真夜中の補修作業②
切りどころが掴めず、長くなりました。。
真夜中の補修作業はあと2~3話続きます。
「じゃーん!寄虫・誘虫・導虫何でもござれ!題して《虫寄せ呪いセット》!」
「《虫除け》じゃなくて、《虫寄せ》なのか?」
不思議そうに香木の1つを手に取ったロイドが尋ねてくる。
「それにこの香り・・・シダーウッド?」
「お、さっすが!ばーちゃんは《ビャクダン》って呼んでたけど、こっちではシダーウッドって言うよね」
世界の最果てと、魔法界の中心部である魔法学校とでは、同じ薬草や薬でも呼び方や名前が違うものが多々ある。
元々どこかの国や地域で、煎じて飲むとなんだか身体の調子が良いよねっと伝統的に食べたり飲んだりされてたものを生成して作ったのが薬なわけだから、土着の名前があるっていうのは自然なことだ。
大体が、魔法界に持ち込まれたときに発見者によって新しい名前がつけられるんだけど、
『名前には各々力があるからね、こっちの都合で勝手に変えて良いもんじゃない』って言って、ばーちゃんはもともとついてた土着の名前をそのまま使う。
そう・・・俺のカルチャーショックの一因はまさに、それにあった。
物心ついてからこの方、ばーちゃんの呪いとか薬の生成とかを手伝わされてきた(=こき使われてきた)俺は、薬学と呪術学だけは、ちょこーっと自信があったんだっ
なのに教科書に出てくる呪いや薬の材料は、ぜんぶ初めて聞くようものばかり。
もうほんと、教科書の内容はちんぷんかんぷんだし、薬草学も呪術学も実習ありきの班活動だから、同じ班のメンバーからは呆れた白い目で見られるしで・・・
入学式から1週間後、俺は泣く泣く教科書片手に校内の庭園や薬草園を歩き回って、そこかしこに生い茂っている草花を舐めたり嗅いだり触ったりしながら、記憶のなかの薬草達と照らし合わせる日々を過ごしていた。
うっ・・思い出しても、なんて可哀想な10歳の俺・・・っ
そんなある日、いつものように薬草園を彷徨きながら茂みを掻き分けてまだ見ぬ植物を探している時だ。刺のある茂みの下草の中に水色の茸の群生地を発見した。
水色のカサに縦縞のある黄味がかった柄、密集した白いヒダ。
「おー!ケンジャロク茸!」
回復薬の材料になるケンジャロク茸。
野生の動物や魔獣は直に食べて、怪我や不調を治したり、エネルギーを補充する。
もちろん人間が食べても、滋養強壮によく効くってだけでなく、バターでソテーすると独特の風味が増して大変美味しく頂ける有能なキノコだ。
「カサに斑点は・・・なーしっ!よっし!本物!!」
この、薬用にも食用にも有益なキノコで気を付けることはただひとつ。良く似た毒キノコが存在するということだ。
毒キノコの名は『アオモドキ』。
量によっては死に至るくらい強毒の茸だ。
ケンジャロク茸とアオモドキを比べると、アオモドキの方がかさに艶があるとか、青が濃いとか、柄の色が薄いとか微妙な違いは色々あるけれど、一番わかりやすい違いがかさに斑点があるかないか。
『モドキ』の方には、かさに白い斑点があり、本物のケンジャロク茸にはそれがないのだ。
ーーー目の前に群生しているキノコはみんな、斑点がないから、これはケンジャロク茸!
意気揚々と群生地に足を踏み出そうとした俺の、振り上げた腕を誰かが掴んだ。
「やめとけ。それはスカルブルーだ」
振り返った先に、ばさりと黒いローブが翻えり、太陽の光にきらきら透けて輝く金糸に目を奪われる。
次いで俺の目をさらったのは、ぞくっとするほど鋭く輝くブルーアイと整った相貌。
「触れば爛れるし、食えば死ぬぞ」
見た目通りの涼やかな声で、全く穏やかじゃない台詞を言ってのける。薬草学でも呪術学でも同じ班の、ロイド・ジェリーニだった。
やたら綺麗な顔した、良い家の坊っちゃん・・・って印象だったけど、こんな剣呑な雰囲気だったっけ?
ロイド・ジェリーニの、同じ10歳と思えないような醸し出す雰囲気に俺は目を白黒させながら、反論する。
「え、だってカサに斑点ないし、ケンジャロク茸だろ?これ」
「ケンジャロク? 聞いたことないな。スカルブルーに良く似た茸で食用なら、アオマツカシラだろ。カサの斑点は昨晩の雨で一時的に剥がれ落ちているだけだ。生育場所の地面が湿っているうちは、判断保留ってお前が持っている教科書にも書いてある」
氷の刃のような視線が、俺の手の中の教科書を示す。
その目は確実に「早く開いて確認しろ」と言っているのが良くわかる。
うう・・っ。なんだよっ、テレパシーでも使えるのか?!
昼間の学校じゃ、嘘くせーくらいにこにこしてる癖になんだかすげー圧を感じるんですけど?!
教科書、教科書ね、わかってるよ。
俺は教科書を開いて、目的の茸のページを探す。
「 あれー? 見つからないな・・・巻末の索引から探した方が早いかな・・・。ケ・ン・ジャ・ロ・ク・タ・ケだから、『ケ』の欄・・・じゃないんだった。ねぇ、ロイド・ジェリーニ、さっき言ってた茸の名前なんだったっけ?」
「・・・アオマツカシラだ。手のかかるやつだな」
全力でもたもたしている俺を、毛虫でも見るような怜悧な氷目で見ていたロイド・ジェリーニが、これ見よがしにため息吐きながら俺の持ってる教科書に近づいてきた。
面倒見は良いやつなんだな。
「・・・は?」
教科書を覗き込んだ透き通る青目が、みるみる真ん丸になる。
見開かれた深い深いブルーが、転がり落ちてきちゃうんじゃと心配になるくらい。
「おまえ、これ・・・
? なんだこの手」
「目、落ちてきたら受け止めようと思って!」
「・・・落ちるわけねーだろ! なんだおまえ、っはは」
ふわっと、そこに花が咲いたようだった。
学校で見るような、いつもの嘘くせーにこにこ顔と、全然違う。心から、面白いから笑ってる。そんな笑顔だった。
綺麗に口角をあげて笑うロイド・ジェリーニからは、さっきまでの怜悧で剣呑な雰囲気は一切なくて、逆に意外にも優しい顔して笑うもんだから、なんだか良くわからないけど俺まで嬉しくなる。
綺麗な弧を描く口許からは、真珠みたいな白い歯が覗き見えて、ほんと、天使みたいだ。
暫くくつくつと笑いの発作に襲われていたロイド・ジェリーニだったけど、落ち着いて来ると改めて俺から教科書を受け取って、ぺらぺらと捲っていく。
「書き込み、すごいな。これぜんぶ・・・古代語か?」
「! 読めるの?!」
「いや、全部はわからないな。単語くらいなら・・『原初の魔女』殿は古代語を使うのか?」
「話すのは今のと同じ言葉だけど・・・書くのは、そう。うちにある本も全部・・・」
現代魔法界での公用語はリーン語。
魔法政府や公共放送でもリーン語が使われている。もちろん魔法学校の授業でも。
そして、昔々、国や地域が分かれていて領地の取り合いをしていた頃に使われていたのが、イングラエル語、フランシーヌ語、プロセイン語、パスニシュ語の4つ。
古代語は、それより前の前時代、大陸に魔法族が入植する以前の文明の言語だ。学術的にとても貴重な言語で、現存する本は超貴重本として王立図書館の閲覧禁止エリアに鍵をかけて収納されている・・・らしい。
いや、だって・・・うちにあるんだもん!
『最果て』の、おれとばーちゃんの暮らしてた小屋に、この文字でかかれた本がごろごろ。古代語以外の文字の本、イングラエル語、フランシーヌ語、プロセイン語、パスニシュ語の本と、現代魔法社会の公用語、リーン語で書かれた本が少なすぎて、こっちがメインの文字だって思わないじゃん!
おかげで家の本を教材に文字を覚えた俺は、読み書きは古代語、一般的なリーン文字は嗜む程度・・・という、謎の語学レベルで魔法学校に入学してしまった。
入学後、注文した教科書が揃って寮の部屋に届いたときの俺の衝撃ったら、想像できる?
「もう一冊持っている、そっちはなんだ?」
教科書から顔を上げたロイド・ジェリーニが、俺の持っているもう一冊に気がついた。
「え?ああ、こっちはノートだよ」
手のひらサイズのノートを、ほら!っとばかりに拡げて見せる。
これは、物心ついてから何かと書きためてきたマイノートだ。
野生の草花やキノコの在りか、食用とそうでないものの見分け方や採取のしかた、調理方法など、ばーちゃんとの最果てでの半自給自足生活でのあれやこれやが詰まっている。
古代語で。
そのノートを方眉を上げて見ていたロイド・ジェリーニが、スッと俺に向かってノートを差し出した。受け取ろうと伸ばした腕を握られ、握手の形を取られる。
「協力してやるよ、リュカ・ジョレンテ。俺が、ここでの文字と常識を教えてやる。
だからおまえは、俺に古代語をおしえてくれ」
方頬を上げてにいっと笑うロイド・ジェリーニは、天使というには邪悪な、けどいつもの飾り物みたいなにこにこ顔よりよっぽど人間らしい表情に見える。
なんか悪い顔してる気がするけど、俺はこっちのコイツの方が好きだ!
それにこれ、これって・・・
友達ができたってやつじゃない?!
握られている手にぎゅっと力が籠る。
「オッケー!!」
俺は嬉しくなって元気いっぱいに返事をしたんだ。
これが、俺のロイドとの出会い。
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
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