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聖剣と魔女のミュトロジア  作者: 八雲 辰毘古
番外編『はじめてのおつかい』
12/47

はじめてのおつかい(前編)

 これはメリッサ村がまだ滅びる前の。

 とある日常のお話──


「リナ〜?」


 少年が、いた。

 黒髪の。青い目の。そして美貌の。


 わずか五十数名しかいない辺境の集落メリッサにおいて、一際目立つその端正な見た目は、数少ない村の娘から見てもうらやましいほどであったという。

 その少年が、野山を藍染めローブでうろついている。


 石塀の隙間の道を通り、シシ垣の近辺を散策し、橋を渡って──


 タケダカソウの野原へ。


 季節(とき)麦秋(なつ)。サトムギのみのりが盛りのころで、透き通って心地よい初夏の風が、草原を駆け抜ける。さながら緑の大海に、さざなみが踊っているみたいな光景だった。

 そのまっただなかをかき分けて、さては、やはり、と眉をしかめる。


「やっぱりここにいたか」

「むにゃ」


 起き上がるのは、金髪の少年──もとい少女である。

 すりむけた、むきだしのひざ小僧に、骨ばった手を掛けて、上体を起こす。少年めいた精悍な顔立ちに、泥をぬった鼻。


 文字通りのわんぱく小僧。

 けんか大将といったところか。


「ンだよ」

「出かけるよ」

「ふーん、あっそ」

「じゃなくて。リナもいっしょに行くの」

「は?」

「おつかいなの。ヘルマン司祭からの」


 ひこばえのかごを突き出して、


「馬車道沿いに行商の辻市が立ってるから、薬草とかいくつか買ってこいって」

「なんでアタシがあのヒゲ坊主のいうことを聞かなきゃ……」

「うまく値切ってくれたらその余りでお菓子買っていいって」

「よっしゃやったらァ!」


 飛び出す。駆け出す。

 草原を走る風のように。

 ルートはあわてて追いかけるが……


「ちょっと! もう待ってよ!」


 すっかり距離を離されてしまったのだった。


 村に戻ったふたごを待っていたのは、あごひげをよく伸ばしたヘルマン司祭である。


「おお、リナとルゥ」


 村から馬車道にゆくには、必ずと言っていいほど寺院のある広場を通過しなければならない。そこを掃き清めていたのが、おつかいを頼んだ当の本人だったのだ。

 だいたい、この村は狭かった。山あいに拓かれたわずかな耕地を、それでも広く取ろうと斜面に沿って家屋(おもや)が建てられている。もともと大開墾(かいこん)の時代の名残もあってか、いかにもむりして場所をつくった感が否めない。


 だからなのか。

 ヘルマン司祭へのあいさつ抜きに村は出ていけない。


「よろしく頼んだぞ」

「はい」とルート。

「ふん」とアデリナ。


 それから二、三、ルゥはヘルマン司祭からことづてをもらい、それからふたりは村を出て馬車道へと降りていった。


「えーっと、ロスマリスの葉にウツケソウ、オカンムリに……ガランドウの根っこ」

「よく憶えてられるな」

「憶え方ってのがあるんだよ」


 てくてく歩く、その道すがら。


「棚のようなものをイメージするんだ。等間隔に、仕切りが付いた、だいたい五段くらいあるような棚を。ホラ、寺院にある本棚みたいなやつだよ。そこに一個一個似たもの同士の小物を仕舞う感じで、あそこには薬草類、あそこには今日やるお掃除の準備ごと、そして向こうの棚には今日の晩ご飯のことをひとつひとつ置いてみるんだ。もちろん、物じゃないから一個一個はていねいに考えないといけないんだけど、これができるといつでもものを忘れないようにできるんだよ」

「へえー」


 説明されて、腑に落ちたものの、アデリナにはどうすればそんなことができるのか、全く思いもよらなかった。


 そうこうしているうちにたどり着いた馬車道は、見るも鮮やかな天幕村と化していた。


 赤、青、緑と多彩な織り物を青空に掲げて庇とする。その下に敷物を広げ、見世棚を拵え、さまざまな小物を並べては、男女が構わず行き交うひとを呼び止める。

 いらっしゃい、いらっしゃいと、歌いながら道ゆくひとを棚に導く。


 竪琴の音がした。

 清らかなせせらぎのように。


 笛の音も。

 小鳥のさえずりのようだった。


 そして仕出しの出店すらもあって、アデリナの関心はそちらに向いていた。

 鼻をくすぐる、香辛料混じりのシシ肉が思わず空腹を呼び覚ます。


「初夏の祭りってのは、やっぱりいいねえ」


 ませた口調でアデリナがふんぞり返る。

 隣りでルートはあきれ顔だった。


「ホラ行くよ」

「わーん、けち」


 そのまま、すたすた歩いて、出店のあちこちを訪ねて歩いたのだった。

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