3 初めてのSuica①
(いつも見るあれは何なのかしら?)
昨年、車の運転免許証を返納してから、バスを利用する機会が増えた。
バスの乗り降りの際に、若い人たちがスマホを何かにかざす姿を頻繁に見かけるようになって、ずっと気になっていたのだ。
私の名前は静江。年齢は70歳。
今でこそ年金生活を満喫しているが、これでも定年を迎えるまで、事務の正規職員としてバリバリと働いていた。
仕事で使う機会も多かったパソコンやスマホも、同世代の中では、まぁ、それなりに使える方だ。
だからこそ、最近のバスの中での若い人たちの様子が目にとまったのだと思う。
今日は午前中の通院予約に間に合うようにと、朝の通勤・通学ラッシュのバスに久しぶりに乗った。
バスの中は寿司詰め状態。
こんな日は、バスの中で両替もできないだろうからと、予め小銭もしっかり準備してきた。
...バスを降りる時、若い人たちはスマホをかざしてサッとバスを降りていく。
その動きには一切の無駄がなく、とてもスマートで格好が良い。
一方の私は、片手に握りしめていた小銭でチャリン、チャリンと支払う。
まぁ、誰にも迷惑をかけてもいないし、我ながらいつも通りのスムーズな支払い方だったのだけれども、何とも言えない気持ちになった。
バスを降りた先に、大学生だろうか?若い女性が立ち止まってスマホを見ていたので、思い切って声をかけてみた。
「すみません。急いでいるところだったら大変申し訳ないのですけれど、少し聞いても良いかしら?」
知らないお婆さんから突然声をかけられたのだから、もしかしたら驚かせてしまったかもしれない。
最初はキョトンとした顔をされたが、すぐに笑顔で大丈夫ですよと返事が返ってきてホッとした。
バスの中での話をすると、スマホのアレはスイカというアプリを使っているのだと教えてもらった。
スイカではなく、『Suica』。発音が微妙に違うから気をつけないと。
アプリの入れ方は分かるので、自宅に帰ってから早速やってみる。
(うん。よし。できた。)
さて、ダウンロードはできたが、ここからどうしようか?
そう、思ってスマホの画面を見つめていたら、急に画面が白く光り始めて…
…気がつくと、真っ白い空間にいた。
白い長テーブルと椅子が2つあり、その1つに私は座っていた。
手元にはiPad、目の前には大きなスクリーンと、その横にはホワイトボードが置いてあった。
(ここは...教室?随分立派なところね。)
遠くから、カツカツとこちらに近づく足音が聞こえる。
視線を足音の方へ向けると、そこには背の高いハンサムな外国人の男性がいた。
仕立ての良い細身のスーツを着こなし、優しく微笑みながら、彼は私に、こう声をかけた。
「はじめまして、静江さん。私は、あなたの専属教師で名前をライアンと申します。今日から一緒に、この教室で学んで行きましょう。どうぞよろしくお願いします。」
流暢な日本語の挨拶と共に手を差し出され、よくわからないまま、とりあえず握手だけしてしまった。
この後、更に詳しい説明で、ライアンはAIで作られた教師であること、この教室は、私が学ぶために作られた、私だけの教室であることを知った。
「さて、静江さん。今日は何を知りたいですか?」
私は、その問いに間髪入れずに、こう答えた。
「Mr.ライアン。私はSuicaを使えるようになりたいんです。」




