若さゆえの過ち
学校の帰り、僕はなんとなく、師匠を訪ねてみた。師匠に会うのは、今年の5月に「緊縛師」のバイトを紹介してもらった時以来だ。
僕の師匠、楓子さんは、現在、僕の住むS県富貴市内でアジアングッズを扱う雑貨屋さんを営んでいる。そのお店、その名も「関帝廟」は、台湾人だったという楓子さんのお祖父さんが始めたお店で、元はチャイナグッズの専門店だった。
昔からカンフー服やヌンチャクといった素敵な商品を扱っていて、香港映画のカンフースターやマンガやアニメの武術家に憧れていた僕は、小さい頃からこのお店が大好きだった。
楓子さんがこのお店を継いでからは、中国に限らずアジア全般のおしゃれで今風な小物も扱うようになっていて、若い女性の客も多くなっている。
「お久しぶりです、師匠」
「他のお客もいるのに、店では師匠はやめてくれよ」
楓子さんが困ったように笑う。相変わらず、眩しい笑顔だ。
楓子さんの外見を一言で表すなら、「健康美人」だろう。スラリとしたスレンダーな体型で、化粧はほとんどしていないけど、ゆでたまごの白身のように美しい白肌だ。性格はさばさばしているけれど、義に厚く、思わず頼ってしまいそうになるような包容力がある。かなりの美人だと思うけど、男性ではなく女性にモテて困っているようだ。
楓子さんは、言うまでもなく武術の達人だ。今では僕自身もそう言われることがあるけれど、それでも楓子さんと僕とではまだまだ格が違う。楓子さんは幼い頃からお祖父さんに徹底的に武術を仕込まれたらしい。
今は亡き楓子さんのお祖父さんも当然武術の達人で、戦時中はその武術の腕を買われて軍の工作員をしていたそうだ。楓子さんは、お祖父さんから学んだ武術だけでは飽き足らず、大学で専攻した運動物理学を応用して、古流の武術の無駄な部分を削ぎ落とし、現代的且つ実践的にアレンジしている。
でも僕が楓子さんに学んだのは、オリジナルの古流だ。古流の何を残し、何を捨てるかは自分で判断する方がよいというのが、楓子さんの考えだったからだ。
もっとも、楓子さんは実戦形式の散打(空手で言うところの組手)を通して、自分のアレンジとその理由を惜し気もなく僕に教えてくれている。それらを材料に、僕自身がどう創意工夫するかが試されているのだ。努力してはいるけれど、「自分らしさ」はまだそれほど出せていないというのが実際のところだ。そもそも今の日本では武術を実践する機会がほとんどないのだから仕方ないのだけれど。
その点、楓子さんは昔からアジア諸国が大好きで、今でも、商品の買い付けなどで頻繁に飛び回っている。治安の悪い場所であっても積極的に出向くから、行く先々でトラブルに巻き込まれて、武術の才を如何なく発揮しているとかいないとか。
僕と楓子さんの出会いは、僕が10歳の時だった。楓子さんは当時大学生で、夏休みにバイトがてらに店の手伝いをしていたそうだ。当時の僕はカンフー服が欲しくて、買えもしないのに頻繁に店に通っている迷惑なガキだった。お金がない上に、僕に合う小さなサイズもなかったけど、諦めきれずに服を眺めている僕を、楓子さんは不憫に思ったらしい。
「この服は強い男が着てこそカッコいいからね。いつかこの服が似合うようになった時のために、キミも強くなっておかないと」
そう言って、ある日、楓子さんは僕に一つだけ技を教えてくれた。
三尖相照の基本の構えから後ろ足を前足に寄せ、前に蹴り出し、着地と同時に馬歩になって水平に掌打を放つ……楓子さんが見せたその動きは、映画で見るどのカンフースターよりも優雅で、カッコ良かった。当時の僕には一つ一つの動きの意味はわからなかったけれど、僕は必死になって楓子さんの動きを脳裏に焼き付けた。
それは川掌という、空手の中段突きの掌打バージョンだった。呼び名は様々なれど、中国武術のどの流派でも最も基本的な技の一つで、今でもこれが僕の一番の得意技だ。
技を教えて貰った日以降、店に行っても楓子さんの姿を見ることはなかった。僕も関帝廟に入り浸ることはしなくなった。ただカンフー服を眺めるよりは、教えて貰った川掌を反復練習することに時間を費やすようになったからだ。カンフー服への単なる憧れが、カンフー服が似合うくらい強くなりたい、そして、いつか楓子さんに認めてもらいたいという、具体的な目標に変わったのだ。すれ違う相手全てに川掌を放つという妄想をし始めたのもこの時期だ。
それから3年経って中学生になった僕は、久しぶりに関帝廟を訪れた。一生懸命貯めたお小遣いでカンフー服を買いに行ったのだ。そしてそこで、楓子さんに再会した。大学を卒業した楓子さんが関帝廟を継いでいたのだ。楓子さんに言われて、僕は自分でも数えきれないほど繰り返してきた川掌を楓子さんに見せた。
「見事過ぎて言葉が出ないよ。たった一度教えただけで、よくもこれだけ……。才能もあったんだろうけど、よほど努力したんだね。でも、全力で人を打ってはいけないよ。キミの拳は、もう人を殺してしまいかねないから」
その時から、僕は正式に楓子さんに教えを受けるようになり、毎日のように関帝廟に通って修行に明け暮れた。そして、中学を卒業する頃には、師匠から、もう教えることはない、と言われるまでになっていた。
それから数ヶ月、高校生になった僕は関帝廟に通う頻度も少なくなっている。用もないのに来ると、ここに来るより他にすることがあるだろうと、楓子さんが怒るからだ。それでも今日は、あの山羊に会うまでに、怒られてでもいいから師匠の顔が見たかった。そんな僕の気持ちを察したかのように、楓子さんは僕を笑顔で迎えてくれた。
「また腕を上げたようだな。特に聴勁の進歩がすごい。こちらの動きはすべて見透かされそうだ。そろそろ私でも危ないかな」
楓子さんが嬉しそうに笑う。確かに、すれ違う相手をイメージの中で打ち殺していた以前と比べ、縛る方が難しい分、相手の動きを察知する力、聴勁が鍛えられているのかも知れない。
「それこそ、進歩を見透かされている内はまだまだ無理ですよ。それに、いくら腕を磨いても、師匠と僕とでは実戦経験に雲泥の差がありますから」
楓子さんは自分の武勇伝を声高に語ったりはしないけれど、たまに漏らす程度の話でも、相当の修羅場をくぐってきていることが分かる。
確かに、どちらも人を殺せるだけの技を持っているという点では、師匠と僕の間に、技の威力の差はない。師匠の考えでは(勿論、その教えを信奉する僕の考えでも)、人を殺すことができれば技の威力としては必要十分だからだ。
それを超えて瓦や壁を壊すために更なる威力を求めるのは、人を倒すという武術の本質からは外れているのだ。だから、技の威力を求める鍛錬は、僕にも既に必要ない。
だから、もし偶然にでも僕の攻撃が楓子さんに当たれば、僕は楓子さんを殺すことができるだろう。問題はその一撃を当てる技量の差なのだ。僕はまだ、師匠との間に、偶然を期待できないほどの力量の差を感じている。銃に喩えれば、ハンドガンとマシンガンくらいは殺傷能力に差があるだろう。
「お前は考え過ぎなんだ。まだ未成年なんだし、殺してしまわないようにだけ注意しておけば、後は若さに任せて暴れたらいいんだよ。分別臭く破壊衝動を押し殺し過ぎると、爆発したときに道を踏み外して、取り返しがつかなくなるぞ」
「そんなものですかね?」
「ああ。折角高い能力を身に付けたんだ、それを有効活用して人生楽しまないでどうする? 私の若い頃なんて、思い出がセピア色ではなく、朱色に染まっているくらい……って、私のことは別にいいんだ」
師匠が頭を掻く。
「残念、聞きたかったのに」
「私一人が恥を晒すのも不公平だろ。お前にも語れるような『若さ故の過ち』ができたらその時に、な」
師匠の言葉は、僕の背を押すかのような力強さに満ちていた。悩んでいたのも、見透かされていたんだろうなと思う。しかし、ほっとしたのも束の間、師匠は甘えさせてばかりはくれなかった。すぐさま攻めに転じてくる。
「そうそう、若さ故の過ちといえば、奈々美に聞いたぞ。凄腕緊縛師の名を欲しいままにしているそうじゃないか。今度私も縛ってもらおうかな」
楓子さんがいたずらっぽく笑う。いつになく艶やかな笑みに、頬が赤くなってしまったのがわかる。僕はこれ以上冷やかされる前に早々に楓子さんから逃げ出した。




