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接吻同盟

 杏樹が刀を抜く前に、奈莉栖が大きく後ろに飛ぶ。魔法の力を使ったのだろう、大きく、ふわりとした軌道だ。ひとまず杏樹の間合いから離れるのは賢明だと思う。


 杏樹は、奈莉栖を追ったりはしなかった。自分の動きを確かめるように地面を踏みならしている。奈莉栖の常人らしからぬ跳躍を見て、自分がここでどれだけ動けるのかを確かめたんだと思う。それは、しかし、奈莉栖のように魔力を利用して動けないという、自信のなさの現れだろう。


「切り裂け、マジカルカードシャッフル!」


 空中の奈莉栖が、杏樹目掛けてカードを飛ばす。シャッフルの要領で飛ばされたカードは、美しい光を纏って次々と宙を舞い、複雑な軌道を描いて杏樹を襲う。


「はぁっ!」


 気合いと共に、杏樹が刀を居抜く。斬り上げと斬り下げでかなりのカードを斬り裂いたものの、捉えきれなかったカードが杏樹の身を裂いた。苦痛に杏樹の顔が歪む。


 次々と襲い来るカードを、杏樹は必死に斬ろうとする。カードの動きそのものはそれほど速くはないものの、いかな剣の達人と言えど、魔法の力で不規則に乱れ舞う無数のカードを捌ききるのは、はっきり言って不可能だ。杏樹はすぐに傷だらけにされてしまい、衣装もずたぼろになって、目のやり場に困るほどだ。


「ふふっ、カードにばかり気を取られていたらダメよ?」


 不意に、杏樹の頭が弾けた。


「マジシャンが操れるものは他にも沢山あるんだから」


 奈莉栖がコインを指で弾いて回転させ、それをキャッチする。どうやらコインで攻撃したようだ。カードよりも速い上にカードの影に隠れて放たれるコインは脅威だ。一撃目を喰らった後は、杏樹はなんとか急所への直撃だけは避けているけれど、奈莉栖の攻めは巧みだった。カードやシルクハット、ハンカチといった小道具のゆっくりとした動きで気を引きながら、視認できないほど速くコインを打ち出すのだ。コインは着実に杏樹にダメージを与えていく。


 対する杏樹は、間断なく飛来するコインやカードを、あるときは体を捌いて避け、あるときは手にした刀で弾くも、いいように奈莉栖に弄られて近付けもしない。


「どうしたの? あんたの力はそんなもの?」


 楽しそうに杏樹を挑発する。そんな奈莉栖に、僕は違和感を覚えていた。こんな極限状態で命懸けの戦いを強要されて、見世物にされているというのに、どうしてこんなにもイキイキと戦えるんだろう?


「イカヅチ!」


 剣だけではどうにもならないと悟ったのか、杏樹が初めて魔法を使った。しかし、剣撃から放たれた稲妻は、あまりに素直だ。奈莉栖は赤いハンカチを取り出し、それを軽くふる。すると、稲妻はいとも容易く打ち消された。


「甘いわ。その程度で魔女を狩るなんて、よくも言えたものね」


「くっ」


 杏樹の顔に苦悶の色が滲む。出血の量も増えてきているし、体力的にそろそろ辛くなってきているのだろう。


「実際の戦闘力では剣を扱うあんたに勝てる気がしなかったけど、魔法を操るための想像力ではあたしに分があったってことね」


 勝利を確信したかのように、奈莉栖が自分の優位を説明した。


 僕の見たところ、杏樹の使う技はおそらく居合だ。実際に人と打ち合う通常の剣道とは異なり、居合道は自分の頭に想い描いた仮想敵をいかに見事に斬れるかを追求するものだ。その意味で杏樹の想像力は鍛えられているはずだし、だからこそ事もなく居合刀を具現化できているのだと思う。


 しかし、魔法戦という非現実的な戦闘では、現実での戦闘に根付いた想像力よりも、荒唐無稽な妄想力が優るということか。魔女っ子に憧れていたというだけあって、奈莉栖にはそれがあるのだろう。


「悪いけど、そろそろ消えて貰うわ」


 奈莉栖が先ほどの赤いハンカチを両手でひらりと振った。すると、ハンカチがみるみる大きくなり、ひらひらと杏樹に向かって飛んだ。杏樹はそれを斬り裂こうと剣を振るったけど、巨大なハンカチをどうすることもできなかった。そしてそのまま、杏樹はハンカチに覆い隠されてしまった。


「ぷにゅりんぷりんぷにゅにゅりん♪ 奈莉栖のマジカルマジックショー♪」


 急に踊り出した奈莉栖が呪文を唱える。これが奈莉栖の必殺技なのだろう。呪文に反応したように、杏樹を覆っていたハンカチが地面に落ちる。杏樹はどこに消えたのか? 奈莉栖が新たなハンカチを取り出し、軽く振る。するとそこに、杏樹が立っていた。杏樹は催眠術にかかったかのように宙の一点を見つめ、奈莉栖の方を見ようともしない。


 続いて奈莉栖は、かぶっていたシルクハットを脱いで、その口をステッキで軽く叩いた。するとそこから次々とハトが飛び出した。ハトは杏樹に突進して杏樹の服を食いちぎる。そして、次のハトが筆を咥えて全く同じ場所に突進して、露わになった杏樹の白肌に黒いインクを塗っていく。しばらくすると、杏樹は素肌の上からインクでバニー服の模様を描かれた姿になっていた。網タイツまで美しく鮮明に描かれているあたり、ハトの画力も侮れない。次の瞬間、どこからともなく現れた棺のような箱に、杏樹は首だけを出した状態ですっぽりと入れられてしまった。


 そして、いつの間にか、奈莉栖の手にはギロチンの刃を思わせる巨大な斧が握られていた。まさか……。


「タネも仕掛けも、ないんだってば!」


 そのまさかだった。言いながら、奈莉栖は箱のど真ん中に斧を叩き込んだ。本当にタネも仕掛けもなかったらしい。迸る鮮血、真っ二つになって吹き飛ぶ箱と杏樹。僕は無力感に苛まれながら奈莉栖をみた。奈莉栖の顔には愉悦とも言うべき笑みが浮かんでいた。


 廃墟まで吹き飛んだ杏樹の○○(ピー)には見向きもせず、奈莉栖は僕に向きなおった。僕は聞いてはいけないと思いつつも、聞いてしまった。


「ねぇ……どうして、そんなに楽しそうなの?」


「それはそうよ。私は魔女っ子に憧れてここにきたんだから。魔法戦は素直に楽しいよ。イケない?」


 心外だ、とでも言いたげに、奈莉栖が顔を顰めた。


「いけなくはないけど……」


 奈莉栖が杏樹と殺し合ったことは、山羊に強制されたも同然だし、止むを得ないことだと思う。それに、そもそも罪悪感という感情自体、自己憐憫の変形であって、それを感じないからと言って薄情というわけでもないだろう。だけど、人一人を殺しておきながら、楽しさ以外に何も感じないのであれば、それはやはり異常だ。奈莉栖自身が先刻予言した通り、「狂って」しまったとしか思えない。


「そんなことより、これで計画通り、二人のどちらかが最後まで残れるね」


 僕の感じている不安を余所に、心底楽しそうに、奈莉栖は笑っている。


「約束どおり、生き返らせてあげるから、殺されて、くれるよね?」


 奈莉栖が虚ろな瞳で僕に微笑みかける。その凄絶な笑みに、僕の背筋は凍り付いた。近付いて来る奈莉栖から逃げるように、僕は後退りしてしまう。


「どうして逃げるの? あたしのこと、信じられないの?」


 信じていた。ついさっきまでは。もし二人が残ったら大人しく殺されようとも思っていた。でも今の僕は、死ぬことよりも何よりも、目の前のこの少女が怖い。


「殺すのはイヤだって、言ってたよね? 魔女っ子なんて、人を殺してなるものじゃないって……」


「ああ、あれね。ちょっと考えてみたんだけど、魔女っ子のままでいることは無理でも、魔女にはなれるんだよね。魔女っ子は夢を与える存在だから人を殺すのはダメだけど、魔女なら別に殺してもいいと思わない?」


 筋の通っているような、いないようなことを言って、奈莉栖が僕に同意を求める。僕は何も言えない。ただ、奈莉栖は「狂って」しまったのだと確信しただけだ。


「だから、安心して殺されてね。大丈夫、なるべく痛くしないから。早くここから出て、さっきの続き、しよ?」


 菩薩めいた、しかしどこか冷たい笑みを浮かべて、奈莉栖が僕を誘った。

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