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第十二話

 仕事場である内裏だいり内の建物を出たところで季嗣は呪符につつじの花の汁を一滴垂らした。幻術の呪符のお礼に良仁がみずら髪姿の少年から受け取ったという濃い桃色のつつじだ。

 花の汁が染み込んだ呪符に季嗣がふーっと息を吹きかけるとただの紙片だった呪符が白いスズメの姿に変わった。ついてこいと言わんばかりに季嗣と良仁を一瞥いちべつ。白いスズメは羽を広げて道案内を始めた。

 風の影響を受けることもなく、人間である季嗣や良仁に怯えることもなく、低い位置を安定して飛んでいく。そうやって四半刻ほど飛んだところで白いスズメはある屋敷の門へと続く広い道に出た。

 その屋敷と言うのが――。


「我が家だねぁ」


 季嗣の自宅、桂家の屋敷だったのだ。


「その少年ってうちの家人の子供とか、関係者だったりするのかな?」


「それなら私が名前も顔も覚えています」


「だよねぇ、記憶力のいい良仁君が覚えてないなんてことはないよねぇ。……ていうか、どうしたんだろうねぇ」


めていますね」


 名門貴族の屋敷らしい立派な門の前に二人の男が立っていた。

 一人は身なりからしてそれなりに裕福な家出身の下級貴族だろう男。腰に刀を差している様子からして犯罪の取り締まりなどを担当する検非違使の下っ端だろうか。男がふんぞり返って相対しているのは色のせた水干すいかんを着た少年――いや、青年と言うべきだろうか。

 長い黒髪は馬の尻尾のように低い位置で一つに結っている。腰には刀を差している。どこかの屋敷に仕える家人で、使いとして桂家を訪れたのだろうか。包み布で包んだ荷物を二つ、両手に持っていた。


「君みたいな無位の庶民が桂家のご当主様はもちろん、家臣や武士の方々にだって取り合ってもらえるわけがない。私が話してきてあげるからその荷物を渡しなさいと言っているんだ」


 下級貴族だろう男は青年の荷物を指さして言った。


「受け取った報酬は後で届けてあげよう。屋敷に帰って楽しみに待っているといい」


「お心遣いは感謝いたします。ですが、結構です。自分で桂家の方々に説明しますし、お会いできるまでここで待ちます。持ち切れずに置いてきた分の話もありますから」


「その〝置いてきた分〟の話も伝えておいてあげるから話しなさい。遠慮することはない。貴族社会(この世)のことは貴族社会(この世)にいる人間でなければわからないもの。庶民の君よりも私が話した方が事はずっと早く、上手く進むよ」


 にこにこと胡散臭うさんくさい微笑みを浮かべる男を青年と、離れた場所から見ている良仁も冷ややかに見つめる。

 盗賊の首に懸賞品をけたと桂家現当主が触れまわって以来、屋敷のまわりにはこの手の人間が常にうろうろしている。手柄を横取りしようというのもあるが彼らは都の警備も担当する検非違使。自分たちが捕らえるどころか見つけることすらできない盗賊を下手な者が捕らえたとあっては面子が立たない。無位で庶民の青年などもってのほかだと思っているのだ。


「……だから、君みたいにケツが青くて無位の若造が盗賊の首を捕ってきたなんて言って信じてもらえるわけがないだろ。変に勘繰られるより貴族の私に任せた方が利口だと教えてあげているんだよ。この世のことわりを教えてあげているんだよ」


 返事がないことにか、冷ややかな目にか。男は苛立った様子で青年に向かって言い捨てる。しかし、青年も引かない。


「私だけの問題であればいくらでもお渡しいたしましょう。ですが、これはあの人の婚約を叩き潰……望むものを手に入れるために必要な物。お渡しするわけにはまいりません」


 微塵みじんも信用していないと言わんばかりのにこやかな微笑みで青年が返す。

 何やら不穏な言葉が聞こえたような気がしなくもなくもないが、良仁も青年と同じ意見だ。信用ならない。

 下級貴族だろう男に預けたが最後、手柄も懸賞品もさらわれて終わりだろう。本当に手柄をあげたのは自分だ、男に手柄を奪われたのだと訴えたところで無位で庶民の青年の言葉に耳を傾けてくれる者はこの都にはいない。

 同様に無位で庶民の青年の荷物を奪ったところで男をとがめる者もいない。青年が仕えている貴族の物であれば誰かしらが咎めるし、男も強引に奪ったりはしないだろう。

 でも――。


「いいから! その手に持っている物をこちらに寄越せと言っているんだ!」


「……」


 苛立ちに任せて刀を抜く男の様子からして青年の私物なのだろう。


 青年は男の動きを冷静に観察している。怯えている様子はない。

 それでも――。


「やめろ……!」


 良仁は男に向かって叫んでいた。

 青年の手柄や持ち物を奪ったところで男を咎める者はこの都にいない。同様に青年の命を奪ったところで男を咎める者もこの都にはいないのだ。


 男と青年の元に駆け出そうとする良仁の前に立ちふさがったのは――。


「良仁君! 良仁君が言っていた少年って、もしかして彼のことだったりする!?」


 年下の主人である季嗣だった。

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