真夜中の補修作業①
ロイドに謎解きの趣味があっただったなんて知らなかった。
暗号解読みたいなかんじなのかな?
あいつ、たまにこむずかしー本読んでるときあるもんな。
それにしても、楽しみすぎて、一番街マーケットからあーんなに大急ぎで帰ってくるなんて・・・
ぷくくっ いつもクールぶっててスカしてる割に、可愛いとこあるじゃん。
うんうん、とひとり納得しながら、改めてローブのポケットから茶革の表紙の古冊子を取り出す。
中身がミミズのバラバラ事件な、例のアレである。
千切れそうな綴じ紐は取り替えて、『浄化』と『洗浄』の呪いを重ねがけ。
ガサガサとささくれだち、今にも剥がれ落ちそうだった革の表紙の表面は、リュカ様謹製の特性オイルで保湿済み。
「ひとまず外側はこれでオッケーだけど・・・中身がなあ」
はあああーーー。
思わずため息が漏れる。
良く見なくてもわかる、表紙すら読めたもんじゃない。
たぶん、手書きの文字(しかもかなりの達筆なやつ)で書かれているタイトル・・・だろうって雰囲気は感じるのに、文字を構成する線がどこからどう見ても不足している。
「なんだろう、たぶん古代語だと思うんだけど・・・『・・・な・・・しょ』?いや、『・・の・・しょ』かな?」
うーん。
首を捻りながら、ごわつく冊子のページを捲っていくが、可読できるのは最初の数ページのみ。残りの十数ページは壊滅的だ。
だめだこりゃ!
と、いうことで、ロイドの部屋を飛び出して、斜め向かいにある俺の部屋にダーーーッシュ!
暗証呪文を唱えて、がチャリと開いた扉に身体を滑り込ませ、ポイポイっと履いていた外靴を脱ぎながら、今朝ぶりの室内に入る。
開きっぱなしのカーテンからは、すっかり暗くなった夜空にぽっかりと浮かぶ月明かりが差し込んで、部屋の中は以外な程明るい。
入ってすぐの廊下に、パジャマが脱いだそのままの形で脱け殻のように落ちているのを、ベッドのうえに放り、ベットサイドの棚へと駆け寄った。
ばーちゃんと暮らしていた《最果ての森》の小屋が、生活空間は土足禁止だったので、俺の寮生活も自室では靴を脱ぐスタイルなんだけど、なんと、学内では、寮棟も含めて「自室以外はローブと革靴着用」が校則で義務付けられているのだ。
俺もばーちゃんも小屋の中どころか外(=山)に出るときだって、よっぽどのことがない限りほぼ素足。
よっぽどのことがあって、靴を履く必要があるときでも、最低限、怪我しない程度に足が守られる強度があればオッケー!
編んだ草でも、動物の皮を鞣したものでも、足が守られるならそれが靴!
ってレベルの生活だったから、入学後の革靴生活には心底驚いた。
半人前の魔法士が集まる場なので、魔法の暴発や、危険な薬品、魔道具なんかから俺たちの身を守るためなんだろうけど、靴なんてロクに履いてこなかった俺にとって、ピカピカで格好いいじゃーんっ! と思ったのは最初だけ。
重いし固いし動きづらいし。
みんなこんな重たくて固い革靴履いてんの?!
物凄く窮屈なんですけどーーー!!?ってことで、出来るだけ脱いでいたい代物NO.1。
いや、履くよ?履くけどね、授業中は。マジで危ないから。
だけど、俺にとっての足って「指が短い分、手よりもちょっと使いづらい」くらいの感覚のもので。
指が短いぶん使い勝手は悪いけど、手と同じく物も掴めるし、触れたとこからの感触は大切な情報源だ。
それを「革靴」っていう入れ物にずっと押し込まれているのは、不快で不便以外のなんでもない。
後から知ったことだけど、みんな教師のいる学術塔以外では、柔らかい革でできたスリッポンとか、踵のない靴とかに履き替えていたらしい。
素材と形状を変えれば、革靴っと一言で言っても色々あるってことを、入学直後のカルチャーショックからあっという間にボッチになった俺は知らなかっただけで・・・
はっ! いかんいかん、思い出してまた残念な気持ちになってしまった。
ベット横の棚の中には、乾燥したハーブや香木が、種類や効能ごとに収納されている。
《最果ての森》から持ってきたり、ばーちゃんに送ってもらったりした薬草たちが、所狭しと詰まっているのだ。
その中でも、《防虫》《耐虫》《誘虫》等、虫に効能のあるものを思い付く限りありったけポケットに詰め込んで、再び斜め奥のロイドの部屋に戻った。
「おかえり。部屋に戻ってたのか?」
ティーカップを傾けながら、例の古冊子を捲っていたロイドが顔を上げた。
部屋には思った通り、ふんわりとしたミルクティーの甘い香りが漂っている。
ロイドの向かい側の席・・・いつもの俺の定位置には、クリーム色のミルクティーが並々と注がれた一回り大きいマグカップが置かれ、ほかほかと美味しそうな湯気が立ち上っている。一番街マーケットでロイドが買ってきたたくさんのお菓子も、デザートスタンドにきれいに並べられていた。
さわやかなレモンタルトとサクサクしたクッキー、色とりどりのフルーツがちりばめられたカップケーキ。
もちろんチョコレートプリンもある。
どれを取っても俺の大好物ばかり。鼻腔をくすぐる香りに、唾液がきゅうと出てくるのを感じながら、急いで室内シューズに履き替えた。
ロイドの部屋は靴を脱がない土足スタイルだ。
革靴ヘイトで何度怒られても裸足で室内を歩き回る俺を見かねて、いつからか室内用の靴を用意してくれるようになったんだ。
柔らかいスエードでできた、踝までの長さの室内シューズは白ラビットの毛で出来ていて、ふわもこのシューズインナーが超気持ちいい。
ロイドの実家であるジェリーニ領の特産品だっていう、ふわもこで柔らかいこの室内シューズは、あっという間に俺のお気に入りにランクインした。
ま、ロイドの部屋に敷いてある、見るからに高そうな毛足の長いモスグリーンの絨毯だって、十分にふわっふわ!そのまま裸足で歩いたって、それはもう素ん晴らしく気持ち良いんだけどさっ、
革靴なんか脱いで、裸足で過ごすべきだ。
絶対人生損している!!
良いトコの坊っちゃんなロイドは、自分の部屋でも膝まであるブーツを履いているし、休みの日だってアイロンのかかったシャツとベルトのついたズボンをきっちり着ていて、隙がない。
だらしがないとか、ぐうたらしてるとかって言葉の、反対側にいるようなヤツなんだ。
いつだったかそれを伝えると、「ローブを脱いでいるから十分寛いでいる」って言ってたけど・・・俺からしたら信じられないくらい窮屈な格好なのは変わらない。
それを365日続けてるだなんて、お坊っちゃんも大変だよね。
「どうしたんだ?何か取ってきたんだろ?」
不思議そうな顔をしているロイドに、なんでもないとジェスチャーで返す。
やべ、また考え事に夢中になってた。
「うん、そう。色々持ってきたよ、ほら」
ミルクティーがたっぷり入ったカップと、綺麗に盛り付けられたお菓子の山を乗せたトレーを脇に避けて、ローブの両方のポケットをひっくり返し、机の上にバラバラと中身を引っ張り出す。
大小様々な香木と、薬草の束、匂袋やアロマオイル等々。独特の匂いがロイドの部屋に広がって、匂いだけじゃない、何かわからない粉末ももわぁっと部屋に広がって、ロイドが顔をしかめる。
古革の冊子が一度ぶるんと震えた気がした。
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m