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g  作者: チャプタさん
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第七話:始まりの街、許昌へ

第七話:始まりの街、許昌へ


洛陽に残っていた、なけなしの、そしてほとんどガラクタ同然としか言いようのない家財道具を、街の隅で開かれていた薄汚れた蚤の市で、二束三文にもならないような、しかし今の俺たちにとっては貴重な銅銭に換え、陳統と彩霞は、最低限の、しかし新しい旅立ちにふさわしい、できる限り清潔で、そして長旅に耐えうる丈夫な旅支度を整えた。

陳統にとっては、それは過去の、燻り続け、そして何も成し遂げられなかった自分との、ある種の決別の儀式でもあったのかもしれない。もう二度と、あの薄暗く、希望の欠片も見いだせない長屋に戻ることはないだろう。そして、戻るつもりもなかった。

彼の心は、驚くほど晴れやかだった。


彼らが次なる目的地として選んだのは、中原の要衝に位置し、黄巾の乱の直接的な戦火を比較的免れたことで、近年、戦乱を逃れた多くの人々が流れ込み、急速にその規模を拡大しつつある、「始まりの街」とも呼ばれる、活気に満ちた商業都市「許昌」。

そこは、中原各地から、戦乱を逃れてきた難民、新たな商機を求める抜け目のない野心的な商人、そして何よりも、己の腕一本で名を上げ、一旗揚げんとする、血気盛んな多くの新進の遊侠たちが、それぞれの夢と野心、そして一攫千金の欲望をその胸にギラギラと抱いて集い、新たな出会いと別れ、そして大小様々な、時には滑稽で、時には悲惨な物語が、まるで尽きることのない、濁流のような泉のように、日夜生まれている場所だった。

転生し、全ての力を一度失い、武勲レベル一に戻った陳統にとって、そして過去の全ての記憶を失い、まるで生まれたばかりの、無垢で、そして世界に対してまだ何の偏見も持たない赤子のような彩霞にとって、新たな人生の、そして新たな、まだ何の色もついていない物語の最初の一歩を踏み出すには、これ以上ないほど最適の、そして刺激的な場所と思われた。


許昌への道は、しかし、決して平坦で楽なものではなかった。

荒廃し、打ち捨てられた村々。作物を育てる者もなく、ただ雑草だけが茂る、かつては豊かだったであろう畑。そして、道の傍らには、戦乱で命を落としたのであろうか、あるいは飢えや病で行き倒れたのであろうか、無数の名もなき人々の、風雨に晒され、鳥や獣に啄まれた無残な骸が、まるで道端の石ころのように、無造作に転がっている。

時折すれ違うのは、故郷を追われ、生きる希望すらも失ったかのような虚ろな目で、当てもなく、ただよろよろと彷徨う難民の、どこまでも続くかのような長い列か、あるいはそんな、抵抗する力も持たない弱者たちを、まるでハイエナのように狙う、人の皮を被った獣のような、残虐な追い剥ぎや山賊たち。

この世界の、容赦のない厳しさと、そして人間の、目を覆いたくなるような醜さを、彩霞は生まれて初めてその身で目の当たりにし、その度に言葉を失い、か弱い小さな肩を、抑えきれない恐怖と悲しみで震わせていた。

陳統は、そんな彼女を、時には力強く励まし、時には何も言わずにそっと背中をさすり、そして夜盗や、不意に現れる妖獣の襲撃からは、生まれ変わったばかりの、しかし確実に以前とは比較にならないほどの力と、長年の遊侠経験で培った、無駄のない洗練された技で、まるで彼女に指一本触れさせないかのように、完璧に守り抜いた。

彩霞は、そんな陳統の、普段は寡黙で、不愛想に見えることもあるが、いざという時には誰よりも頼もしく、そして優しい背中を、まるで父親の背中を追う幼い子供のように見つめながら、徐々にこの新しい、そしてあまりにも過酷な世界に慣れ、そして彼との間に、言葉にはできない、しかし何よりも確かな絆を、ゆっくりと、しかし着実に深めていくのだった。

彼女は、道端に咲く小さな野の花を見つけては、その名を陳統に尋ねたり、珍しい鳥の鳴き声に耳を澄ませたり、時には、どこからか迷い込んできた子犬に、なけなしの干し肉を分け与えようとしたりした。その純粋な優しさと好奇心は、陳統の荒みきった心を、ほんの少しずつではあるが、確実に癒していった。


そんな道中、夜になり、森の中で小さな焚き火を囲んで、束の間の休息を取っている時のことだった。

パチパチと心地よい音を立てて燃える焚き火の炎を見つめながら、そして頭上に広がる、まるで宝石を散りばめたかのような満天の星空を見上げながら、彩霞は、ふと心の奥底にあった純粋な、そしてどこか切実な疑問を、夜の静寂に溶け込むような、小さな声で陳統に問いかけた。

「陳統様…陳統様は、あれほどの素晴らしい武芸をお持ちになりながら、そして崑崙の秘奥でのあの不思議な、そしてきっととても大変だったであろう転生の儀によって、新たな、そしてきっととても強大な力をそのお身体に得られたことと、浅学な私にもお察しいたしますのに、なぜ、誰もがその名を口にするのを避け、時には蔑み、そして決して関わろうとしないという【道術戦士】などという、いわゆる陽の目を見ぬ、そして決して報われぬとまで言われる、苦難の道を選ばれるのですか? もっと華々しく、そして人々の尊敬を集めるような、その素晴らしいお力を、この乱世に苦しむ多くの人々のために、もっと直接的に活かせる、もっと陳統様に相応しい道があるように、私には思えるのですが…」。

彼女の美しい琥珀色の瞳は、揺らめく焚き火の赤い光を映して、どこまでも真剣に、そして心からの心配と、僅かな不安を込めて、キラキラと揺れていた。


陳統は、その彩霞の純粋で、そして真っ直ぐな、心のこもった疑問に、一瞬だけ遠い目をして、何か懐かしい、そして少しだけ苦い記憶でも思い出すかのような複雑な表情を浮かべた後、まるで悪戯を思いついた、 mischievous な悪童のように片目を瞑り、どこか楽しげな、そして何があっても揺らぐことのない、絶対的な自信に満ちた不敵な笑みを浮かべて答えた。

「彩霞、物事の真価というものはな、決してその表面だけを、あるいは世間の、風見鶏のようにコロコロと変わる、移ろいやすい評判だけを見ていては、決して、決して理解できんものだ。そして、本当の強さというものもな、目に見えるものだけが全てじゃない」

彼は、パチパチと心地よい音を立てて燃え盛る焚き火の炎を、まるでその中に何か大切なものを見いだしたかのようにじっと見つめながら、まるで自分自身に、そしてかつての無力だった自分に言い聞かせるかのように、静かに、しかし心の底から湧き上がるような、力強い確信を込めて続ける。

「最弱と蔑まれ、誰からも見向きもされず、時には嘲笑の的になり、後ろ指を指され、石もて追われるような、そんな惨めな存在が、内に秘められた、誰にも知られていない真の力を、そして無限の可能性を解放した時、他のどんな華々しい存在にも代えがたい、唯一無二の、そして最強無比の、まさに伝説となるような存在へと、劇的に、そして痛快に変わる。そんな、世界の理すらも、人々の常識すらも、そして天命盤に無慈悲に刻まれた、変えられないはずの運命すらも、根底から覆すような、禁断の、そして最高の秘術を、この世界広しといえども、この俺だけが、かつて来栖蓮斗としての全ての記憶と知識を持つ、この俺だけが、完全に知り尽くしているからだ」


剣術も、お世辞にも一流とは言えず、鍛えられた並の兵士にも劣るかもしれない。

方術に至っては、初級の、それこそ子供騙しのような、ほんの小さな火種を起こしたり、コップ一杯の水をほんの少しだけ出したりする程度の、取るに足らない、何の役にも立たないまじない程度のものしか使えず、おまけにそれを強化するための、術の威力の源泉となる道力も、他の専門職と比べれば絶望的に低い。

それが、道術戦士に対する世間一般の、そして多くの、それなりに経験を積んだ遊侠たちの、共通した、そして揺るぎない、冷笑と侮蔑に満ちた評価だ。

仲間からも、いてもいなくても変わらない、むしろ貴重な戦力を割く分だけ足手まといとして疎まれ、まともな依頼もほとんど回ってこない、まさに不遇職の中の不遇職。日陰者の、そして落ちこぼれの代名詞。

だが、その真の、そして多くの者が気づくことのない、隠された価値は、膨大な種類の符の知識と、天文学的な数の、無限とも思える組み合わせの中から、その状況における唯一無二の最適解を瞬時に導き出すための、気の遠くなるような、そして終わりなき試行錯誤、そして何よりも、この世界の法則そのものに対する、人知を超えた深い理解と、鋭い洞察力を必要とする、究極の秘術【符術練成】を極めた時にこそ、初めて、そして鮮烈に、この世界を、そして歴史そのものを震撼させるほどの、圧倒的な輝きと共に現れる。

そして陳統は、その【符術練成】の奥義の全てを、前世で費やした、もはや人生そのものと言えるほどの膨大な時間の記憶と、転生の儀で得た、世界の理そのものへの深い、魂の最も深いレベルでの理解によって、完全に、そして完璧に把握している。

彼にとって、道術戦士とは、もはや不遇職などではなく、無限の可能性を秘めた、そして彼だけがその真価を引き出せる、最高の、そして唯一無二の職業なのだ。


彼の、どこまでも自信に満ちた、そして確信に溢れた横顔と、その言葉の奥に隠された、揺るぎない、そして何者にも砕くことのできない、鋼のような確固たる信念に、彩霞はまだ戸惑いを隠せないながらも、どこか強い興味と、そしてこの人なら本当に何かとてつもないことを成し遂げてしまうのではないかという、不思議な、そして抗いようのない、揺るぎない信頼を、その澄んだ、美しい琥珀色の瞳の奥に、ますます深く、そして強くしているようだった。

彼女は、陳統の言葉の全てを理解できたわけではなかったが、彼が語る未来への希望と、その瞳に宿る静かな、しかし決して消えることのない炎のような決意に、強く心を惹きつけられていた。

この記憶を失った、しかしどこか神秘的な、そして計り知れないほどの、まだ見ぬ可能性を秘めた雰囲気を漂わせる少女の、封じられた過去を取り戻すこと、そして彼女が内に秘めているかもしれない、まだ本人すらも気づいていない特別な力を、これから始まるであろう、多くの困難を伴うであろう旅の中で、共に戦い、共に生きる中で見つけ出し、開花させる手助けをすること、それもまた、陳統の二度目の人生における、極めて重要で、そして何よりも心躍る、楽しみな目標の一つとなっていた。

彼は、この無垢で、そしてどこか危うげな少女と共に歩むであろう、波乱に満ちた、しかしきっと希望に溢れた未来に、確かな、そして何よりも力強い手応えを感じていた。


やがて、数日間の、時には厳しい、しかしどこか新しい発見に満ちた旅の末、彼らの目の前に、ようやく「始まりの街」許昌の、巨大で、そして堅固な城壁が、その威容を現した。

ここから、俺と彩霞の、そして「残照義団」の、新たな、そして本当の意味での物語が始まるのだ。

陳統は、隣を歩く彩霞の、期待と、そしてほんの僅かな不安が入り混じった、しかしどこか輝いているような表情を盗み見ると、力強く、そしてどこまでも優しく微笑みかけた。

「さあ、行こうか、彩霞。俺たちの新しい家へ」

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