぷぷ、と不気味に笑いながら、山羊が僕たちに自己紹介を促した。




