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相棒

 玄関の扉を開ける。


「フーッ……」


 落胆、悲観、どちらにも取れるため息を吐く。


(ちょっとだけ、ほんとにちょっと期待してただけ。それが外れただけ)

 靴を履いている父とそれを見送る母の姿があった。二人共、微動だにしない。


「なあ、これ何なんだ? さっきも似たようなのがたくさん置いてあったけど……ところどころお前とも似てるな」

「あぁ……それ、は……」


 喋りだそうとした瞬間、いつもの癖が口をつぐませる。



 ……どう答えればいいんだ? 実際本当に、ある種のドッキリなのかもしれない。でも、いくつか矛盾点がある。

 一般人の俺にドッキリを仕掛ける理由がないとか言いたいことは山ほどあるけど、一番不可解なのは肩に乗っているこの子の事。


 チラッと目線を肩の方へ。毛ずくろいをしていて、視線には気づいていない。

 ──どんな動物にも当てはまらないような見た目をして、何より人間の言葉を理解し、会話ができる。こんなの、世紀の大発見でしょ。


 だが、その世紀の大発見には目もくれず、止まった人々は静止を貫いている。


 なら、この子すらも仕掛けの一種、って可能性もある。けど、体温、触感、会話……今の技術じゃ表現できないほどのリアルだ……つまり、この子は正真正銘生き物で、不可解な存在だってこと。


 朔良はますます分からなくなる。いつまでたっても質問に回答できない。


 仮に、これが本当なら同時にこの異常事態も人間が意図的に起こしたことじゃないということになる。じゃあ、質問の最適解は――


顎に置いていた手を離し、口を開いた。


「これ……いや、この人たちは俺と同じ人間だよ。どうしてかわからないんだけど、ここら一帯の人はおそらく氷みたいに動きが固まっちゃってると思う。原因は全く見当もつかないけど……多分俺には推測もできない異常事態が起こってるんだと思う。これで何となくわかった?」


「……」


顔を見ようとすると、謎の生き物はふいっと逸らしてしまう。


「……情報量が多かったね。じゃあ端的にまとめると――」

「ンフッ……」

声を遮ったのは、漏れた笑み。

「え?どうしたの?」

「――いや、状況は何となくわかったけど、急にうつむいて黙ったからどうしたのかと思ってたら今度は嬉々として喋るから……ちょっと……ふ……面白くてさ……」


 笑みを堪えてか、口を抑えていて、さらに若干体が震えている。


「なんでよ今おもしろいとこあった!?」


 流石に笑われるのは想定していなかったようだ。


「いや……ふっ考えてる顔が……ふふ、変顔してるみたいで……お前いつもそんな感じで……ふふっ……考えてから答えてるの? ……ふふふ」


 相手に気を使い、それが変な方向にねじ曲がった結果、相手に変な間と変顔を晒していた。


(……ここで分かってよかった気がする)

 黙って頭を抱える。真っ赤な顔を必死で隠す。

(いや、これも成長。ちょっと恥ずかしいくらいで変われたなら──)


「おい。どした? また変顔してんぞ。とにかく、これからの事決めないか? お互い会ったばっかだし、俺ここ(地球)の事もよく知らないからな」

「うぇ? ――あ、うん……」




少し時間をあけて。




 先程、朔良が謎の生き物に地球のことを教え、逼迫した状況であることをだいたい説明し終えたところだった。

 現在はこれからの行動についての議論を交わしている。


 まず喋りだしたのは謎の生き物。


「じゃあ……動いている人がいないか周囲を探索してみないか? まだあのいっぱい居たとこと、ここまでの道しか見てないだろ?」

「――いや、それは大目標にするにしてもこの辺には多分居ないと思う……だからまずは自分たちの身の安全の確保を優先するべきだね」

「やけに悲観的だな」


 提案の棄却に若干不服な様子。


「ホントは俺も探しに行きたいよ? ……でもインフラが全部止まっちゃう以上……うん、まずは近くのコンビニに行こう!」


 ポンと手をたたき、立ち上がる。


「自己完結してんじゃねぇ! 意味わかんねぇし……」

 地球を知る人間と話していたとしても、今の文章はあまりにも酷すぎる。


 立ち上った朔良をぐぐっと床に押し付ける。


「ああ、ごめん。簡単に言うと食べ物とか生活に必要な物が大体置いてある場所に行こうと思って。そこなら食糧の確保も安全にできるでしょ?」

「なるほど。じゃあ当面はそのこんびに? で食料を確保して生活する、で、止まってない人を探す?」

「そんなとこかな。でも……あともう一つ決めておきたいことがあるんだ……」


 朔良が深刻な顔で謎の生物を見つめている。


「な、なんだよ」


 空気の変わりように、冷や汗を流す。


「それは……君の名前」

「っなーんだそんなことかよぉ」

 勢いよくソファにもたれる。


「これから一緒に生活するんだよ? 名前、必要でしょ」

 やけに緊迫した空気から一変、声のトーンが明るくなった。


「まあ好きに呼んでくれていいんだけどよぉ、せめてまともなのにしてくれよ?」

「そんなことはわかってるけど……」


 しばらく沈黙が続く二人。と、謎の生き物が口を開いた。


「なあ、この黒いやつは何だ?」


 視線と指の先にはテレビがあった。


「これ? これはテレ――あ!!」


 ガバっと勢いよく立ち上がる。


「ッ……びっっくりした……急にどうしたんだよ」

「これだ! これ使えばまだ動いている人がいるか確認できるんだよ!!」


大急ぎでリモコンを探し出し、テレビの前に仁王立ち。


(そもそもつくかどうかも怪しい。でも、これでどのくらいの範囲でこの現象が起こっているかわかるはず……!)


「そんな便利なものがあってなんで今まで使わなかった! 早くそのテレビ? ってやつ、使ってみようぜ!」


 恐る恐る電源ボタンに触れる。二人の前に映ったのは砂嵐……等ではなくこの時間ならいつも見ているニュースが流れていた。


「映った!! ――みんな動いてる……!」

「ってことはまだ何とかなるんだな!」


 異常事態がすぐに収拾するとは思わない。だが、助かる可能性はかなり上がった。


「よかった…もう全部止まっちゃったのかと…」

 朔良は半泣きで膝をついた。


「こんな異常事態だし、すぐに救助が来るはず。避難放送だってそのうち――」


 朔良の動きが止まった。その目は、酷くしかめている。


「どうしたんだ? とりあえず荷物まとめて移動しようぜ! 俺なんもないけど」

「いや、待って。何か……」

 今までにないぐらいに深刻な顔を見せる。目にもとまらぬ速さでチャンネルを切り替えていった。気色の悪い感触の汗が頬を伝う。


「そんな、そんなはず……都心にもこの影響があったとしても……下手したら大地震どころの騒ぎじゃ――」

 遅い。あまりにも遅いんだ。少なくとも朔良たちが住んでいるその周辺は全員動いていない。あれから、約二時間たった。対応が、遅すぎる。流れてくる明るいニュースが、朔良の精神を削っていく。


「いや……いやいやまさかっ――」


 凄まじい勢いでチャンネルを切り替えていく。と、いつもこの時間になったら必ず視聴している、ニュース番組を開いた。

「っ良かった! まだやって――!?」



 今日は、朝から大雨の予報です。



「な……! じゃ、じゃあッ……!」


 リモコンが朔良の手から零れ落ちる。酷く荒れる呼吸は、謎の生き物にも焦りをもたらす。


「おい! どうしたんだ! 救助は来るのか? 来ないのか?」

「……来ない」

 涙を流しながら、声を絞り出す。


「どうしてだ! 人間は同類を見捨てるほど薄情なやつらなのか? 自分の保身の事ばかり考えるやつしかいないのか?」

 

(……わからないなりに励まそうとしてくれているんだろう)


「――ううん、人間はそこまで薄情じゃない」

「なら!」

「だけど無理なんだ! 関東、日本、動いてる人は()()()()いない!」


 肩にかけられた手を振り払う。


「なっ……でも、そのテレビってやつの中には動いてる人いるじゃん!」

テレビを指す。その手は焦りで酷く震えていた。


「それは……再放送なんだ」

「どうゆう意味だよ!」

 今にも泣きそうな顔で言う。


「テレビに映ってるのは一度放送されたものなんだ。日付が昨日を指してる。もう、いないんだ……動いてる人は、いない……」


 認めたくない現実を、事実を、声に出すたびに涙があふれる。

 無知ゆえの純粋さが、朔良を削っていった。


「ま、まだわかんねえだろ! 俺らみたいにどっかで動いてて、お互い探しあってるとかさあ――」


「いたとしても! 俺たちは巡り会える!?」


 殴るように言葉を続ける。


「さっき説明したでしょ!? こんな広い世界で……!そもそもいないかもしれない人を探す?ふざけんな!!現実みろ――」

 また、言い過ぎてから気が付く。


 体を縮こませる、白い生き物。

 まだ出会ってほんの数時間しかたっていない。それなのにこんなにも悲しい顔を、それも二度も。自分のせいで。

 だが、それでも立ち上がり、絶望しながら、()()()()やった。


「――俺らはよくやった。出来ないなりには……」

 目線を下に向け、上がりきった肩を下ろす。 瞬間――


「……ふ……ふっざけんじゃねえ!!」

 またもや、頭に強烈な痛みが走る。


「いっってぇ…! なにすんだよ!」

 思わず声を荒げる。

「てめえ! また自分だけで勝手に物語を進めやがって!」


 尻餅をついた態勢の朔良の腹の上に乗っかり、叫んだ。


「俺はなあ! お前がどんな結論を出したかなんて知らねえ! でも!すぐに諦めるのは違うだろ! まだ何も行動してない! 何も始まってない! どうしてそれをすぐに投げ出す!? 頭の中で自分の人生完結させて何が楽しい!?」


 直接、体の中に叫ばれているような感覚だった。声とともに心臓が、肺が大きく振動し、涙を込み上げさせる。


「そうやってほんの少しの挫折にくじけて! 恐れて! だから! 貴様はずっと一人なのではないか!?」

「ッ!!」


(――さっきもそうだった。まるですべてを知ってるかのように痛いところを突いてくる……諦めるにはまだ可能性が残りすぎてる。何より今は――)


 そのフレーズが、涙とともに流れ出てきた。


「相棒」


「あ?」

「しばらく、そう呼ばせて……ありがとう、本当に感謝してもしきれないよ」

「な、なんだよ急に……」

 顔が赤い。


「まさか君にそんなことを言われるなんてね……本当に早計だったよ、本当に。君のもはや悪口に近いその言葉がなかったら俺はダメだった」


「……それは褒めてんのか? てか悪口言った覚えはねぇ」


 にらみつけている――顔は赤いまま。


「とにかく、宣言するよ。もう弱音は吐かない。すぐに諦めない。もしそうなったら君に助けを求めることにする! ……だからさ、もう頭突きはやめてほしいんだけど……?」


 朔良が指をさした頭上には大きなたんこぶができていた。


「はぁ……わかった。ただし、また弱音の一つでも吐いてみろ、今度はもっとどぎついのをお見舞いしてやる」

「うん。それでお願い」

 ニカッと笑う。曇り空が晴れたような、一点の煤もない笑顔だった。


「――相棒か……気に入った」

「本当?」

フンっと鼻息を鳴らし、得意げな顔で口を開く。


「さしずめ、ホントにいい名前が決まるまでの繋ぎってとこだろ?」

「うっ、うるさいよ……」

 またもや見透かされてしまった。


「じゃあ改めて――よろしく、朔良」


「うん。よろしく、相棒」


ご精読ありがとうございます。どうも、しぇがみんです。

一歩ずつ確実に進んでいきましょう。


次回をご期待くださいませ。

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