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書庫掃除とプロローグ

ぷるるっぷー ぽろろっぼー

くるるっくー ぽっぽー!


ぷるるっぷー ぽろろっぼー

くるるっくー ぽっぽー!!


爽やかな朝の山々に響き渡る、たくさんの鳥の鳴き声で目が覚める。


「ううぅ・・・わかった、わかったから・・・もう起きるよぅ・・・」


窓から差し込む陽の強さに目を細める。

いつもより起きるのが遅かったようで、鳥たちの合唱は既に何クール目かに突入しているのか、力強さが増している。


めちゃくちゃ、眠い。

頭も瞼もずんと重い。


昨夜の夜更かしを呪いながら、重力に逆らうことなく再び閉じようとする瞼を狙って、鳥たちが容赦なく体当たりしてくる。

仕方なく起き上がった俺の顔を、まだ突つきにやってくる鳥のうちの一羽を捕まえて、羽の下にあるスイッチを押と、次の瞬間、鳥アラーム(複数)が丸い目覚まし時計に形を変えて、ベッド脇の棚の中にしゅんと戻っていった。


「ふっっぁあ うあぁぁ・・・」


起き上がって伸びをする。


「・・・お風呂はいりたい」


俺は毎日風呂に入る派だ。だけど昨日は部屋に戻るのが遅くて、諦めてそのまま寝てしまった。

髪はぼさぼさ、辛うじてローブは脱いであるけど、パジャマに着替えることすらなく昨日着ていた服のままだ。全身が埃っぽい。

まだベッドから出たくないと抗議する重たい身体を無理矢理動かして、風呂場へと向かう。



服を脱いで、お湯を張ったバスタブに浸る。

熱めに張られたお湯が、目覚めの身体に気持ちがいい。

バスタブについている2つの蛇口のうちのひとつは、湯張り専用だ。初期設定は『熱め・薬湯』にしてある。蛇口を捻ればいつでも薬湯に浸かれるとは何て贅沢なのかしら。


「ふ あぁぁぁ~~~~」


乳白色のお湯の中で再び大きく伸びをする。

今日の薬湯は何なんだろう。ハッカのような、清涼感のある匂いがする。後で寮監さんに聞いてみよう。


(ん?)


見慣れないものを見かけた気がして、目線が自分の身体のほうに下がる。

不透明なお湯に、白い饅頭のようなものが2つ浮かんでいる。それは乳白色の薬湯よりも、一段と白い。

なんだこれと思うより先に手が動いて、饅頭(?)のうちのひとつを掴んだ。


むに


「ん?」


むにむにむにむにむにむにむにむに。


柔らかく弾力のある()()は、持ち上げることも沈めることも出来ず、むしろ触った感触だけでなく触られた感触もあるような・・・?


無言で湯船から勢い良く立ち上がると、裸のまま風呂を飛び出し部屋の姿見の前に立って、そこに映る自分の姿を見る。


最初に飛び込んできたのは、いつも通りのカラスの羽みたいに真っ黒な髪。だけどいつもよりも心なしか艶々しているような。

続いて驚きに大きく開いたやっぱり真っ黒な瞳。ただし、同じく漆黒の密度濃く生え揃った睫が、やけに長く、おまけにくるりんと上向きにカールしているような。

そして、望むような筋肉が全然つかないで何時まで経っても痩せっぽっちだった身体。

なんだか筋肉以外のもっと柔らかい質感を纒っているうえに、雪のように白い肌は内側からほんのり発光しているような・・。

ピンク色の唇はつやつやしてて、瞳なんかもうるうるしてて・・・

どこからどう見ても、女の子がそこにいる。


そして敢えて目線をやらなかったけれど、なめらかな身体のラインの中心には、お椀のように盛り上がってるのに柔らかい塊が胸に2つくっついている。

替わりに、股の間にいた俺の俺自身は・・・どこにも、ない。


鏡の中の少女の口がかぱっと開いた。

風呂上がりで上気していた桃色の頬が一転して蒼白になり、目元にはみるみる涙が溜まっていく。


「・・・うっっっ んぎゃああああああぁぁぁぁ!!!!!」


()()絶叫が、朝の室内に響き渡る。


この話は、この絶叫より20時間ほど前から始まる。



* * * 


「……っふ……っふ、……っっ、ふ、ふぁーっくしょんっ!ぶへーーっっくっしょん!!」



口を覆うマスクも飛び上がるほどのくしゃみに、舞い上がった埃が陽に照らされてきらきらと降りてくる。


右手にはたき、左手に雑巾、両足で俺の背丈の3倍はありそうな脚立を挟みながら、顔中に思いっきり力を込めて、立て続けに出たがるくしゃみを無理やり押し込んだ。


股の間で背の高い脚立がガタガタと揺れる。


「うわっっ!落ちる落ちる、落ちるからっ・・!驚かせて悪かったって!」


慌ててはっしと股の間で脚立を挟み込み、上部分をペシペシと叩いて宥めすかした。

抗議するようにわき腹を小突いてくる魔法ランタンのことも、肩の辺りの定位置に戻してやる。



ここは町の外れの小さな塔。

蔦で覆われた石造りの建物の内部は、ひんやりしていて独特のカビ臭い空気に包まれている。


塔の入り口から内部を見上げれば、ドーム状の天井が見渡せる壁も仕切りもない巨大な筒型の空間だ。

そこに所狭しと並んでいるのは、夥しい数の本を収納した高低様々な書棚の数々。

その間を行き交う、いくつもの動く脚立たち。

そして、書棚と書棚の間をふわふわと漂い灯りを提供している魔法ランタンは、温度と湿度を保つ空調機能付き。


王立図書館ばりの最新魔道具が揃っているこの塔は、現在、絶賛機能不全に陥っている。


収納する本数に合わせて棚数を変えられるはずの魔式書棚は、その上部にやたらめったらと本が積み上げられているせいで、適切に棚数を増やせずにいる。

書架の間を歩き、自働で片付けてくれる働き者の魔動脚立は、崩れた本によって塞がれた通路を越えられず、あちらこちらで立ち往生。

その周囲を困ったように浮遊する魔法ランタンたち・・・。


「あのじーさんまためちゃくちゃに本増やしてんじゃねーかっっ!増やすんだったらちったぁ片付けやがれーーー!!」


天窓から入る柔らかな陽光に照らされた室内に、俺のわめき声が響き渡った。


リュカ・ジョレンテ。15歳。

王立魔法学校 中等科3年生。

花の盛りのDC(男子中学生)が、なにも好き好んで雑巾片手にカビと埃にまみれているわけではない。

書庫掃除のアルバイトに来ているのであーる。


この塔は、古書収集が趣味のじーさん・・・もとい、3賢人の1人として魔法界に名を馳せる、偉大なる大魔法使い、アルベルト・ガルゼニティの保管庫だ。


上下左右どちらを向いても、目に入るのは夥しい数の本。

一体何千冊・・・何万冊あるのやら、見当もつかない。

ありとあらゆる種類の本が整理も整頓もされずに、あっちこっちにごっちゃぐっちゃに積み上げられ、至る所で雪崩が起きている。

塔の中央部分、一段とうず高く詰みあげられた塊(これも本)の脇に、寝袋と薬缶と大量の缶詰めが転がっているのが見える。

あ、あそこ。賢者さまの寝床ね。

今時河川敷のホームレスの方が良い寝床を作ってると思うんだよねー。


『賢人ガルゼニティ』っていえば、初等科の教科書にも載ってる、魔法使いの子なら誰もが知ってるような「超」のつくどえらいじーさんだ。


そのガルゼニティが、大魔法使いとしての現役引退後に引き隠って、古今東西のありとあらゆる書物をかき集めて研究に没頭しているのがこの塔。

世間からは『ガルゼの塔』って言われてる。


そうそう、ちょうどこの間終わった期末試験にこのじーさん出てきてたんだった。

たしか、数々の魔法則の発見と魔法式の考案によって現代魔法学を飛躍的に発展させた稀代の賢人で・・・ナントカ、カントカ・・・?


うーん、俺ってば歴史は苦手なんだよねっ。


終わったばかりの期末試験の出題範囲にあった名前だったけど、俺の脳みそはさっそく覚えておく事を放棄したらしい。

あんなに毎日ロイドによって詰め込み教育されたってのに。

ポンコツ過ぎるぞ、俺の脳みそ!

アイツに怒られるからもう少し仕事してくれ!


普段は南の海のように暖かいマリンブルーの瞳が、怒るとアイスドラゴンの『凍てつく息吹』色の青目(コールドブルー)に変わる友人を思い出して、冷やかーな心持ちになる。

だって、そうなった時のアイツってばまじで超怖いんだっ。


ロイドは魔法学校の同級生で友達だ。

なんと、入学してからの3年間同じクラスで、寮の部屋もお隣さん!

マブダチってやつだ。

ほら、俺『リュカ・ジョレンテ』と、『ロイド・ジェリーニ』だからさ。

イニシャル一緒。

アルファベット順の出席番号、1番違い。

新学期には毎回、席も隣だし実験や実習でも同じグループになるんだよね。

入学直後の心細い時期に、身近にいるやつって仲良くなるじゃん?


それでなくても、世界の最果てみたいなど田舎から出てきた俺は、自分以外の家族っていえば浮世離れしたばーちゃんだけ。

物心ついてからずっと、ほぼ自給自足のふたり暮らししてきたもんだから、入学したばかりの頃はまじで右も左もわからなくて。

現代魔法社会についていけないどころか、寮の部屋に備えつきの一般的な生活魔道具すら、どう使うのかもわからなくて。

心細いどころではなかったため、隣のロイドの部屋に何度も、それはもう何っ度も、文字通り駆け込んだ。


ロイドの家は、由緒正しく代々続く魔法使いの家系。

所謂名家のお坊ちゃんってやつだ。

とーぜん、入学前から学校のことも魔法教育だって実家でしっかり履修済み。

同じ1年生なのになんでも知ってる、できるヤツって感じだった。

実際、クラスメイトからも教師たちからも入学前から一目置かれていた・・らしい。


いや、俺だって、もし誰かからロイドの前評判を先に聞いていれば、他のクラスメイトみたいに遠巻きに見て「スカしたやろーだなっ」とでも言ってたと思うんだよ、たぶん。


けれど悲しいかな。

世界の最果てにはそんな前評判も、誰もが知る名家っていう一般教養も誰も届けてくれないもんね。


結果、やれ電気が点かないやら、シャワーが出ないやら、トイレが流せない(!)やらで、隣の部屋のドアをどんどん叩いて、毎回ロイドを呼び出すのは俺くらい。

あっという間に周りから『ジェリーニ家の令息に突撃しに行くやベーやつ』認定されてしまった。


俺とロイド↔️遠巻きに見るクラスメイトっていうぼっちな構図が学期いっぱいは続いて、ひそかに友達100人できるかな!を期待していた俺は、ちょっぴり泣いた。


まあ、それがきっかけで、ロイドとは思った以上に仲良くなれたから結果オーライなんだけどね!


それに、俺は俺で、ロイドとは違う意味で入学前から注目されていたというか・・・

「その他大勢の可愛い新入生」になれない理由があった。


俺っていうか、俺のばーちゃん。

今も変わらず世界の最果てみたいなど田舎で、半自給自足のひとり暮らししているばーちゃんは。


この魔法社会で知らない人はいないくらいの、超!!!有名な『伝説の魔女』だったんだ。

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