五話 思い出す
ポタポタと、涙を流し、蹲りながら、男はまた、自問自答を繰り返す。
どうして。
どこで私は間違った。
生まれから間違ったのか。
違う。
そうしたら、ベルリアに出会うことは無かった。
金が無かったことか。
違う。
無くても、幸せだった。
ベルリア…ベルが、アニシアが居たのだから。
あぁけれど…。
金が無くて、その幸せも失った。
金さえあれば、ベルは病気を治せた。
金さえあれば、アニシアがベルを…母を失うことはなかった。
金さえ、金さえあれば…。
金さえあれば、幸せになると信じた。
だから私は―…。
生まれ育った小さな村を、育てていった。
行き場を失った人を迎え入れ、人口を増やした。
道を舗装し、交通を良くした。
そうすれば人はおのずと流れを作った。
そうやって、村を育てた。
育てれば育てるほど、私の元には金が入ってきた。
私を幸せにしてくれる、金が。
そして村は街へ成長した。
街は更に成長し、私は爵位を得た。
そして私は領主となった。
街が、領地が、大きくなればなるほど、金が手に入った。
私が思うままに使える、金が。
そう、これさえあれば。
―アニシアを幸せにできる―
沢山の宝石を、服を、アニシアに与えた。
贅を尽くした食事を用意した。
あの頃と比べ物にならない、金があるから出来る事を全て与えた。
そうすれば、アニシアは笑ってくれると思ったから。
けれど娘が笑ってくれる事は無かった。
要らないと、不要だと断られた。
『…こんな物が欲しいのではないのです、お父様』
いつもそうやって、悲し気にしていたアニシア。
もっと贅を尽くせばいいのか。
そう思い、更にアニシアに与えた。
けれど、アニシアは笑う事は無かった。
そしていつしか、アニシアは何も言わなくなった。
まるで、全てを諦めたような、そんな顔で。
(…あぁ…そういう、ことだったのか。)
そこでようやく、気づいた。
アニシアの笑顔を奪っていたのは、自分だったことに。
金が無くてもアニシアは笑顔だったではないか。
金が無くても、いつも楽しそうにしていたではないか。
沢山の人と笑いあい、楽しく過ごしていたではないか。
今はどうだ。
金はある。権力もある。
けれど今は?
アニシアは笑顔を見せなくなった。
誰も私の傍で笑わなくなった。
誰も、私の傍に居ようとしなくなった。
当然だ。私を止めようとしてくれた者は皆、私が殺した。
無実の罪を作り、見せしめに処刑した。
ある者には殺人を。
ある者には反乱を。
ある者には横領を。
存在しない罪を作り上げ、殺した。
『―…もっと早く気づいていれば、こんな結末に、ならなかったのに。』
(…そうだな、シギ。)
気づいていれば、きっとこんな事は起きなかった。
本当に欲しかったのは、金じゃなかったのに。
欲しかったのは、ただ…。
「…貴方の番ですよ、ディルニア・フィニシュード。」
頭上で声がした。
そう思っていると、グイッ、と首に結ばれた紐が引っ張られる。
その反動で見上げれば、先ほどまでとは違う、どこか覚悟を決めた様子の男がいた。
目が合った。
その瞬間、おや、と言いたげに眉を上げられた。
そしてまじまじと私を見て、溜息を一つ。
「…ようやく本当の意味で気づきましたか。」
「……。」
「おっと、口枷があると話せませんね。失礼。」
そう告げて、私の口枷を外す。
いいのか、と言いたげに見れば、また、嗤う。
「構いません。
どうせ絞首台に言ったら、懺悔させる為に取るつもりでしたから。
それにほら。
今ここで口枷を外してあげれば、街の人は皆こう思うでしょう?
―罪人なんかにも優しいシギ様―
ってね?」
口元に手をやり、くすくすと笑う。
その仕草は、アニシアと似ていて。
それにね、と更に言葉を続ける。
「外してあげたのは、最後の温情ですよ。」
「どういう、意味だ。」
「―さぁ?」
「シ「僕はね、アニシアを愛してました。」…。」
言葉を遮られ、男を…シギを見る。
ニコリ、と笑い、更にシギは言う。
「片想いで終わるのは解っていました。
それでも、どんな立場でもあの子の隣で、笑顔を見れるだけで幸せでした。」
「……。」
「―でも、それを貴方は壊した。」
ギロリ、と睨まれる。
全て真実なので、何も言えない。
そして、内緒話をするように話し出す。
「だから、これから死ぬ貴方へ最初で最後の復讐です。
―アニシアの亡骸は、僕が貰います。
もう二度と、貴方なんかに会わせません。」
「…ぇ。」
「当然でしょう。
貴方はずっとあの子の言葉を聞かなかった。
それなのに、貴方の言葉は聞かせるなんて不公平だ。」
「それ、は…」
正論だった。
ずっといなし続けた私に、そんな資格はない。
それを知っているから、男はチクリ、チクリと言葉の刃で刺してくる。
嗚咽が、涙が、止まらない。
そんな私を愉快げにそして憎々し気に見つめ、トドメとばかりに告げられる。
「だからね、僕は決めたんです。
あの子に謝る機会なんて、永遠にやるものか。って。
あの子の亡骸ももう僕の家の者に運ばせて、此処には居ません。
いい気味だ。ようやく何が一番大事か気づいたのに、その一番大事な子に、何も伝えれず死ぬんだから。」
―精々、絞首台で虚しい懺悔をしてくださいね。―
会話の聞こえない街の人は二人を見続ける。
何を話しているのだろうか。
そんな事をこそこそと話していたその時。
哀れな男の絶叫が、響くのだった。