子爵令嬢ブランシュの幸せ
異世界に転生して、子爵令嬢ブランシュとして育った。でも、同じく子爵令嬢であるマリレーヌが、とても面倒な性格をしていた。
「私はね、たくさんのご令嬢をいびってきましたの。私の言葉のせいで、自殺するご令嬢もいらっしゃいましたわ。でも、私の行いが悪いこととは思いませんの。だって、世の中は弱肉強食でしょう。他人をいびり倒すことのできる人間は、成功しやすいと言われていますし。私の将来は明るいに決まっていますわ」
ある日パーティ会場で、マリレーヌは私にそんなことを言ってきた。マリレーヌの発言は、前世だったら何らかの罪に問われそうな事例だった。
「そうかもしれません」
私は無難に返事をしておいた。他人をいびる人間が、将来成功しない根拠も別にないからだ。
因果応報が存在する証拠は、一切ないしね。何も悪くないけれど不幸になる人なんて、ありえないくらいいっぱいいる。
「ブランシュ様っ。その含みのありそうな言い方は何ですかっ。ブランシュ様はむかつく人ですわねっ」
マリレーヌはブチ切れてきた。どう対処しようかな。
「ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。マリレーヌ様に誤解を与えてしまったようで大変恐縮です。深くお詫び申し上げます」
このような返事でいいだろうか。分からん。
「ブランシュ様の謝罪に心がこもっていませんわっ。その態度は何なんですのっ。もっと誠実に謝りなさいよっ」
マリレーヌがわめき散らしてくる。マリレーヌの声が大きくて、こちらの耳が痛い。
「大変申し訳ございません」
私はひたすら謝った。私が謝罪するたびに、マリレーヌはもっと怒った。
そんなマリレーヌと私の様子を見て、周囲の貴族達はドン引きしていた。そして、貴族達はヒソヒソと会話していた。
「マリレーヌ様は怖いから、下手に逆らわないでおきましょう。でも、あんなマリレーヌ様と表面上親しくはしても、結婚などはしたくありませんね」
そんな声が小さく聞こえてくる。すると、マリレーヌが周囲を見て、みんなを思いっきり睨んだ。
「私は素敵な男性を捕まえますし、幸せな結婚生活を送ります。私の将来は絶対安泰ですのよ」
マリレーヌは強気に言っていた。まあ、マリレーヌみたいな女性が好きな男性も、多分いるだろう。
実際、そのあとマリレーヌは、男爵家の出のパスカルと結婚していた。パスカルもマリレーヌとよく似た性格で、人をいびることが大好きな人間だった。
パスカルとマリレーヌの夫婦にはみんな寄り付かず、遠巻きに見ていた。パスカルとマリレーヌはとても幸せそうに過ごしていた。子どももできたらしくて、パスカルとマリレーヌは子どもに夢中らしい。
「……」
というわけで、私もマリレーヌから全力で逃げた。逃走は生存競争においてすごく大事だしね。自然界だって、肉食動物から逃げない草食動物がいたら、ほぼ確実に死ぬだろうし。
そして、しばらくして伯爵家のヘルマンから私はプロポーズされて、無事結婚した。ヘルマンはとても優しい人で、私のことを大事にしてくれた。
やがて月日は流れて、ヘルマンと私の間に子どもが産まれた。とてもかわいい女の子だった。
この国では男の子しか後継ぎになれないから、女の子が産まれると嫌がる親は多い。なんなら、女の子が産まれたら、すぐさま殺すという過激なケースもある。
けれど、ヘルマンは違った。ヘルマンは、産まれた子どもを愛情深く見つめていた。
「ブランシュ様、この子を産んでくださってありがとうございます」
ヘルマンはそう言ってくれた。そして、ヘルマンは育児にも積極的に関わった。
この国の貴族の子どもの面倒は、使用人が行うものだと言われているけれど。ヘルマンと私は、子どもの成長をしっかりと確認したし、子どもとできる限り関わっていた。子どもに教育をしっかり受けさせるようにも努力した。
そうやって過ごし、私が二人目の子どもを妊娠した頃だった。不意に、パスカルとマリレーヌの悪いウワサが流れてきた。
「パスカル様とマリレーヌ様のご家庭は、ものすっごく大変みたいですわ。マリレーヌ様が子どもに怒鳴り散らして、パスカル様が子どもの頭を蹴り飛ばしているらしいのです。パスカル様とマリレーヌ様は、暴言暴力をしつけだと言い張っているそうですわ。でも、子どもの頭にダメージが残るかもって話にもなっているそうです」
家の休憩室から、メイドの会話が聞こえてくる。パスカルとマリレーヌの間に生まれた子どもは、とてもかわいそうだな。
「他人をいびる人って、成功しやすいとか幸せになりやすいとか、色々言われていますけれど。他人をいびる人が育てる子どもは、不幸になりがちですよね。だって、弱い者いじめ大好きな人間が、か弱い子どもを目の前にして、攻撃を我慢できるはずありません。もちろん、自分の子ども相手なら攻撃しないよと言う人は、多いと思いますけれどね。でも、普段人をいびっている人は、自分の子どもに対してもいびる癖が滲み出てしまいがちだと思うんですよ」
メイドのそんな声が聞こえてくる。その言葉が正しいかは分からないけれど、そのような考え方もあるのだろう。
「とりあえず、パスカル様とマリレーヌ様の件について、私は衛兵にこっそり通報しておきましょうか」
私は小さく呟いて、匿名で衛兵に通報しておいた。もちろん、貴族の夫婦の問題に、衛兵は干渉しにくい。そもそも、この国の子どもの人権なんて概念は、極めて薄い。だから、衛兵が動いてくれるかは正直微妙だった。
数年経ったあと、パスカルとマリレーヌの子どもが、自殺未遂を起こしたらしい。まだ幼い子どもが命を断とうとするだなんて、一体何をどうしたらそうなるのだろうか。
「私は私なりに、子どもを愛していたのです。なのに、どうしてあの子は死のうとしたのでしょうか。あの子は衛兵達に無理やり連れて行かれて、私達両親と引き離されました。あの子の安全のために隔離するだなんて、衛兵達は言っていたんですよ。以前から衛兵に通報が入っていたらしくって、それも衛兵の行動に影響したらしいのです。本当にふざけないでいただきたいわ。私はあの子に暴力を振るっていませんし、死ねって何度か怒鳴っただけですわっ」
社交パーティで、マリレーヌはそんなことを言って泣き崩れていた。誰もマリレーヌに声をかけなかったし、助けようともしなかった。なぜなら、誰かがマリレーヌに声をかけたら、その誰かをマリレーヌが攻撃してくると分かっているからだ。
「マリレーヌさあ、死のうとしたあの子を気にしても仕方がないだろ。あの子は失敗作だったんだよ。それに、あの子は女の子だったから後継ぎにもなれない、生まれつきの駄作だったんだ。ほら、マリレーヌは次の子どもを産めばいいだろ。今度は男の子を作ってくれよ」
パスカルはそんな風に言っていた。そのパスカルに向かって、マリレーヌがブチ切れた。
「パスカル様は何を言っていらっしゃるのですか。お腹をまた痛めて産むのは、この私なんですよ。あなたは夜の行為をするだけで、子どもが勝手に製造される感覚なんでしょうけれどね。私にとっては、子どもがどちらの性別であれ、とても大事な宝物なんですよ。大体ねえ、あの子が死のうとしたのは、全部パスカル様のせいでしょう。パスカル様があの子を蹴らなければ、あんな風にはならなかったんですっ」
マリレーヌの叫び声に対して、パスカルはうざそうな表情を浮かべた。
「ふざけんな。マリレーヌが死ねって何度も怒鳴ったから、あの子は死のうとしたんだろ。あの子は母親の言うことを聞いただけだろうが。死ぬことが正しいと教えられたから、あの子はそれを信じて頑張って死のうとして、努力が報われずに生き延びたんだろ。そもそも、マリレーヌはあの子に本をほとんど与えず、この国では一般的な家庭教師制度も断っただろ。つまり、世の中の正しい情報を、あの子に全然伝えなかったじゃないか。情報不足の中で考えたあの子には、マリレーヌの言葉を信じる道しか残されていなかったんだ。あーあ。間違った教育をされたあの子かわいそー。あの子がまともな教育を受けられなかった結果だとしても、無知は罪なんだから、結局あの子の自己責任になるんだよなあ。かわいそうなあの子の復讐として、俺はマリレーヌを百発ぐらいぶん殴ればいいのか。なあ。教えてくれよ」
パスカルはマリレーヌにそう言って詰め寄る。すると、マリレーヌはパスカルを全力で睨んだ。
「では、私はパスカル様の下半身をぶっ潰して差し上げますわ。パスカル様が子どもを二度と望めないよう、全て破壊いたしましょう。私に問題があったなんて言ってくるパスカル様の子孫なんて、残す必要ありませんもの。私は絶対に間違っていませんし、私こそが正義ですわ。そもそも、あの子に教育が足りないと思ったなら、パスカル様が何とかすればよかったでしょう。パスカル様も親であることをお忘れでしょうか。それとも、パスカル様はあの子への嫌がらせのため、あえて放っておいたのですか。ねえ、パスカル様答えなさいよっ」
マリレーヌのドスの効いた声が響き渡った。パスカルとマリレーヌの騒ぎを聞きつけて、パーティのスタッフが駆け寄ってきた。
そして、パスカルとマリレーヌは、スタッフによってパーティ会場を追い出された。そのあと、あの二人がどうなったのかは分からない。
「あんな風にはなりたくないですね。怖いと思ってしまいます」
自分は小さく言ってしまった。すると、ヘルマンが私をゆっくりと抱きしめてきた。
「そのように思うことができているブランシュ様は、きっと大丈夫ですよ。僕はブランシュ様と結婚して本当によかったと思っております」
ヘルマンの言葉がとても嬉しかった。優しい。
「ありがとうございます。私はヘルマン様と結婚できて、とても幸せです」
そう返事をして、私はヘルマンを抱きしめ返した。




