特別講義③
魔法使いの力は、血によって受け継がれる。だから魔法使いにとって血筋はとても大事なもの。
血筋が確かであればあるほど、血統が古ければ古いほど、魔法の力が確かであるって認められる。
「血筋はそのまま、魔法使いの地位と力の証明なんだ。
血筋が確かなものは高い地位と強い力が保障され、血筋が不確かなものは当然、軽んじられて力も乏しいと思われる・・・前衛的と言われればそうなんだけどね」
ロイドがつまらなそうに、顎に手を置いたままどこか遠くを見るように視線を投げる。
「でも血筋なんて、目に見えるものじゃないのに。どうやって証明するの?」
血筋の正確な証明には、『鑑定』が必要だ。
鑑定魔法が使える人に頼むか、神殿にある鑑定の魔法具で鑑定してもらうかの2択。
因みに、鑑定魔法が使える人はめちゃめちゃレアで、神殿依頼の魔法具の使用料もめっちゃ高い。
つまりは全然一般的じゃないんだ。
「それは属性が証明になる。うちだったら、風属性魔法が使えない魔法士はいないし、逆に言えば、高位の風属性の魔法が使える魔法士は、どこかでジェリーニの血が入っているってことになる。 《風》のジェリーニ、《炎》のマグワイヤ、《水》のミュラー、《土》のウォルター、《光》のローゼンダール。 "最初の5人の魔法使い"を祖に持つ家だ。5家の持つ属性は顕性で5大属性って呼ばれてる。たとえ子の代で表れなくても、必ず先の子孫で発現するんだ」
「遠い昔に、魔法を持つ者と持たない者がいて、どちらの数も少ないうちは混在して暮らしていたけど、どちらの数も増えてくると、それぞれの世界に分化して社会を持つようになった・・って話だったよね? "最初の5人の魔法使い"が、魔法を持つ者だったの?」
それって魔法を持つ者、ものすごい少なくない?っと首をかしげる俺を見て、トビーが笑う。
「リュカ、それは例え話の昔話だよ! だって、属性は5つだけじゃないもの」
どーゆーことだ?ますますわからないぞっ
俺がさらに首を傾げていると、ロイドが引き継いだ。
「血筋に由来する属性は、はっきりしてないもの・公表されてないのも合わせると、魔法界全体で数百はあるんじゃないかって話なんだよ。 さっきも言ったように、属性によっての魔法の効きの良し悪しは格好の研究の的だから・・・魔法士が自らの利点や弱点を、つまびらかにしたいはずないだろう? 名家と呼ばれる5大家以外は、公表の義務はないんだ。だけど、5大家以外の、他の魔法使いの家も必ず血筋に由来する属性魔法を持っているはずだからね。 トビーの家、ドミトリアス家は土属性の一族だろ?」
「うん。うちはウォルターの傍系だから土属性で、緑と氷にも適正があるらしいよ・・・僕はまだ使えないんだけど」
トビーの成績もよくて中の下、悪ければもっと悪いっていう、どちらかというと俺と仲よしこよしの部類だ。
その事で育てのお婆さんからは、何かにつけて厳しく叱咤されているらしい。
トビーの眉毛が、悲しげにどんどん下がっていく。
「父さんと母さんが、あんなことになっているから、婆ちゃんは今回は失敗しないようにって僕にすんごく厳しいんだ・・・。」
今にも泣き出しそうに肩を落とすトビー。
「お父さんとお母さん、いとこ同士だったっけ?」
「ううん、又いとこ同士。魔法学校時代も同級生だったんだって」
「へえーーっ!じゃあ、このクラスの中でも、将来結婚する奴らがいたりして・・・?!」
「面白そうな話をしていますね?」
俺とトビーがきゃっきゃと話をしていると、後ろからトリストラム先生が顔を出した。
「君はドミトリアスの・・・ということは、アーチャー・ドミトリアスとミス・ブレナンのお話ですね? あのお二人とこの教室で授業を受けていたのもつい先日のように思っていましたが、その子どもがもうこんなに大きくなったんですねえ!」
「先生は僕の両親をご存じなんですか?」
「もちろん知っていますとも。私もアーチャーとミス・ブレナンとは同級生ですからね。 ミス・ブレナンは初等部の頃からいつだってとても優秀で・・又従兄のアーチャーはいつもちょっかいを出してはけちょんけちょんにやられていたものです」
当時を懐かしむように微笑みながら、トリストラム先生が話し出す。
「でも、アーチャーが本当に困ったり、私たちではどうしようもないトラブルに巻き込まれたときには、いつも決まってミス・ブレナンが助けてくれたんですよ。 ええ、今思えば、彼女だって当時は無力な見習い魔法士の女の子だったはずです。けれど、いつも果敢にその時持てる全力を使って奔走する姿は、当時もちょっとした学校の名物だったんですよ?」
ふふふっ とトリストラム先生が悪戯な光を新緑の瞳に浮かべて俺たちを見る。
「ですからね、トビアス・ドミトリアス君。今、彼のお二人が旅行先で観光名所になっている件なんて、その続きのようなものなんです。本気で喧嘩できるほど、仲が良いってことです。そのうちに満足してお二人とも戻ってくると思いますので、気長に待っていてあげてください」
ぱちんと片目を瞑って両方の唇の端をニッと持ち上げたトリストラム先生の表情は、子供のように朗らかだ。
「ふむ・・・それに、興味深いディスカッションをしていましたね。属性魔法の話ですか」
青水晶に触れたトリストラム先生の目がキラリと光る。
「良いところに目を付けました! ロイド・ジェリーニ、リュカ・ジョレンテ、トビアス・ドミトリアス君にそれぞれ+10点! それでは、私からもひとつ、異なる側面からの提案をしましょうか。 例えば、私は混血ですが、なんの種族との混血か知っている方はいますか?」
トリストラム先生が、教室全体に響き渡る声で話し始めた。
一番前の席でいつも見上げるように授業を聞いている、アンドラ・フィニカの手が勢いよく上がった。
「ケンタウロスです」
「正解です。ミス・フィニカ。+5点与えましょう。
その通り、私の曾祖父はケンタウロスです。 1/8以下の混血率なので、もはやケンタウロスの外見的特徴は顕在していませんがね。何よりも知識を求め、体系を好む性質は曾祖父譲りと言えましょう。 ああ、『入らずの森』に棲み着いている半魔獣ではないですよ。"予見者"或いは"森の知恵者"と呼ばれるほうの、ケンタウロスです」
「吸血鬼やハーピー、小鬼や鬼、そしてケンタウロスなど、稀に人との混血を生みます。 外見的特質が近い種族ですね。 ダンピールや ティーフリングなど過去には迫害された歴史を持つ種族もいますが・・・現在そういった差別は処罰されます。 特筆すべきは、これら混血の魔法使いの中には、生まれつき、あるいは後天的に、特殊な能力を持つ者がいるってことです。《魅了》《強化》《鋳造》《予知》《予見》。これらの魔法はもともと魔法族の中にはなかったもの。 それが、混血によって魔法族の血脈のなかにもたらされた代表的な例です 」
んんんー?
トリストラム先生がケンタウロスとの混血で?
その混血の子孫の中から、特殊な能力持ちが生まれることがあって?
それがもともとの魔法族になかったものだから・・・?
トリストラム先生は、何が言いたいんだーーーーっっ!!!!!!!