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紙魚取り大作戦②

無重力が俺の身体をすり抜ける。

来るであろう衝撃に備えてぎゅっと目をつぶった時、一瞬身体がふわりと浮く風を感じ、次の瞬間にはどしんっと下へ落ちていた。

ただし、予想していた石造りの固い床の衝撃ではなく、何かもう少し柔らかいものの上に。


「い、ててててて・・・」


腰を抑えながら目を開けると、きらきらと輝く金色の髪が目の前で揺れる。


「大丈夫か?」


長めの前髪から覗く瞳は、南の海を連想させる暖かい(ブルー)

すっきりと通った鼻梁に、薄く綺麗な弧を描く唇。

見とれてしまうほどの、だけど、俺にとっては身近で見慣れた美形の顔がすぐそばにあった。


「ロイド!!」


俺が下敷きにしていたのは、魔法学校の同級生で親友の、ロイド・ジェリーニだった。


「ごめん!!ロイド、お前こそ大丈夫か!?」


ロイドの上に跨がったまま、床に仰向けに倒れている肩を揺さぶった。

顔にかかる金髪が、さらさらと流れるのに目を奪われる。


(うわあ、綺麗な髪だなあ)


天窓から入る、もうすっかり傾いてオレンジ色の陽の光を反射したロイドの黄金の髪は、真っ黒の髪と真っ黒の瞳の俺からしたら、とっても羨ましい憧れの色。

俺もあんな色だったらなあ。

ちなみに言えば、魔法学校の制服のローブも真っ黒なので、全身真っ黒な俺なんかまるで墓場のカラスのよう。

背なんかも、ちんちくりんな俺に比べてロイドは頭一つ以上高い。成長期だから、まだまだ伸びるんだろうなあー・・・いや、俺も伸びるし!きっと!!これから・・!!俺の場合、ばーちゃんと暮らしていた間の食べ物が質素すぎて栄養不足だったにちがいないから――・・・って、今はそんなことどうでも良いからぁ!!


俺の下敷きになっているってことは、梯子のてっぺんから投げ出された俺を、ロイドが庇って受け止めてくれたってことだ!!


「痛いとこない!? 俺なんか庇って、怪我でもしたらどーすんだよ、ばか!」


「助けた相手に向かって馬鹿とはなんだ。大丈夫だよ。浮遊魔法使ったし、お前、軽いからな」


「そっか・・・なら、良かった・・・って、誰がちびじゃ!」


「いや、誰もちびなんて言ってないだろ」


ロイドが可笑しそうにくつくつと笑う。

完璧すぎる造形による近寄りがさが一気に和らいで、ロイドの周りの空気まできらきら輝いているようで、まるで天使がそこにいるみたいだ。

そう、いっつもこうやって笑ってりゃあ、ロイドは天使も真っ青になるくらいな美貌なのに・・・口を開くと、そりゃあもう驚くほど口が悪いんだ。


ん?それはそうと、ロイドがなんでここにいるんだろ。

一緒に出掛ける約束をしていたけど、待ち合わせは寮の談話室だし、約束していた時間にはまだ早い。


倒れているロイドに手を差し出し、引っ張り起こしながら首を傾げていると、俺の心を読んだかのようにロイドが話し出した。


「俺の予定が早く終ったんだ。リュカ、いつまでたっても寮に戻ってこないし、『ガルゼの塔』の入り口にお前の箒が立て掛けてあったから、ここだろうと思って。」


「え?」


「いつもだったら書庫掃除(アルバイト)はこの時間には終わってるだろ? 手伝いに来たんだよ。2人でやった方が早いだろ」


・・約束までまだ時間があったのに、いつまで経っても部屋に戻らない俺を心配してくれたのかーーーっ。

持つべきものは隣室の親友だっっ

思いがけないロイドの優しさに、心の底からじーーーんとなった。


「それにリュカのことだから、なにかやらかしてるんじゃないかと思ったしな」


「んな?!」


ちろりと床に落ちて踠く言葉の欠片に目をやって、やっぱりな、とロイドの綺麗な唇がカーブを描く。


「リュカがおっちょこちょいなのはよーく知ってるからな。・・・なるほど、紙魚ね。()()なリュカには部が悪い相手だな」


「ああーーーー!!! ちびっていったな?! ついに言ったなーーーー!!」


「おっと、つい」


目の前の美貌がにやりと笑う。

こんにゃろーっと手を振り上げる俺の耳に、再びぶうんぶうんという異音が飛び込んできて、はっとその方向に顔を向ける。


「ウェルテクス【旋風】」


ふわりと輝く黄金の髪を揺らして、低く澄んだ声がスペル詠唱するのを聞く。

ロイドの指先を起点に、一陣の風が沸き起こり、塔内を駆け抜けていく。

書棚の間を吹き抜け、固い石畳の床を一掃し、ドーム状の天井に向かって螺旋を描くように巻き上がった【旋風】は、逃げ回っていた紙魚の集団の一端を捉えると、あっという間に一匹残らず風の渦で絡めとり、巻き上げてしまった。

ロイドお得意の風魔法だ。

塔の中に生み出された旋風は、そのまま巨大なドームの空間を一周し、さっき俺と一緒に床に落ちて開いたままになっていた古冊子の中へーーー腕を振り上げたマヌケな体勢の俺の脇をすり抜けてーーー吸い込まれていった。



「よし。終わったな。じゃ、片付けて帰るぞ」


ひとりさっさと身支度を整えて、金属製の巨大な扉に向かって歩いていくロイドを、ぽかんと口を開けたまま見つめる。


風や火、水なんかを扱う魔法は、初等科の1年生が習う初級の魔法だ。

魔力の多い子や教育熱心な家庭では入学前に習得してしまうような初歩中の初歩の簡単な魔法。

だがそれは、周りに()となる「風」や「火」や「水」があればの話だ。そして簡単なのは、「風を起こす」「火を出す」「水を出す」なんかの、()()()()()()()()()()()()()()()()

火のない所に煙を立たせた上に、その煙を操って絵を描くような真似は、超!上級の魔法でとびっきり難しい。


この塔みたいに頑丈な壁に遮られている建物の、管理された空調の中で、完璧に軌道をコントロールした【旋風】を作り出すなんて芸当、中等部の魔法士が出来るもんじゃない。しかも、杖も使わず詠唱だけでなんて。

さっすが魔法界きっての名門、ジェリーニ家の跡取り息子。

入学してからこのかたどの教科でも成績優秀な上に、物理魔法に関して誰よりもずば抜けてるロイドだから出きる技で、万年成績中の下の俺にはとうてい無理なすっこい、すっごい事。


なんだけど・・・


俺は床に落ちたままの、紙魚の集団が飛び込んだ、さっきまで真っ白だった冊子を拾い上げた。


その場でぺらぺらと頁を捲る。


ロイドの【旋風】で巻き上げられて運ばれ、半ば撹拌された形で無理矢理ぶちこまれた文字たち。

それらは、辛うじて文字の形を保ってはいるものの、控えめに言ってもしっちゃかめっちゃか。

とてもじゃないが、この古い冊子の()()()()姿()から程遠いシロモノになってしまっているではないか。


本は、然るべき文章と伝えるべき内容があって初めて『本』として成るのであって。

中身を弄られ意味の通らない文章にされてしまった本は、いじけて闇落ちする。


そう、まさに俺の手の中の、この古びた冊子のように。



「・・・ロぉぉぉぉーイぃぃぃぃードぉぉぉぉーっっ!!!おまえっっ!!何してくれちゃってんだよおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!」



すっかり茜色に染まる塔の中に、本日2回目の俺の怒号が響き渡る。



外へと繋がる金属製の大きな扉の前で、こちらを振り向いた親友の驚いた顔は、やっぱり天使のように綺麗だった。

お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

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