九話 どうしての答え
どうして俺は、あんな事を言ったんだろうか。
ギシ、ギシ、と縄と木が軋む音を聞きながら、俺は自分の行動に驚いていた。
「リオン。」
櫓から降り、吊るされたままの男の死体をぼんやりと眺めていると名を呼ばれた。
振り返ると、そこには片づけや今後の指示を出し終わったシギがいた。
「メンバーにはこの後の事伝えたよ。
今日はもう疲れただろうし、屋敷に行くのは明日にした。」
「あぁ、ありがとう。」
「…ねぇ、リオン。」
「なんだ?」
「どうしてあんなこと言ったの?」
「…解らん。
正直、俺自身なんであんなこと言ったのか不思議なんだ。」
そう答えれば、シギは怪訝そうに首を傾げる。
当然だろう。
だって俺だって不思議なんだから。
「許せたわけじゃない。こうやって、死体を見てもざまぁみろ、って思ってる。
今でも、憎い。
父さんを裏切った事も、俺の努力を踏みにじられた事も。
憎くて、後悔してない。してない筈なのに。
あの親子が死んだのを見ても、虚しいだけなんだ。」
「…。」
「こんな事しても父さんはかえってこない。
心を病んだ母さんが、戻るわけでもない。
全部、解ってた。解ってて、俺はこの道を選んだ。」
そう、全部解ってた。
どんなに屈辱をあの男に与えようとも、二人は戻らない。
解ってても、何もせずにはいられなかった。
かえってこないなら、せめて父の苦しみを味わってほしかった。
そう思っていた。
だけど…。
「…手を。」
「え?」
「手を振り下ろす直前。父さんをみた気がしたんだ。」
あの一瞬。
小さく、あの男が謝罪したその一瞬。隣に父がいた。
安堵したような、嬉しそうな笑みを浮かべた、父が。
「…手を下ろそうとした時、あの男が小さく、謝った。
『済まなかった。』って。
その時、隣で父さんが、笑ってたんだ。」
「―それは…。」
「解ってる。
それでも、あれが幻覚だなんて思えなかった。
父さんは…最期まであの男を…心配してたから。」
優しい、自慢の父だった。
優しくて、まっすぐで。
だから、ずっと友人だったあの男を見捨てられなくて。
だから、殺された。
「気が付いたら、父さんの遺言を伝えてた。
返事なんて聞いてやるもんか、ってすぐ合図したけどな。」
「リオン…。」
「どうせ俺は父さんの同じ場所に行けないんだ。
最後にもう一度会えて良かったよ。」
「そんな事…。」
「あるよ。
どんな理由があろうとも、俺は二人も殺したんだから。」
そう、きっと俺は死んでも父さんとは違って、行くのは地獄だ。
憎い敵であった男と、俺を殺してくれなかった男の娘。
どんな理由があろうとも、殺したのは事実なんだから。
「所詮、俺もあの親子と同じ穴の狢なんだよ。」
「……。」
復讐しないという選択もあった。
全てを忘れて生きる選択もあった。
けどそれをしなかった。
それほどまでに、許せなかった。
「明日も長丁場だ。
もう休めよ、シギ。」
「…君もね」
無理やり会話を終わらせて、シギを見送る。
去っていくシギの背中を見ながら、俺はあの時みたものを、思い出す。
(…父さん。)
一つだけ、シギに嘘をついた。
本当は、アニシアを処刑するときも、父さんをみた。
悲しそうに、まだ間に合うと言いたげに、首を横に振る、父の姿。
その姿を見ても、どうしても、許せなかった。
騎士として死にたいという俺の願いを無視した彼女を。
罪人の焼印を入れられ、もう騎士に戻れなくした彼女を。
俺の意志を全て無視した、傲慢な彼女を。
―だから、父のその願いを、無視した。―
けれど。
彼女を処刑しても満足感も、高揚感も何もなくて。
ただ、ぽっかり、穴が開いたような虚無感だけが、残った。
これがなんなのか、解らなかった、いや、解りたくなかった。
だから、あの男に聞いた。
何かに執着した結果、何を得られたのかと。
―『何も』―
その答えが、全てだった。
自分の手を見る。
その手は汚れてない筈なのに、赤く、汚れてるように見えて。
ただ、それだけで。
何も、残ってない。
正義のつもりだった。
けれど実際は、憎悪に囚われた復讐で。
終われば、達成感が得られると思っていたのに。
実際に終わってみれば、得られたのは虚無感だけで。
「…確かに、何も得られないな。」
自分の愚かさに、自嘲した。




