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一幕目 処刑まで

 処刑のその時を待ちながら、アニシアは再度、隣で項垂れる父を見つめた。

富と権力に魅入られた愚かな領主。そう周知されている父、ディルニア・フィニシュード。

贅の限りを尽くし、住民を苦しめた愚かな父。

自分に反抗する者を無実の罪で何人も殺した、恐ろしい父。

贅を尽くし、豚のように肥えた父。

『悪の領主』その名が相応しい立ち振る舞いをし続けた父。

そんな父を、この十数年見ていた。

何度も止めた。何度も諫めた。

それでも、父は変わらなかった。

そこで決別すれば、アニシアは今この時、処刑を待つことは無かっただろう。

けれど、アニシアはそれをしなかった。

ずっとずっと昔、今とは真逆な父を、知っていたから。

そんな父に戻ってくれると、願っていたからだ。


(…それは、結局叶わなかったけれど。)


 視線を父から外し、アニシアは目を閉じた。

瞼の裏にちらつくのは、ずっと昔に亡くなった母の姿で。

流行り病でこの世を去った母。

そんな母との、最期の約束を思い出す。


『お父さんを、助けてあげてね。』

(ごめんなさい、お母様)


 何度も何度も足掻いた。

それでも駄目だった。

そうしている間にも、父は罪を重ねていく。

民を苦しめ、私腹を肥やし、その身を堕としていく。


(ならせめて、もうこれ以上…。)


「アニシア・フィニシュード。

 最期の情けだ、何か言いたいことはあるか」


 キン、と金属音と共に掛けられた声に、アニシアは目を開ける。

手枷を着けられ、地面に座り込んでいる自分を見下ろす冷たい瞳。

そして首元に突き付けられた、先ほどの音の正体である、男の剣。


「…罪人に遺言を許すなんて、随分お優しいのね、反乱軍のリーダー様は。」

「は、減らず口を。お前は随分傲慢になったな、アニシア。」

「―…そうね。だって私はお父様の娘だもの。

 貴方こそ、随分な物言いになったものね、リオン。」


 にぃ、とわざとらしく口角をあげて、微笑むアニシア。

そんな彼女を憎々し気に見つめる男、リオン。

そんな二人を、会話が聞こえない民衆達はひそひそと話しながら見つめる。


「…なぁ、リオン様はなんであんな事してやるんだ?

 罪人なんてさっさと処刑しちまえばいいのに…」

「あぁ…アンタは知らないんだっけ。

 リオン様とあの罪人は元々幼馴染だったんだよ。」

「そうそう。リオン様はその腕を見込まれてあの女の専属騎士として勤めていたんだ。」

「専属騎士はシギ様じゃないのか?」

「シギ様の前任なのよ。シギ様とリオン様も従兄同士で年齢も近し三人とも幼馴染だったはずよ。」


 一人の民が呟いた疑問に、近くの民が答える。

その答えに他の民が更に付け足した。

答えを聞き、最初に呟いた民は納得したように溜息をついた。


「なるほどなぁ…。

 そりゃ最期の情けくらいかけたくなるか。」

「あら、意外とそれが理由じゃないかもよ?」

「え、どういうことだ?」

「知らないの?リオン様が今生きてるのって―…」


 ひそひそと、内緒話のようにしていた話は波紋のように広がっていく。

その波紋は、櫓の上で会話していたアニシア達の耳にも届いたようで。

クスクス、とアニシアは笑いだす。


「なにが可笑しい。」


 突然笑い出したアニシアに、訝しげに問いかけるリオン。

こんな場面で、愉快げに笑うアニシアに怪訝な顔を向けるのは、当然だろう。

けれどアニシアはそんなリオンの様子すら気にも留めないように、更に笑みを深める。


「いいえ別に?

 命の恩人を容赦なく処刑するのはどんな気分なのか気になっただけよ。」

「――っ!」

「っ、リオン、よせ!」


 風を切る音と、誰かの静止の声が同時に広場に響く。

その音に、騒めいていた民衆は驚き、静寂に包まれた。

まさに騒然という言葉が、ぴったりな有様だった。

そんな空間に、アニシアの落胆じみた声が響く。


「―…残念。」


 ぱらり、とアニシアの白金の髪が数房、落ちた。

そして続いて、ぽたり、とアニシアの頬から赤い雫が落ちた。

自分の頬が、髪が切られたというのに、どこか冷めた瞳で静止を叫んだ声の主へ視線を向ける。


「…最後の最期まで主人に歯向かうのね、シギ?」

「……」

「まったく、貴方が叫ばなければ私刑をしたって事で一気にこのリーダー様の地位を失墜させれたというのに。」


 はぁ…。と溜息をつきながら、アニシアはリオンを見つめ返す。

リオンはギリ、と奥歯を噛み締めながら、アニシアを睨み返す。

その反応すら楽しいのか、アニシアは更にクスクスと笑い、煽るように更に話す。


「良かったわねぇ、リーダー様?

 『また』助けれて命拾いしたじゃない。」

「この…っ!」

「リオン」


 先ほどのやり取りもあって、こちらに来ていたであろうシギが、リオンを静止する。

肩に手を置いたかと思うと、シギはリオンを後ろに押しのけた。

アニシアとリオンの間に割り込むように身体を滑り込ませたかと思うと、片膝をついてアニシアと視線を合わせた。

そして―…。


「っ、ぐ…っ。」

「罪人風情が偉そうにしないでください。」


 ガッ、と荒々しくアニシアの顎を片手で掴むと、ギリギリと力を込めた。

顔を歪めながら、アニシアはシギを睨み返す。

力いっぱい掴まれているせいで、上手く口が動かないのだろう。

何か言いたげに、アニシアは僅かに口を動かす。

けれどそれすら咎めるように、シギの視線は険しくなり、力が強くなる。


「先ほどまで話せていたのはリオンの温情なんですよ。

 精々処刑台の準備が整うその瞬間まで、詫びでもしたらいかがですか。」

「…だ…、れ、が…っ!」

「…まったく。

 でしたら……。」


 そこでシギは言葉を切り、アニシアの耳元に顔を寄せた。

そして何かを話したかと思うと、アニシアの顔は怒りに歪んだ。


「この…っ!」

「無様ですね。アニシア・フィニシュード。」

「シギ、もういい。」

「けど…。」

「ありがとな、お前のおかげで冷静になれた。

 …コイツに、少しでも期待した俺が馬鹿だった。」

「…。」

「―…少しでも、良心が残ってると期待した、俺が愚かだったんだ。」


 諦めたような、落胆したような。

怒りとも憎悪とも違う感情で、リオンはアニシアを見つめた。

そんな表情に一瞬だけ目を見開いて、アニシアはすぐに視線を逸らした。


 居心地の悪い静寂が、広場に広がる。

けれどその静寂はほんの数舜で、一人の兵士が彼等に近寄り、告げる。


「断頭台の準備が整いました。」  


 その言葉に、アニシア達の横で項垂れていた男がピクリ、と反応した。

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