二話 父の自問自答
流血・斬首表現がございます。
ご注意ください。
浴びせられる罵詈雑言。向けられる冷たい視線。
奴隷のように引きずられていく最愛の娘。
そして引きずるのはかつて私が罪人とした男の一人で。
どうして。
何を間違ったのだろうか。
「―…全てですよ、ディルニアおじさん。」
「…シギ。」
見透かしたように、娘の護衛だった騎士は答える。
先ほどまで膝をついていたはずなのに、気が付けば自分の横に立っていて。
見上げ、男の横顔を見る。
ちら、と見返されたその瞳は、ドロリ、とほの暗く。冷たく、自分を見据える。
かつて処刑した男と似た面立ちに見下され、僅かに生まれたのは、苛立ちだ。
お前に何が解るのだ。
愛した人間を、死なせた事のないお前なぞに。
「えぇ、解りません。」
また、見透かされたように答えられる。
何故、何故わかる。何故私が考えることが解るのだ。
「解りますよ。
だって貴方は、あの子と違って愚かだ。」
クク、と意地悪く笑う男。
娘と変わらない、年端もいかない男だというのに。
背筋に、冷たい何かが、伝う。
「貴方は過去の後悔から、富に、名声に、魅入られて、堕ちた。
違いますか?」
「……。」
「可哀そうな人だ。
きちんと向き合って、真摯に役目を果たせば、こんな事にならかったのに。」
「…お前に何が解る。」
「言ったでしょう?解りますと。」
「どの口が…っ!」
「じゃあ聞きますが。」
そこで言葉を切って、目の前の男は私から視線を外す。
その視線の先には、断頭台に固定された愛娘で。
「―愛する子が死ぬと解ってても止められなかったこの気持ちが、解るのですか。」
「……は…?」
この男は今、なんと言った。
愛する子。それはずっと気づいていた。
だからこそ、娘を裏切らないと思い、娘の願いを聞き届け、護衛の、専属騎士にした。
自分に歯向かった男の血縁ではあったけれど、その感情を見抜いていたから、許した。
しかし、この男は今、なんと言った?
『死を解っていた。』そう告げた。
それはつまり…。
辿り着いた答えに、背筋が凍った。
違うと、そんなことないと。
そう信じたくて、目の前の男に聞く。
「…あの子は、まさか…」
喉が上手く動かない。
ようやく出せた声は、無様なほど震えていた。
そんな事は気にもしないのか、目の前の男は冷たく、返す。
「…『お父様を独りにしたくないから。』」
その言葉が、答えだった。
そして、一番望まない、答えだった。
はく、と喉が詰まる。
自分に、娘に向けられた罵詈雑言が、喧騒が、薄い膜を張ったかのように、遠い。
「…何度も、止めました。
何度も、何度も頼みました。
けれど…あの子は最期まで貴方を裏切るような選択を、しませんでした。
それがたとえ、自分が死ぬと解っていても。」
時が止まった気がした。
隣の男の声も、周りの喧騒も、何も聞こえない。
蘇るのは、何度も無碍に、いなし続けたあの子の言葉の数々で。
『お父様、お願いです、どうかもうこのような生活は…っ!このままでは街の人達が…っ!』
『そんなにお金が大切ですか!!そんなものに執着しても、もうお母様は…っ!』
『リオンとおじ様が横領!?そんなはずありません、どうか処刑前に再調査を…っ!』
『全て…お父様がやったのですか。おじ様も、他の皆も…無実だったと…?』
『…―解りました。もう、何も言いません』
全て、自分の為だったのに。
それなのに、私は…。
「…ぁ…あ…。」
「―…もっと早く気づいていれば、こんな結末に、ならなかったのに。」
冷たい声が、響く。
何かが頬を濡らす。雨が降ったのか、と空を見上げれば雲一つない青空で。
「…『悪逆非道の領主様』も、後悔で涙を流すんですね。」
ハ、と鼻で笑いながら、シギは自分を見下ろす。
その言葉すら、今の自分にはどこか遠くで。
「アニシア・フィニシュード。最期に何か言いたい事はあるか。」
その言葉に、断頭台へ視線を戻せば。
そこにはただ、抗うこともせず、静かに拘束される娘の姿で。
咄嗟に駆け寄ろうとして、拘束具に邪魔をされ、バランスを崩す。
ガチャン、と重たい金属音が辺りに響く。
「やめてくれ…っ!!
娘は、アニシアは何も罪を犯していない…っ!!」
「…なんだ、今更人間らしい感情でも芽生えたか。」
シギ以上に無感情に、それなのに、とても冷たい声が、響く。
「本当なんだ…っ!娘は…っ!!」
「シギ、黙らせろ。」
「…解ったよ、リオン。」
ギシッ、と革が軋む音と共に、口枷が嵌められる。
言葉にならない声が、咥内で響いて、消える。
「邪魔が入ったな。
改めて聞く。
最期に言いたい事はあるか。」
「……。」
うっすらと、目を開くアニシア。
問いかけた男、リオンを見つめ、笑った。
「…雨音が響いてるわね、リオン。」
その言葉に、目を見開いた。
それは、その言葉は…。
言われた男は、意味が解らないのだろう、怪訝な顔で、アニシアを見返した。
「何を言ってる、雨なんて降ってないぞ。」
「…言いたいのはそれだけ。
遺言を言わせてくれてありがとう。」
「……。」
「…っ!―っ!!」
待ってくれ。止めてくれ。
その言葉は、その意味は…っ。
言いたいのに、言葉が出ない。
出るのは、くぐもった母音だけ。
せめて、せめて。
足掻いて足掻いて、重たい金属音が響く。
そんな自分の事等気にも留めないように、リオンは静かに手を上げた。
それは、断頭台の刃、ギロチンを落とす合図の準備で。
頼む、待ってくれ。
どうか、どうか…っ。
「…やれ。」
上げられた手が、勢いよく振り下ろされた。
それと同時に、ギラギラと光る刃が、振り下ろされた。
―ザンッ―
鈍い鈍い、固い物を切り落とす音が響く。
そして舞う、赤い飛沫と自分と同じ、白金の髪。
ゴトン、と鈍い音がした。
その直後響いたのは…。
沢山の歓声と、一人の男の声にならない断末魔だった。