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張り合いがないから  作者: 双鶴


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10/12

9話

街は次第に機能を失っていった。祭りの通りで始まった混乱は、交通網を麻痺させ、駅前の改札には人が溢れ、電車は運行を停止した。バスも道路に取り残され、乗客は車内で不安げにざわめいていた。信号は狂い、交差点では車が立ち往生し、クラクションが絶え間なく鳴り響く。都市の鼓動は乱れ、秩序は音を立てて崩れていった。


混乱は交通だけに留まらなかった。病院には負傷者が押し寄せ、救急車は渋滞に阻まれて到着できない。医師たちは「このままでは医療崩壊だ」と声を荒げ、テレビは「都市の安全網が機能停止」と報じた。学校では保護者が子どもを迎えに殺到し、校門前で押し合いが起きる。スーパーやコンビニでは買い占めが始まり、棚は空になり、人々の不安は生活の隅々にまで広がった。


金融機関にも人々が殺到した。ATMの前には長蛇の列ができ、現金不足の噂が広がる。株価は急落し、経済ニュースは「市場の不安定化」を繰り返し報じた。人々は財布の中身を確かめながら、明日の生活に怯えた。


宗教施設にも人々が集まった。寺の境内では祈りの声が重なり、教会の鐘は絶え間なく鳴らされた。人々は恐怖を鎮めようと祈りを捧げたが、混乱は収まらず、信仰の場さえも不安の渦に呑み込まれていった。


文化の場も閉ざされた。映画館や劇場は休館を発表し、街の灯りは次第に消えていった。娯楽の場が失われ、都市は「舞台」から「廃墟」へと姿を変えつつあった。


情報インフラも揺らいだ。ネット回線は不安定になり、SNSは断片的な情報しか流せなくなる。人々は「真実」を見失い、噂と恐怖だけが増幅していった。


報道は「都市機能の停止」として連続速報を流し続けた。キャスターは「市民生活に重大な影響が出ています」と声を震わせ、専門家は「偶発的な事故ではなく、都市全体を狙った計画的なものではないか」と分析した。行政は緊急会見を開いたが、曖昧な言葉ばかりが並び、怒りと不安はさらに広がった。


警察内部も崩壊していた。無線は錯綜し、指揮系統は麻痺し、現場の警官たちは「偶発か計画か」という問いを繰り返すばかりで、誰も答えを出せない。組織は揺らぎ、秩序は音を立てて崩れていった。


室井はその光景を見つめていた。群衆の恐怖は街を覆い、秩序そのものが舞台へと変わっていく。都市全体が観客となり、彼の計画は完成したかのように見えた。だが彼の胸に芽生えたのは、奇妙な空虚だった。観客は確かに存在する。都市全体が彼の舞台に変わっている。だが、その反応は予想通りでしかなかった。恐怖は拡散し、怒りは行政へ、混乱は警察へ――すべてが予定調和のように進んでいく。


「張り合いがない」室井は心の中で呟いた。舞台は成立している。だが、観客は彼を追い詰めてはくれない。恐怖は広がるが、彼自身を揺さぶるものはない。舞台監督としての高揚は、次第に退屈へと変わり始めていた。


都市の灯りは不安に揺れ、秩序は崩壊し続ける。だが室井の心には、静かな虚無が広がっていた。舞台は拡張され、都市全体が観客となったはずなのに、彼の内側は冷え切っていく。恐怖の連鎖は社会を揺るがしたが、室井にとっては「張り合いのない舞台」と化していた。


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