王国反乱 その2
-英雄。
英雄とは、ヴィジクスにある王国国教会ではなく、大陸にある聖教会本体からそう認められた「特定の個人」を指す。
聖教会が認めた者しか英雄を名乗ることはできず、勝手に名乗ったものは例外なく教会から破門にされる。聖教会がほとんどの国で国教となっている現状では、破門されたものを受け入れる国はおらず、逆に積極的に首切りを行うだろう。
英雄とは国家において、軍事力、抑止力として非常に重要な存在である。そのため、たとえ貴族でなくとも英雄にまでなれれば国家に重宝される。
英雄という枠組みそのものは、実はそこまで古いものではない。というより、ここ50年くらいで聖教会にて枠組みとして成立した、かなり若い制度になる。この英雄という制度がこの50年で一気に各国に浸透したのは、何よりも「わかりやすかった」からに他ならない。
そもそも聖教会はどのように英雄を認定しているのか。実はこの儀式自体は開示されており、各国の支配者層はまず一度は目にしたことがある。また厳密な基準自体は明らかにされていないが、大まかな判断基準は聖教会より明示されている。曰く英雄とは、「魂と肉体が一般的な人間より著しく重い人間」である、と。
実際この「英雄の定義」を見出し、英雄を判定する魔術具と儀式を考案したのは、たった一人の教皇である。かの教皇はその「魂を見る」特殊な眼で、かつて英雄と呼ばれた者のうち、特に「馬鹿げた功績を挙げた者たち」に共通する特徴として、魂の重さが通常の人間とは比にならないくらい重いことを発見した。同時に魂が重いことの副作用なのか、そういった者たちはその外見からは想像もできないくらい肉体も重かった。もはや伝説となっているこの教皇の偉業により、「何かしらを為す」前の英雄を見つけることが理論的には可能となった。
だが、教皇その人にしかわからない「魂の重さ」など、たとえ教皇の判断だとしても各国がそのまま受け取るはずがない。そこで教皇は、「まだ何もなしていないが、英雄の資質を持つ者」を見つけ、それを公表した。そしてその者は教皇の「予言」の通り、戦争における1つの戦場を1人で終結させる、という「馬鹿げた功績」を挙げた。それは御伽噺ではなく、実際に戦場で起きたことであり、多くの貴族、騎士、徴兵された兵が目にし、実感した。彼の剣は目に見えない速度で振られ、そのひと振りだけで1つの騎士団が滅んだ。一人を燃やすのがやっとのはずの魔術を彼が放てば、戦場の土が溶けるような地獄の業火となった。そう、英雄とは、単純に、純粋に、化け物の如く強いのである。
この単純明快な仕様は、欺瞞や言い訳を許さなかった。魔術を鍛えたところで、筋力を鍛えたところで、技を鍛えたところで、それは達人であって英雄でない。生物としての絶対的な差がそこには存在するからである。またどんなに巧みな詐術を試みたところで、魂そのものを見る教皇は一切騙されることがなかった。教皇が選んだものは正しく英雄として化け物の如き力を振るったが、そうでないものはただ為すがままにされるだけであった。
この「わかりやすさ」から、英雄の定義と聖教会のみが認定できるという仕組みは、誰も想定しない速度で浸透することとなった。
このような背景から、ヴィジクスにおける内乱において、現在英雄の大半は王国軍側についており、民兵を含めた総兵力数では最早勝っている反乱軍が攻めきれない状態を招いている。
「これまで英雄がこのあたりの戦いに投入されることはありませんでした。当然ですが英雄は絶対数が少なく、多くは王室直属になっています。王都から少し離れている場所に、英雄が出張ってくる必要性がなかったのですが、どうやら今回は事情が違うようです。」
受付の女性はそう言ってまた呼吸を置いた。一介の受付にしてはやたら事情通である。
「事情が違う、というのは?このあたりで何か重要な鉱石でも見つかったか?」
「いえそうではなく、見つかったのは新たな英雄です。新たに教会に認められた英雄の初陣だそうです」
「大きくもないが小さくもない戦いが裏目に出たのか。初陣として、そして英雄のお披露目として利用される可能性が高いと。そして、それを知った傭兵達は去っていった、ということか」
その通りです、と受付の女性は首肯した。
「ただ、実際に英雄が戦場に出ることが確定した訳ではないんだろう?それであれば、傭兵の数は多くいた方がいいはずだ。なぜわざわざこんな話をしているんだ?」
「現状数の上では、十分な兵力が確保できていることと、ここでお話せずに徒に傭兵を死なせた場合、他の戦場で傭兵が必要となった際に集まっていただけない虞があります。それを危惧しました。なので貴方についても、このお話を聞かれた上で、戦場にご参集いただくか判断いただいて構いません」
ますます一介の受付らしくない配慮だとジルヴァは感じたが、一方で受付の女性の言いようが非常に気になった。
「可能性と口にしている割には、まるで誰が戦場に出てくるのか、すでに掴んでいるような言いぶりだな。可能であれば教えてもらえないか?」
「英雄の動向を掴んでいないと全滅もあり得ますので、我々でも可能な限り情報は集めています。あまり口外はしておりませんが、直近新たに認定された王国の英雄ということであれば、恐らく“聖騎士”が出てくるのではないか、と思われます」
その後一通り“聖騎士”に関する情報を聞いて、ジルヴァは斡旋所を後にした。ジルヴァがそもそも傭兵として戦争に参加するのは、英雄の情報を得るためである。特に、最近新たに英雄になった者は、ジルヴァが探しているものに繋がっている可能性が高い。ジルヴァは斡旋所で聞いた聖騎士が滞在している可能性の高い街へ早々に移動することにした。
◆◆◆
「ただの傭兵にあそこまで情報を渡す必要がありましたか?」
ジルヴァが去った後の斡旋所には、先ほどまでいなかった壮年の男性が姿を現していた。その立ち姿は、隙なく着こなしている執事服が表すように品がある一方で、どこまでも武の匂いが立ち込めていた。
「・・・最近王国所属の英雄が2名ほど、行方不明になっています。どちらも比較的若い英雄で、ここから遠くない街に配置されていたようです。その街では、警邏に出たまま戻っていないので、別の街や王都に勝手に移動してしまったのでは、と噂されているようですが」
受付の女性は背後に立つ壮年の男性を見ずに、淡々と話し続ける。
「いくら英雄が直接的な戦闘に強くとも、毒については一定程度効果があることがわかっています。そのため王国側も英雄が毒殺されないよう、配置、移動させる場合必ず出自の確かな多数の護衛をつけています。それに、いくら最近大きな戦いがないからといって、貴重な戦力である英雄を、わざわざ市外に長く警邏に出すことはないでしょう。ただ、訓練と称して、外壁近くですが、よく市外に出ていたことは事実のようです。そしてある日以降、その訓練に出た英雄が戻ってきていないことも。護衛の騎士は街にいるにも関わらず」
壮年の男性は口を挟まず、黙って女性の続きを促している。
「別の噂ですが、同じ街で英雄について良く聞いて回る男がいたそうです。その男は英雄の市外の訓練のことも聞き、よく見学に行っていたようで、聞かれた者たちは英雄のファンなのか、と笑っていたそうです。ところが英雄が行方不明になると、その男の姿もぱったりと見なくなったとか」
「-その男の特徴が、先ほどの傭兵と合致しているのですか?」
「傭兵の出で立ちをした灰色の髪の男、とのことで、人相は不思議なことにほとんどわかっていません。ただ、英雄が行方不明になった日、外壁近くで轟音がしたようで、不思議に思って音の発生場所に確認にいった行商の1人が、現場近くでその男と思われる人間を見ています」
女性は一呼吸置いた後に、平坦な声音で言葉を続けた。
「その行商が言うには、男は“不思議なくらい真っ黒で大きな槍を持っていた”そうです」
そうして女性は、ゆっくりと壮年の男性に振り返った。
「アルベルト。先ほどの傭兵の後を、極力気づかれないように誰かに尾行させてください。的外れなら良し。ただ、そうでないなら-」