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真夜中の補修作業③

ロイドから薬草学の実験用の盆を借りる。

大中小の丸い盆が3つ繋がった、瓢箪(ヒョウタン)の親戚みたいな形をした盆は、試薬の濃度や強度を測るための物だ。


俺たち学生の、薬学練習の一般的な試薬盆は、ヒョウタンコブ・・・まさに瓢箪にたんこぶが生えたような形の植物の実を縦に割り、中をくり貫いて出来ている。

下働きの妖精達による量産型で、学校の薬学室の備品庫にはこれがたくさん詰まれているんだ。


大さの異なる3つの盆はそれぞれ深さも異なっていて、大きい器が一番深く、真ん中の器は中くらいの深さ、たんこぶ部分が一番浅くて小さい。

高低差ができることで、混ぜ合わせる薬液の濃度が一定にならないっていうすんぽーだ。

うちではばーちゃんもこれを使っていて、このヒョウタンコブの実を取ってくるのも中をくりぬくのも、俺の仕事だった。


さて、目の前に出されたロイドの私物の試薬盆は盆になる部分が全て八角形。

ヒョウタンコブの実じゃあどう頑張っても無理な、角張った側面と滑らかな加工口。


うわっ これ、プロの呪術士が使うような試薬盆じゃん! 

薬草学のメリル先生の研究室にあるのもこれだったぞっ 

こいつ学生なのにこんなプロ仕様の道具使ってんのかーーいっっ!


『八』は呪術にとって重要な数字で、術により強い力を与える数字と言われている。

ほんとかどうかは眉唾もんだけど、有名な呪術士であればあるほど、験を担いで自分の身の回りのものを『八』に関係するもので揃えるらしい。

験を担ぐのも、呪術士には大事なことなんだって。

『薬草学も、薬草や香草の力を引き出して掛け合わせるって言う点では、遡っていくと呪術と同じ根っこなのですよ』

って、いつだったかメリル先生が言う通り、呪術学と薬草学では実験道具が同じだったり、形が似ているものが多いんだ。



試薬盆のたんこぶ部分、一番小さな盆に香炭を置いて火をつける。

そこに《忌虫葉》と記してある袋の中身をざざざっとふりかける。

ラベルの通り、虫の嫌う草や木の皮、葉を乾燥させて粉末にしたものだ。

ユーカリやハッカなどに、ジャコウ・ジンコウ・シキミの葉などを配合した、《この世の果て(ばーちゃん)ブレンド》だ。

熱せられた香炭の上に ふりかけられた葉っぱ屑はあっという間に燻されて、もくもくと鼻につく匂いを発しながら煙を発していく。


これが本当に臭いんだよねーっ!


俺は懐から布を取り出して、さっと鼻と口を覆った。

臭いって言うか、刺激臭? 酸っぱいような苦いような 、とにかく目と鼻の奥をガンガン攻撃してしてくる感じの、そんな匂い。

対応が遅れたロイドはもろに煙を吸い込んだようで 、むせて咳き込んでいる。体をくの字に曲げて、えっほごっほと本当に苦しそう。


「ちょ、大丈夫?」


やべ、ロイドに声かけるの忘れてた。

この煙をもろに吸い込むと、しばらく咳の発作に襲われる。身体が排除しようと躍起になるくらい臭いんだ。

申し訳なく思ってロイドを覗き込んだのに、目の端から宝石のような涙がポロポロとこぼれ落ちる様子があんまり綺麗で、うっかり見とれてしまった。恨みがましく俺を見上げる視線と目が合って、はっとする。


「 ・・・なんか ごめん」


「 ・・・げほっ」


『構わず進めろ』と視線が無言の圧かけてくるので、気を取り直して試薬盆に向かい直した。

ロイドはテレパシーを使えるのかな?


相変わらず木っ端屑からはもくもくと怪しい煙が立ち上って、その煙は部屋全体へと充満してきている。

が、まだうっすらと白いくらいのもので、視界が遮られるほどではない。


「うーん…もう少し足すかな」


これをどのくらい燻すで、これからやろうとしている(まじな)いの成功率が変わってくるのだ。

慎重に、部屋の白濁加減を見極めながら、葉っぱ屑を足したり引いたりして調節する。


「うー。さすがに目が痛くなってきた」


煙が目に染みて、しぱしぱするーっ。


ロイドは大丈夫かなと視線をあげると、今度はしっかりと布で口と鼻を覆って、いつの間にか保護眼鏡までちゃっかりと装着している。俺の視線に気がついた青い目がこちらを向く。


「うわ!お前、1人だけずるいぞ!」


「 さっき ひどい目にあったからな」


少しだけ冷ややかな色を乗せた眼鏡越しの青い目が、早く続きをと促している。

そうでした。 グーの根も出なかったので黙って作業を続けることにする。決して気まずい空気のせいではない。



ロイドの部屋が白い煙で一杯になるまで数10分。互いの顔がぼんやり見える以外の視界はほぼゼロといって良いくらいになっている。


「よしよし、良い感じ、良い感じ」


駄目押しでもうひとつまみ葉っぱ屑を盛り、部屋から持ってきた蒸留水ボトルの蓋をきゅっぽんっと開けて、試薬盆の中くらいと大きい器に各々注ぎ入れる。


ただの蒸留水じゃないぞ。ちゃんと八日目の月の光をたっぷり浴びせた蒸留水だ!

この間の8日の月の夜は一晩中晴れてたから、窓辺にずらっとボトルを並べて作っておいたんだ。

【八日月の蒸留水】は効果の登録されたメジャーな触媒で、道具屋でも売っているが、条件さえ整えば自分で作ることができるお得な試薬だ。

効果は本来の(まじな)いの効果に、プラス0.5%の付加。

因みに、バフ効果を高めるには上弦の月、デバフ効果を高めるには下弦の月の光を集めたものを使う。

今あるのは上弦の月で作った八日月の蒸留水なので、煙でやられた目の痛みを取るのにこの水で洗っても、効果が打ち消されて付加効果は出ない。



たったの0.5%と思うことなかれ!

(まじな)いってのは、この数%の付加効果をどれだけ集められるかにかかっているんだから。

今回だって、ロイドの八角形のトレーの付加効果がプラス5%。八日月の蒸留水でプラス0.5%、それにばーちゃんブレンドの絶妙バランスな薬草配合で、各々の材料の効果が底上げされ1%程の付加効果があるはずだ。


因みにもっと高い付加効果を付けたければ、【八日月の蒸留水】より格上の試薬を手に入れる。

【竜霊山の泉水】や【万年氷の雪解け水】なんかだ。


高いから滅多に使わないけどね。


お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

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