4話
室井は、交番の机に積まれた報告書を眺めていた。蛍光灯の白い光は冷たく、無線の雑音は耳障りで、同僚の「今日は静かだな」「暇だな」という言葉は、もはや彼にとって意味を持たなかった。銭湯の感電死も、図書館の薬物中毒も、交番内の突然死も、すべては完璧に処理され、誰も疑わなかった。だがその完璧さこそが、彼を苛立たせていた。成功すればするほど、心は空虚になり、退屈は深まるばかりだった。
「やっぱり張り合いがない」――その呟きは、乾いた溜息のように机に落ちた。自分の知能を試す相手がいない。誰も気づかない。誰も挑んでこない。室井は、自分が同じことを繰り返していることに気づき、その滑稽さに苛立ちを募らせた。
だがその苛立ちは、やがて別の熱へと変わり始める。机の引き出しから地図を取り出し、赤いペンを走らせた瞬間、胸の奥に久しく感じていなかった昂ぶりが芽生えた。線は駅前の広場から商店街を抜け、祭りの会場へと続いていく。人が集まる場所、人が群れる時間、人が油断する瞬間――凡庸な日常が一瞬で崩れる光景が、彼の脳裏に鮮やかに浮かび上がった。
その想像に、室井の呼吸は速くなり、頬が熱を帯び、口元に笑みが浮かんだ。屋台の配置を変え、通りの出口を塞ぎ、群衆の流れを一点に集中させる。人々が押し合い、転び、倒れ、連鎖的に崩れていく――その映像を思い描くたびに、心臓が高鳴り、空虚さは快楽へと変わっていった。彼は思わず声を漏らした。「これだ……これだ!」
さらに彼は、信号機のタイミングを操作し、交通の流れを混乱させることも考えた。停電を利用して交差点を麻痺させ、救急車の到着を遅らせる。群衆の混乱と交通の混乱を重ね合わせれば、凡庸な日常は一瞬で崩れる。警察は「雑踏事故」「設備不良」「偶然の重なり」として処理するだろう。その凡庸さを思うと、室井は笑いを堪えきれなかった。
「事故死ではなく、災害に見せかける」
その言葉を口にした瞬間、声には確かな弾みがあった。凡庸な警察組織も、凡庸な社会も、もはや彼の知能を試す相手にはならない。彼は自分の計画を「大一番」と名付け、退屈を破壊するための準備を始めた。蛍光灯の光が机の上の図面を照らし、室井はペンを握りしめたまま、笑みを浮かべて呟いた。
「これでようやく、退屈を壊せる」
その瞬間、彼の心は空虚から解放され、危険な高揚に満ちていた。小さな遊戯から社会全体を巻き込む暴走へと、室井の知能は転じていった。胸の奥で燃え上がる熱は、もはや抑えられなかった。




