1 天気図が読めない大人
はじめまして。本作が、はじめての投稿になります。
「小説になろう」でたくさんの作品を読んでいるうちに、自分でも書いてみたいと思うようになり、思い切って投稿してみました。
今回は、ひと区切りとして5話分をまとめて掲載しています。続きが書けるかどうかは、まだ未定です。
日常の中の小さな「学び」や「気づき」を、どこかで共感していただけたら嬉しいです。お読みいただき、ありがとうございます。
「はい、それでは天気図を見てみましょう…」
いつもと変わらない朝。
コーヒーを片手に、いつもの情報番組に目を向ける。
ちょうど、天気予報士が天気図の説明をする場面だった。
俺の名前は孝弘、30歳。
どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
営業職で外出する機会が多く、何となく天気予報は毎日チェックしてしまう。
今は冬に向かう時期。
俺の住んでいる東北では、道行く人たちの白い息が冬の訪れを感じさせる、そんな季節だ。
「…日本海側で低気圧が急激に発達しており…」
テレビから天気予報士の説明が聞こえる。
画面には日本列島、そして意味不明のよくわからない波線、「高」「低」の文字と数字。
(まぁ、天気図読めなくても、天気はわかるからなぁ。)と心の中でつぶやく。
そう。俺は天気図の読み方が良くわかっていない。
あれは中学校1年生の秋。
生物の授業で、天気に関する授業を受けた記憶はある。
記憶はあるが、授業の内容は全く記憶に残っていない。
それもそのはず。この頃、授業中に「手紙まわし」が大流行した時期で、年配の穏やかな生物の先生の授業は、手紙のやりとりには最適な時間だったのだ。
結局、生物の授業での手紙まわしは、1年生の冬休み手前まで続き、そこそこ成績は良かった方だったのだが、テストは悲惨な結果に終わり、先生や親からも心配される始末。苦い思い出だ。
(あの頃、もしも授業を聞いていたら、天気図の読み方くらい何てことなかったのかな。)
ふと、そんなことが頭をよぎったが、天気図が読めなくても、ニュースで解説が入るので日常生活には何も支障はない。趣味は、家で映画か読書かゲームのインドアな俺は、登山やアウトドアスポーツとも無縁の生活だ。天気図が読めなかったとしても、一生困ることはないだろう。
(さて、そろそろ仕事に行く準備をしないとな。)
コーヒーカップを片付け、身だしなみを整えるために洗面台のドアを開けた。
「…せんせーい、天気図なんて読めなくても別に困らなくねぇ?」
「まぁ、そうなんですけど…でもね、読めるようになると結構楽しいですよ。ちなみに先生は、ニュースを見るときに天気予報士になったつもりで予想するのが趣味です。」
「えー、何それ?それ、楽しいの?ギャハハ...」
(どこかで聞いたことがある声だ…)と思いハッとする。
目の前には教室の授業風景が広がっていた。
周りを見渡すと、そこは白い空間で、授業風景がテレビのように映し出されている。
黒板の前には背が高く、がっちりとした体格の黒縁めがねの白髪の老人が立っていた。
「生物の…柴田先生? 質問しているのは…あぁ、アイツかぁ。」
質問していたのは通称ヒデ。クラスでもムードメーカーのような存在のクラスメイトだ。
授業中に色々と先生に絡んだり、文句を言ったりして授業を中断する迷惑なやつなのだが、なぜか、その割に成績は良くて、運動神経も抜群。サッカーの特待生という何ともうらやましい奴だ。
なんだか良くわからないが、中学1年の「あの時」の授業が目の前で再現されているらしい。
柴田先生の説明は続く。
「天気図にはたくさんの線が引かれていますが、これを『等高線』といいます。同じ気圧のところを線で結んでいて、4ヘクトパスカルごとに線が引かれています。」
(おぉ、波線の意味が今ようやくわかったぞ。俺、そういえばノートすら取っていなかったもんなぁ。)
「天気図に記載されている「高」は高気圧、「低」は低気圧を示しています。」
「『明日は高気圧に覆われて…』なんてフレーズ、良く天気予報で良く聞くでしょう?高気圧は、中心に下降気流があるので、上空に雲ができないから、良いお天気になるんです。」
「…それから『~からの低気圧が近づき』なんて言葉も良く聞くでしょう?低気圧は、中心に上昇気流があるので、雲を引き連れてくるんです。だから天気は下り坂になる。」
柴田先生は、黒板の天気図を見ながら説明してくれる。
(さすがに気圧表示はわかっていたけど、雲ができる理由とか考えたことなかったな。これ、中1なら誰でも知っている一般常識だよな。授業聞いてなくて知らなかったとはいえ、結構やばいよな。)
「そしてね、このグルグルと渦巻いている等高線の混み合っている部分ほど、風が強いことを示しているんですね。等高線の状態で風の強弱を読み取ることができるんですよ。ちなみに皆さん、この北海道付近にある低気圧、どれくらいの風の強さかわかる?」
先生が示した先には、低気圧のグルグルと⇒20㎞/hの文字が添えてある。
(ん? 1時間で20キロ進む風の強さってことか?いやいや、それでも全然わかんねぇよ。)
案の上、クラスメイトの誰も答えられず、会場は一気にざわめきはじめた。
「はいはい!先生、俺わかる!これ、やばいヤツだ!」
ヒデが勢いよく手を上げながら、答えを言ってしまった。
(はぁーあ、昔から目立ちたがりで、ああいうヤツだったよ。わかるって本当か?目立ちたくて適当に言ってるだけじゃないのか?)
「正解です。この時の天気予報は『歩行困難、外出危険な風』。良くわかりましたね。」
「おっ!当たったんだ。この間、似たようなグルグルをテレビで見たからさぁ。あの日、風強かったし。」
(半分、勘で答えたって感じか。でも、何の気なしに見てたテレビの画面覚えてるって、すげぇな。)
おそらくヒデは地頭が結構良いヤツだったのかもしれない。
先生に絡んだり、質問したりが多いのは、色々なことに興味や関心があることの裏返しだったのか。大人になった今だからこそ気がついたことだった。成績が良い理由も納得だ。
「それから、もう一つ忘れてはいけないのが、『前線』の存在です。前線には4つの種類があって、それぞれに性質が異なり、天候を変化させるんですよ。テストに出しますから覚えましょうね。」
(そう、これ『前線』な。俺が、いちばん意味がわかんなかったやつ。唯一、分かるのは梅雨の時期に良く出現する停滞前線だけ。)
柴田先生は、4つの前線である寒冷前線・温暖前線・閉塞前線そして、停滞前線の説明をした。
(停滞前線のこと、ちゃんと覚えてるじゃないか俺。他の前線も今度はメモ取ったからバッチリだ。)
柴田先生の解説は続く。
「例えば、温暖前線と寒冷前線に挟まれた部分は比較的天気が良い…とか、西高東低の気圧配置は、日本海側は雪で、太平洋側は晴れる・・・とか、天気図を見ながら、どんな前線が、どんな進路をたどるのか、気圧の配置はどうなっているのか等をチェックすると、自分でもちょっとした天気予報ができるようになりますよ。」
「あ、そろそろ授業が終わりますね。では今日の宿題は、サイエンスワークの42ページを…」
柴田先生の声が徐々に遠くなり、気がつくと洗面台の鏡の前に立っていた。
時計をチラ見すると、時間に変わりなく、一瞬の出来事だったらしい。なんとも…不思議な体験だ。
テレビ画面からは「冬らしい西高東低の気圧配置でしょう」の解説が聞こえてくる。
(どうやら今日は冷えるが、良い天気らしいな。)今日は良い日になりそうだ。そんな気がする。




