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紙魚取り大作戦①


誰とも向けてない悪態をつきながら、手当たり次第に本を退かしていくと、ラスト一棚の最下段、ものすごく重たくて分厚い何かの全集を退けたところに、それはあった。


〈本の(むし)〉の湧いた元凶の本。


煤けて草臥れた、茶色い革張りの小さな冊子。

タイトルは元は銀糸で縫い取りされていたように見えるけど、剥げて黒ずんで、なんて書いてあったのか今となっては読み取れない。

解れまくっている綴じ紐が、辛うじて空中分解を防いでいる、見るからに古そうな本。


これ以上のダメージを与えないように、でも最大限急いで中の頁を捲っていくと、黄ばんだ羊皮紙の半分以上に不自然に文字の抜け落ちた、白紙頁が続いている。



絶・対・これえぇぇぇぇ!!



今にも千切れ落ちそうな綴じ紐をマッハで取り替えて、表紙に【浄化】【清浄】【保存】の(まじな)いを重ねがけ。


特製の艶出しオイルを柔らかい布で表紙に塗り込めながら、俺は先ほどの紙魚(しみ)(本の蟲)の一団を追いかけた。

後ろから脚立1号もついてくる。


(どぉーこぉーいったぁぁーーー!!)


本から逃げ出した文字達は、紙の外で長くはもたない。

元の本か別の本か、どっちにしても印字されてない文字は、時間と共に朽ち果ててしまって永久に失われてしまうものだ。


(消滅する前に探さないとっ)


紙魚になってしまったってことは、消滅までのカウントダウンが始まったってこと。

ぶうんぶうんという、羽音に似た音を頼りに書棚の迷路を突き進む。

書庫掃除をする際には入り口から奥へ奥へと進んでいった書棚の林を、今度は逆に辿っていく。

入口付近よりも、中心部に近い辺りの方が棚同士の間隔が狭く、一棚に何冊並んでいるのか見当がつかないほどぎっしりと詰まっている。


半分ほど戻った辺りで、通路に黒い塵のようなものが落ちているのが目に入った。


「もー。考えなしに飛び出したりなんかするからだぞ・・」


力尽きた言葉の欠片たちだ。

じじ、じじっと羽音を時折響かせながら、もはや飛び上がることも出来ないらしい。

生き物ではないと解っていても、石造りの固くて冷たい床の上で震えている姿は、なんだか可哀想だった。


「・・お前たちも、好きで飛び出した訳じゃないんだよね」


本体が朽ち果ててしまう気配を感じて逃げ出すのだから、言ってみれば生存本能だ。


そうだ、こんなちっさくたって生きているんだ。

みみずやオケラやあめんぼなんかと一緒だ!

できることなら消滅させないで、ちゃんと元の本に戻してやりたい。


問題は、言葉の欠片たちはあくまで『言葉の欠片』なので、彼らだけでは元の本に戻すことができないってことなんだけど・・・。例え戻したところで、訳のわからない文字の羅列のできあがるだけ。

文字が抜け落ちて意味の通らなくない本は、やっぱりいじけて、闇落ちしてしまう。


(なにか包むものあったかな)


ポケットを探ると油紙が数枚出てきたので、取り合えずあちらこちらに点々と落ちている「言葉の欠片たち」をちまちまと拾っては、その油紙に包んでそっとまたポケットに仕舞い込んだ。


言葉の欠片たちを拾いながら進んでいくと、塔の入口近く、一際背の高い書棚を曲がったその先の頭上に、目当ての黒い集団がいた。

まだ動く元気のある紙魚達が、新たな宿主になる本を探して背の高い書棚に近づいては、片っ端から反撃に遭い弾き飛ばされているところだった。


「そっちの元気な本は、(むし)なんて寄せ付けないよ。ほら!おまえたちが戻るのはこっちだろー!」


はるか頭上の、たかーいところで繰り広げられているバトルに向かって声を張り上げながら、俺は手に持っていた冊子の白紙頁を開いて掲げる。


紙魚(しみ)が入り込めるのは、自分達が見限って出てきた本くらい、弱って草臥れている本に限られる。

塔にある書棚は既に大半が清拭作業済みの、手入れされた本と書棚なので、紙魚の入り込める隙はほぼないはずだ。


(いや、高すぎて・・・何が起こってるか全然見えないし・・・あいつらさっぱり聞いてねー!)


唸るような羽音の中、首がダルくなりそうな頭上を見上げながら、どうしたもんかと頭を抱えたくなっていると・・・ん?

ちょいちょいとローブが引っ張っられる感触。


振り向いたところにいたのは脚立1号だ。


「どーした?」


俺が向き直ると、座面部分を俺に向けるようにくいっとその身をくねらせてくる。

まるで『背中に乗れ』と言わんばかりだ。


「え?・・もしかして、乗れって言ってる?」


今度は『そうだ』と言うように身体をしならせている。

随分と表現豊かな脚立だ。


「うーんと、ありがたいけどさ。お前に乗ってもあいつら(本の蟲)にはとどかな・・・っどっわあああぁぁぁぁ?!」


なかば無理やり俺の股の下に入り込んだ脚立は、そのままぐんぐん高さを伸ばして、今まさに紙魚達が群がっている、背の高い書棚の上段に届く程の高さにまでなった。


「おまえっ!大きくなるなら先に言ってっ!びっくりするじゃないかぁぁぁ!」


ゆうに5メートルはある梯子の上で、崩れ落ちそうになるところを腕を盛大に振り回してバランスを取った。

床から高すぎて、下を見るとあらぬところがひゅっとする。

もはや脚立じゃない。

梯子だこれは。

落ちたら痛いどころじゃすまないなと、挟み込んだ股に力が込もる。


「でも!これで紙魚(しみ)に近づいたぞっ。おーい!お前たち!!こっちだー、こっち!!」


俺は再度本の蟲たちに向かって、手にした古冊子の白紙頁を開いた。

よほど切羽詰まっていたのだろう。

俺(と、白紙の本)に気がついた紙魚(しみ)の一団が、我先にと掲げた古冊子に向かってやってくる。


「よしよーし良い子!順番にだぞー。出来れば元の文章通りに並んでくれよー!・・って、あぁ!こらっ!」


ひと集団潜り込むごとに、ぱんっと本を閉じて逃げられないようにし、次の白紙頁をめくって、また紙魚の集団を誘い寄せる。

体力のある元気な一団は飛び去っていってしまったが、ぶわぁーんと唸るような音を響かせて、紙魚たちは次々と白紙の頁に飛び込んでくる。


大体半分ほど収容した頃だろうか。

突然、ぎいぃっと地底から鳴り響くような低く重たい金属音が塔内中に響き渡った。

遅れて、カビと埃と紙とインクの匂いに混ざって、土と草の香りが拡がる。

塔の分厚い金属の扉が、開かれたようだった。


「え?誰?」


侵入者を確認しようと、扉との間にある大きな書棚の後ろから顔を出して、重心を傾けたのが悪かった。

頭上に掲げたままの本に、残りの紙魚の群が飛び込んできた勢いでバランスを崩した俺は。


5メートル以上ある脚立のてっぺんから空中に投げ出されてしまった。

お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

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