六話 長い舞台
絶叫する男を、リオンは絞首台から眺めていた。
狂ったように娘の名前を呼び、謝る哀れな男。
その様に、口角が上がるのが、自分でもわかった。
そんな顔を街の人に見せる訳にもいかなくて、空を見上げる。
そう、これだ。
これが見たかったのだ。
あの日、俺を、父を、罪人に仕立て上げ、虫けらのように扱った男。
豪華な椅子に座り、傲慢に父を嬲った男。
友を想い、進言した父を裏切った、憎い男。
その男が、虫けらのように地面に這いつくばって、泣き喚く。
(ざまぁみろ。)
だが、まだだ。
まだ終わらない。
もっともっと、苦しめばいい。
俺の、父の苦しみを味わうがいい。
それが、父の手向けになるから。
「…リオン。」
「シギ。」
声の方へ振り返れば、そこにはシギがいた。
その手に持ってる紐の先には、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした哀れな男で。
「何を言ったんだ?」
「内緒。」
「……。」
まただ。
また、シギは何かを隠すように笑みを貼り付けて、答える。
それを言おうとして、止めた。
きっとまた、さっきのように誤魔化すのは解っていたから。
立ち去る時のあの怒っている様子も見えないし、いつも通りのシギだ。
なら、大した問題でもないだろう。
(…さっきのは、俺の気のせいだったか。)
1人そう納得していると。
シギがそういえば、と言いたげに話しかけてきた。
「この後は屋敷から金品を回収して換金するんだよね?」
「その予定。金額次第では街の人に返すつもりだ。」
「金額次第?」
「あぁ。
無実の罪で殺された人たちの、墓を作ってやりたいんだ。」
罪人と烙印を押され、打ち捨てられた同志。
そんな彼等を、放ってはおけなかった。
「アニシアとこの男の亡骸はどうするの?」
「彼等の遺体を回収し終わったら、捨てとけ。」
「…そう。
なら、最初の通りこっちでどうにかしとくよ。」
「任せた。」
確認が終わり、男に視線を向ける。
会話を聞いていたからこそ、男の表情は更に歪んでいて、愉快だった。
「なんだ?まさか手厚く埋葬されるとでも思ったか?」
「…それ、は…。」
「そんな事、してやるわけないだろう?
俺の友を、仲間を、父を殺したお前なんかに。」
「……。」
「さぁ、懺悔の時間だ。
ディルニア・フィニシュード。」
―改めて、お前の罪を皆に話そうじゃないか―
そう告げたが、今更か。と思う。
だってこのやり取り全てが、街の人に見られているのだから。
チラ、と見下ろせば男の絶叫で静まり返っていた住民が、固唾をのんでこちらを見ている。
その様子に笑みがまた、零れる。
ただの処刑では面白くない。
だから、こうした。
わざと処刑まで時間が出来るようにした。
そうすれば、あの親子は罪人として、見世物として、長く長く人目に晒されるから。
領主として築き上げたプライドを、ズタズタにするのに、最適だったのだから。
そして何より、死への恐怖を長く長く、与えられるから。
(提案をしてくれたシギには感謝だな。)
『わざと長く時間をかけよう。』
最初にそう言われた時は、何故、と思った。
あんな奴ら、さっさと殺してしまえばいいのに。
そんな俺に、シギが言ったのだ。
時間を長くかけ、じわりじわりとアイツ等に後悔と死への恐怖を与えようと。
虫すら殺せない従兄が、そんな提案するなんて思わなかった。
でも、それと同時に思った。
自分と同じくらい、あの親子を憎んでいるのだと。
それに何より、その提案によってアイツ等を苦しめられる。
だから、シギの提案に乗った。
「さぁ、お前の罪を語ろうか。」
この舞台も大詰めだ。
仕上げといこう。罪人よ。