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聖剣と魔女のミュトロジア  作者: 八雲 辰毘古
第二章 魔女と騎士
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第5話 不名誉の〝息子〟

 さらに数日後、そろそろ〈祝祭月(はふりのつき)〉が終わるかの頃のことだった。


 ガーランドはその間、たびたびシャラ・エヴァンズに言伝をもらって外出していたが、ふたごは一切の自由がなかった。ただ部屋のなかにいて、おのおの好きに過ごすのみ。

 アデリナは「身体が鈍るといけないから」といって腕立て伏せやら、天井の(はり)を用いた懸垂(けんすい)運動やらを繰り返す。脚についても鍛えるのは(おこた)らない。いっぽうルートは蝋引きの書字板を手に、あれを書き記してはこれを消して──を繰り返している。


「なにやってんだよ」とアデリナが訊くと。


「これまでのできごとを整理しておこうと思ってて」

「整理?」

「メリッサ村で起きたことや、ガーランドさんや辺境伯からなんどか聞かされたこと、そのぜんぶをさ」


 あの日から数度、フェール辺境伯に呼び出されて話す機会があった。

 その過程でこれといった目新しい情報はなかったが、ふたごが出くわしたさまざまなふしぎについて、一定の答えがあったのだ。


 いわく〈聖剣の(ほこら)〉について。


「〈聖剣の祠〉は、その名の通り聖別を受けた剣を奉納する場所のことだ。かつて星室庁が辺境各地の土着霊を調伏(ちょうぶく)し、そのおとぎ話を叙事詩圏の説話に組み込むかたわらで、特に手に負えない邪霊を封印せざるを得なかったという。そのときに使われたのが聖剣だ。といっても、銀で作られた刃に泉で汲み取った聖水を掛けただけの装飾用の剣だったという話も聞く」


 とはいえ──こう語ってくれたのは、フェール辺境伯だった。


「なかには〝本物〟もいくつかあって、それはわざわざ名匠に()ってもらったモノもある。夜光鋼(ノクリム)の刃を持ち、聖句を彫った剣身が美しく、並みの装飾用よりもはるかにすばらしい出来だった。そんなものをわざわざこしらえて、化け物退治をし、最終的に剣をいしずえに祠を建てる。叙事詩圏でいくつか、『なぜこんなところに』といぶかしむような場所にわざわざ集落を作っておいておくのは、そういう意図もあるわけだが」


 そのとき辺境伯は、同席していたガーランドを一瞥する。ガーランドは何も答えない。ただ、沈黙を貫くのみだった。


「メリッサ村には〈竜の息吹(いぶき)〉と呼ばれる、秋から冬にかけて唐突に吹く突風がある。あれを浴びると具合が悪くなるというから、白魔術師は()()()だと言いのけたが、とんでもない。あれはときどき封印から漏れた瘴気(しょうき)が、風に乗って降りてくる現象を指している。ということは、あのあたり一帯に、昔だれかが竜を斃して、封印したんだよ。いまその伝承を調べさせている。デォルグ、という名前をもとにな」


 その話の続きを、ガーランドが引き取った。


「調べているのは領主の密使ではなく、われわれ星室庁ですよ」

「そうだったな。言い方が悪かった。『協力を要請している』とでもしておこうか」

「しかしそこまで話されてしまっては致し方ない──が、ハッキリ言っておくが、まだデォルグなる古代種の竜について、これといった文献は見つかっていない。あるとすれば大学都市か、王立図書館、それか──」

「禁書庫だろうよ」


 ガーランドの目元だけが険しくなる。

 辺境伯は余裕の笑みを浮かべた。


「まあ、しかしそれは貴殿らの捜査に任せるとしよう。われわれではどうしようもないことだからな。あくまで、われわれの目的は魔獣退治にこそある。その点、測り違えて欲しくないものだな」


 これが最新の会話の内容だった。


 ルートがその内容を書いては消し、書いては消すことで自分自身の記憶に組み込む。物事には憶えやすい順序立てや、大切なことばを切り抜くことで決して忘れないようにできるというのがルートの持論だった。


 ルートはここまで記してから、思案顔になった。


「でもね、ここまで整理すると、いろいろ気になることが出てくるんだ」

「んー?」

「まずね。〈聖剣の祠〉がメリッサ村にあって、それが何者かによって壊されたから竜やほかの魔獣が出てきたとする。だとしたら結社〈イドラの魔女〉が、ボクたちの村に仕掛けたっていう魔法陣はなんのために作られたんだろう? ガーランドさんはユリアおばあちゃんに対して、あれが界嘯(かいしょう)の原因だと言っていた。確かに降霊術には邪霊や魔獣を呼び寄せる術式があるって話は聞いたことあるよ。でも、それと祠の話がバラバラに出てくるのはどうしてだろう?」

「両方原因だってことは?」

「重ねがけってこと?」

「うん」

「どうだろうなあ」


 ルートは腕組みした。

 その間アデリナは梁にぶら下がったままだ。


「あとね、仮に〈聖剣の祠〉の話が本当だったとして──ガーランドさんはなんで最初に教えてくれなかったんだろうって思うんだ。だってリナの使えるようになった魔法の剣って、その聖剣のことじゃないかな、て思うから」

「あー、言われてみれば……」

「リナ憶えてないの?」

「憶えてないわけじゃないんだけどさ」

「ちがうよ。ボクが言いたいのは、〈聖剣の祠〉なるものを、リナが壊したのかどうかってことだよ」

「そんな、わけ──」

「ね? どっちかなんて言えない。確信なんて持てっこないんだ。だってボクたちは()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「これもよくよく考えればふしぎな話なんだ。ボクたちが何も憶えてなくて、思い出せないのは瘴気のせいだ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()?  祠のせい? それとも界嘯(かいしょう)があったせい?」


 どっちにしても、ボクたちが何も憶えていないことが、ものすごく都合が良すぎるように感じるんだよ──ルートはそう言った。


「だれに?」とアデリナ。

「えっ?」

「いまルゥは、都合がいい、て言葉を使った。それはだれかがいないと成り立たない。だれにとって、それは都合が良いんだ?」

「それは──」


 わからない。何もかも。


 事態をうやむやにすることで、だれが一番得をすることになるのか。

 それも、魔獣の出現と、メリッサ村の住民をまるまる犠牲にしてまで、得るものとは。


「うーん、わかんねえや」


 アデリナは梁から降り立った。両の手のひらを押し当て、相互に指を伸ばす。彼女の手のうちにはすでに無数の握りダコがあり、触れるだけでザラザラする。

 それを自身で楽しむように指の伸縮を終えると、ふたたび口を開いた。


「もうなるようにしかならねえよ」


 その時──部屋のドアにノック音。


 はい、と答える間もなくやってきたのは、ガーランドと、もうひとりだった。

 金髪を短く切ったその面持ちは、アデリナと似た少年の趣きを帯びる。しかしその顔には冷たく静かな硬さを感じた。おまけに目は(みどり)色で、ルートにも負けない知的な奥行きをすら湛えている。


 そしてなにより──鎧かたびらをまとっていた。


「シュヴィリエールと言います。辺境伯直属の騎士団に所属している。今回特命を受けて御二方の護衛をすることになりました」

「──ということだ。辺境伯も粋なはからいをしてくれたみたいだね」


 ガーランドはぬけぬけと言う。


()()はわたしと分担して、きみたちふたりの日頃の警護をすることになった。いままで抜かりがあったわけではないのだが、辺境伯もそれなりに気にしておられるようだ。だから、身柄は星室庁の預かりだが、魔獣退治にあって重要な情報源でもある君たちを守っておきたいということでもある」


 シュヴィリエールは、ガーランドを無表情のまま一瞥(いちべつ)した。しかし星室庁の男は、あえて説明をやめなかった。


「きみたちがこの後どうなるかは、そのうち決定が降りるだろう。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()。それまでは、きみたちは星室庁の監視下にあることを、くれぐれも忘れないように頼むよ」


 そう言って、ガーランドはまた去った。

 あとには三人。

 ふたごは居た堪れない気持ちになった。


 アデリナは、なんとなく、シュヴィリエールに向かって会話を試みる。


「あの……」


 無言だった。


「その、おまえ騎士なんだな」

「……」

「アタシもさ、ほら、騎士になれたらいいなって、思ってて」

「……」

「友達とか言わないけど、騎士になるまでのこととか、いろいろ教えてくれたら、うれしーなー、て、その」


 シュヴィリエールはひと言も喋らない。

 アデリナもいろいろ言葉を変えては語りかけてみるが、次第に人形と話している気分になって、やめてしまった。


(けっ、これが身分の違いかよ)


 と内心毒づいたとき。


「──私は」と、おもむろにシュヴィリエールが口を開く。「きみたちと馴れ合うつもりは毛頭ない」


 ふたごは唖然とした。特にアデリナは「はあ?」と口にまでしていた。


「あくまで必要な情報がわかるまで、辺境伯と話ができるようであればいい。それ以上は何も求めない」

「オイオイ、そりゃあひどい言い方じゃねえのかよ……」


 アデリナが立ち上がってにらみつける。

 シュヴィリエールは応じない。あくまでどうもうだが、手懐けるべき小さな獣の仔を見つめるような目で──


「きみは『騎士になりたい』と口にしたな。やめておいたほうがいい。騎士には冷静さが何よりも肝要だ。内なる獣を抑えられぬような愚昧(ぐまい)な輩では、騎士になったとてその恥さらしになる」

「ンだとてめえ!」

「リナ、リナ、落ち着いて!」

「いやだめだ。いくらなんでもコイツの言うことだけは許せねえ」


 アデリナはルートを突き放し、身構えた。


「取っ組み合いってのはどうだ? ぶっ飛ばしてやる」

「ことわる」

「いーや、おまえはアタシを相手にしなきゃダメだね。でないとアタシを守りきれず、どっかに行方不明になりかねない」


 しゅっ、しゅっ、と拳を前に出す。

 目が完全に闘志に燃えている。


 シュヴィリエールは鎧かたびらのまま、気乗りしない様子で、半身の構えを取った。


「いいのか? それで」

「問題ない」

「アタシぁ、村ではそこそこ力はあったんだぜ?」

「問題ないと言っている」

「なら、お言葉に甘えてッ」


 前のめりになって繰り出すこぶし、足払いを掛けつつ間合いを詰めて、こぶし。

 拳。拳。拳。

 すべて空を切って、肩を掴まれた。

 シュヴィリエールの顔が一瞬迫ったかと思うと──天地がひっくり返り、アデリナは組み伏せられてしまった。


(やべぇ、強い)


 そう思うのと、シュヴィリエールが口を開くのはほぼ同時だった。


「だから言った。やめておけと。きみは騎士になるには、弱すぎる。もっと根本的な部分で、弱いんだ」


 アデリナはこの宣告に耐えられなかった。その後暴れに暴れ、何度もシュヴィリエールに組み伏せられた。

 そしてついに、シュヴィリエールから一発浴びて気絶するまで、反抗したのだった。

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