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追放聖女、三日後の公開監査で即求婚される

作者: 夢見叶
掲載日:2025/12/18

「王宮から追放する。聖女の名も返せ」


「承知しました。開店します」

 笑い声がはじける。誰かが鼻で笑い、誰かが肩をすくめた。王宮の回収役が、紙束みたいな顔で私を見下ろす。

「聖女が商売だと」

「ええ。癒せと言われた腹を、私は満たします。これからは物で」

 扉の隙間から、関所の印章がのぞく。国境勤務の守り手だ。名札は見えない。ただ、目だけが私の言葉を拾っていた。


 泣いて終わる話にしない。追放されたなら追放先で勝つ。王宮に戻されて道具にされる前に、私は居場所を作る。三日後、関所前の公開で、誰の嘘かを確定させる。守るのは、ひとつ。私の店の補給だけだ。国境の補給は紙で回る。だから私は紙で嘘を確定させる。


 回収役が私の首から聖女の紋章を引きちぎった。金具が床を跳ね、広間に鈍い音が転がる。

「名も権限も没収だ。国境へ行け」

 私は拾わない。拾ったら、まだ王宮のものになる気がした。

「行きます。でも、あなたの嘘は行きません」

「口が減らない」

 回収役は笑って、私の手元へ通達を投げた。追放の通達だ。私は折りたたみ、懐へ入れる。残るものは、追える。廊下へ出た瞬間、空気が少し軽くなった。笑い声は扉の向こうに置いてきたはずなのに、耳の奥でまだ鳴っている。耳に残る芯は、不足の責任を私に押しつけたという事実だ。口を塞ぐための追放なら、紙で塞ぎ返す。


 護送の列の端に、さっき扉にいた関所の守り手もいた。目が合う。私は何も言えない。彼も何も言わない。

 王宮の回収役と同じ側の人間なのか。私を国境で見張り、いずれ連れ戻すのか。

 わからない。だから私は、泣かずに先に動く。


 翌日、私は国境へ向かう荷車に乗せられた。


 道は寒い。頬を刺す風は、王宮の言葉より正直だ。腹が減るなら減ると言うし、凍えるなら凍えると言う。

 私はパンをかじりながら、追放通達の裏に炭で品目を書きつけた。干し肉、塩、油、毛布。


 国境へ着く頃、荷車の板は霜で白くなっていた。私は空き小屋を見つけ、箱を並べた。

 保存のきく干し肉、固いパン、塩、灯りの油。毛布。薬草の束。鍋をひとつ。

 火を起こし、鍋に湯を沸かす。湯気が立つだけで空気が少し柔らかくなる。

 遠巻きの目が寄る。追放された聖女という噂は早い。けれど、湯の匂いも負けない。

 私は板に炭で書いた。開店。たったそれだけ。

 列ができる。私は一人ずつに物を渡し、紙を切り、印を押して渡した。

 レシートを渡した。


 夕方には列が伸びた。湯に干し肉を落とし、塩を入れる。香りが広がるたび、視線が柔らかくなる。

 私はレシートを切り続けた。紙を切る音は、開店ベルの代わりだ。レシートは笑わない。だからこそ、私が笑える。


 夜、関所前の火が揺れた。列は解けても闇は残る。小屋の前に影が立った。

 鎧。剣。関所の守り手だ。あの目だ。

「ここは夜に荒れる」

「わかっています」

「今夜は俺が当番だ。詰所の規律で、お前の前に立つ」

 彼は小屋の前に立ち、通りを塞ぐように肩を張った。風が鎧に当たり、乾いた音を立てる。

「あなたは」

「関所の護衛だ」

「名は」

「今はいい。監査が終わるまで、名も立場も明かせない」

 名を聞かないほうが楽なときがある。私はうなずいた。

「俺はここに立つ。だから、荒らさせない」

 彼の言葉は短い。短いから骨まで届く。

 私は鍋を指した。

「湯だけでも飲みますか」

「勤務中だ」

「なら、湯気だけでも。凍えると刃が鈍ります」

 彼はその場で湯気を吸い込み、目を細める。

「……助かる」

 それだけ。けれど、そのひとことが、私の背中を温めた。


 翌朝、私は店の戸に小さな鈴をつけた。捨てられていた鈴だ。指で鳴らすと、ちいさく澄んだ音がする。

 鈴が鳴るたび、私は心の中で言い直す。開店。補給。守るのはそれだけ。

 私は列に告げた。捨てないで、と。いざというときのために。


 日が進むにつれ列は伸び、品は減った。私はレシートを積み、並んだ印だけを見た。紙が嘘の形を浮かび上がらせる。


 列の中で、いつも王宮の指輪が光った。受け取りの印を押すたび、その形がレシートに残る。

 なぜ、ここに。

 問いは遅い。紙はもう、答えの形を作りはじめている。


 その夜、店の裏で物音がした。木板がきしむ音。箱がずれる音。

 私は鍋を置き、戸に手をかけた瞬間、外で鎧が擦れる乾いた音がした。

 次の瞬間、物音が止み、足音が遠ざかった。

 護衛の男が戸口に立つ。

「大丈夫か」

「助かりました」

「礼はいらない。詰所の規律だ」

 それは命令みたいで、でも祈りみたいだった。


 裏手に残ったのは、動いた跡だけだった。怒りは火だ。でも火は鍋を温めるために使う。

 殴らない。叫ばない。淡々と積む。

 レシートを。


 ここへ来る前の記憶が、ふいに戻る。帳尻の合わない紙を突きつけた私に、回収役は「祈りが足りない」と笑った。背後で金貨が鳴った。だから私は、祈りより紙を信じる。


 私は客に頼んだ。レシートは捨てないで、と。

 不思議そうな顔が返ってきても、私は理由を短く言う。守るために、と。

 戻ってきたレシートは、少し汚れていた。折り目がついていた。握った跡が残っていた。

 それが嬉しかった。生活は汚れるものだ。汚れた紙ほど真実に近い。


 私は紙束を紐で括った。切って渡した紙が戻ってくる。客が私の店にレシートを見せに来るからだ。

 私は紙を受け取り、束に加える。紐を引く。束が締まる。束は重くなる。

 両手で抱えないと落ちる重さになったとき、私は確信した。

 勝てる。

 勝てる形に、もうなっている。


 その日の昼、関所で配給の話が飛び交った。

 私は耳を澄ませ、唇を噛む。

 次の配給日までに決着をつけない。指が冷える。心が熱くなる。

 私は紐の結び目を指で確かめた。ほどけないように、でもほどくときは迷わないように。明日に備えて言葉も短くする。難しい話はいらない。レシートを見せればいい。

 私が守るのは、この店の補給だけだ。


 夕方、護衛の男は列の端に立ち、押し合いになりそうな場所へ一歩だけ前に出た。

 彼の守り方は、詰所の規律どおり前に出ることだけだ。私への情を匂わせず、列が崩れないように線を引く。

 私はそれを見て、いまは補給に集中すると決めた。

「どうして、そこまで」

 私が聞くと、彼は視線を外した。

「関所が荒れるのを、見たくない」

「それだけ?」

「……それだけで足りる。だが、お前が凍えるのも困る」

 その一言が、胸の奥を静かに甘く刺した。


 翌朝、関所の門がざわめいた。王宮の紋章をつけた馬が来た。馬の背に、あの紙束顔が乗っている。回収役だ。

 私の小屋の前で馬を止め、鼻を鳴らした。

「見つけたぞ。元聖女」

「ここは私の店です」

「店など許可していない。戻れ。王宮の配給に口を出すな」

 私は笑わない。笑うのは最後にする。

「不足の責任を、私に被せるための追放ですね」

 回収役の眉がぴくりと動いた。

「何の話だ」

「あなたの話です」

「口を慎め。紙切れで何ができる」

「紙切れなら、あなたの追放通達も同じです」

 私は懐から通達を出し、指で弾いた。ひらりと揺れた。

 回収役が馬から降り、私に近づく。距離が詰まる。圧が増す。


 そのとき、護衛の男が職務どおり私の前に立った。鎧の肩が、私と回収役の間を塞ぐ。

「通るな」

「貴様、関所の護衛が王宮に逆らうか」

「俺は関所を守る。補給線を切らせない」


 回収役が私の箱へ手を伸ばした。奪い返すつもりだ。

 私は戸の鈴を鳴らした。澄んだ音が、列の端の目をこちらへ寄せる。

「昨日までに買った人、レシートを」

 白い紙が次々掲げられた。小さな旗みたいに揺れる。

「それは王宮の物だ」

「違います。買った人の物です」

 回収役の指が止まる。紙が喋るのを、止められない顔だ。

「……明日だ。関所前で片を付ける」

 回収役は馬の手綱を握り直し、一歩退いた。

 舌打ちは追い詰められた者の音だ。


 私は回収役に背を向け、関所の詰所へ歩いた。足は震えていない。震えるのは怖いからじゃない。怒りが燃えているからだ。

 扉を叩く。

「関所長。話があります」

 中から低い声が返る。

「揉め事は困る」

「揉め事ではありません。公開で確かめるだけです」

 私はレシート束を抱え、詰所に入った。関所長は机の前で腕を組み、私を見た。目が厳しい。厳しいから裁定できる。

「何を確かめる」

「配給の量です。紙がここにあります」

「紙」

「レシートです」

 関所長は鼻で笑いかけて、やめた。束の重みが、笑いを止めさせた。

「明日正午。関所前で公開監査をする。集まれる者は集まれ」

 宣言は短い。短いから誰でも聞ける。

 私は頭を下げた。勝ち筋が音を立てて固まった。


 監査前夜、火のそばで住民たちが小さなレシートを確かめ合っていた。私が「捨てないで」と頼んだ紙だ。紙を握る音が連なる。小さな紙が、今日は重い。護衛の男はその輪の外に立ったまま、私にだけ短く言った。

「終わったら、今度は名を呼んでくれ」

 低い声が、ほんの少しだけ柔らかかった。

 私は小屋の中で、レシート束をさらに締めた。紐が指に食い込む痛みが、私を現実に繋ぐ。


 翌日、正午。関所前に人が集まった。目は揃っている。腹の痛みは、目を揃える。

 回収役は王宮の紋章を見せつけるように立ち、関所長の前で腕を組んだ。

「こんな茶番を許すのか」

「公開監査を開始する。今ここで確かめる」

 関所長の声が響く。風に負けない声だ。


 私は前に出た。レシート束を抱え、もう片方の手に小さな紙を持つ。最初に渡したレシートだ。端が少し汚れている。汚れているのは生活の証だ。

「支給が目に見えて薄くなっています。なのに、同じ日に特定の品だけが大量に動いています」

 私は短く言い、紙を見せる。日付。品目。額。

 回収役が笑った。

「店の売上など、配給と関係ない」

「関係あります。帳尻が崩れた日、同じ品がこの店で山ほど動きました。誰が買える量でしょう」

「民が買ったのだろう」

「なら、レシートが残ります」

 私は観衆へ手を向けた。紙が掲げられる。あちこちで白い小さな旗が揺れる。

 回収役の笑いが薄くなる。薄くなるほど、下の焦りが透ける。


「偽造だ。紙なら書ける」

「書けます。でも、同じ日に同じ品を同じ量だけ買ったことにして、ここにいる全員を揃えられますか」

 私は言い切った。偶然で勝たない。準備で勝つ。準備はこの紙の山だ。

 回収役が私に近づこうとする。手が伸びる。レシート束をつかみに来る手だ。

 護衛の男が前に立った。進路を塞ぐ。

 回収役が吐き捨てた。

「紙切れで何ができる」

 護衛の男は動かない。ただ私の前に立ったまま、低く言った。

「触るな。俺は王宮側じゃない。関所長の命で、お前の前に立っている」


 私は息を吸い、レシート束を地面に置いた。机はいらない。土は真実を受け止める。

「証拠なら、こちらです」

 紐をほどく。紙が広がる。紙の山ができる。山は嘘の山ではない。買った日の山だ。腹を満たした日の山だ。

 私は紙の端をつまみ、受け取りの印が並ぶ場所を示した。

「この印を見てください」

 回収役の指にある指輪と、同じ形の跡が、何枚も押されている。

 回収役の顔が引きつった。

「誰かが勝手に押した」

「なら、誰が押したかも公開で追えます。ここにいる全員が、買った日を持っている」

 逃げ道は塞がれていく。紙で。目で。腹の痛みで。


 関所長が腕を組み直した。

「回収役。説明しろ」

「配給は王宮の管理だ。関所の者が口を出すな」

「今は関所の監査だ。ここで確かめると言った」

 関所長の声が落ちた。落ちた声は逃げない。


 回収役は口を開き、閉じた。言い訳が見つからないとき、人は黙る。黙ると紙が喋る。

 私は最後の紙を持ち上げた。支給が薄い日にだけ、この印が並ぶ。並び方が、薄さと同じだ。

「不足の責任を、私に被せるための追放でした。私が黙れば、この印は消える。そうですね」

 回収役の顔色が変わる。紙束顔が、紙みたいに薄くなる。

「黙れ」

 声が荒い。荒い声は負けの音だ。


 関所長が手を上げた。

「不正は確定だ。詰所の衛兵、回収役を拘束しろ」

 衛兵が動いた。回収役の腕がねじられ、紋章が揺れる。揺れるのは権威のほうだ。

 観衆の中から息が漏れた。歓声ではない。安堵の息だ。安堵は遅れて笑いになる。

 関所長は私へ視線を向け、短く言った。

「店は続けろ。補給を切らすな」

 それは許可で、命令で、祝福だった。


 回収役が引きずられていく。その背中に、私は言わない。ざまあみろとも言わない。言わなくても紙が言っている。

 私はただレシート束を抱え直した。重い。重いから、私の勝ちが手にあるとわかる。


 監査が終わり、夕方の風が冷たくなった。関所前の人波がほどけていく。

 私は小屋へ戻り、戸の鈴を指で弾く。澄んだ音が関所の風に混じった。明日も開店する。補給を切らさない。それだけで、今日の勝ちは続く。

 不正が裁かれた関所前、関所長と見物人がまだ残るその場で、カイは私の前に立ったまま『追放されても泣かずに開店した、その背中に落ちた。俺の妻になれ』と宣言し、私は頷いて勝利の甘さを噛みしめた。

お読みいただきありがとうございました。寒い関所で立つ湯気と、紙が嘘を削る感触が、読み終えたあとも少しだけ温かく残ったら幸いです。よろしければページ下の☆☆☆☆☆評価とブックマークで応援をお願いします。星は一つからでも反映されます。ブクマは次作の更新目安にもなります。感想は「刺さった一文」「一番スカッとした所」「好きな台詞」いずれか一つだけでも歓迎、短くて大丈夫です。いただいた反応はすべて拝読します。


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