第7話
王子の居室...
王子「んっ...?」
読書の最中、室外の喧騒を聞き付け本を閉じ立ち上がる王子。
「ガチャッ...」扉を開き通路に出ると、慌てて走る使用人たちの姿。
王子「何事か...!」通り過ぎ行く衛兵を呼び止める。
衛兵「ああ、殿下...又もや陛下が...!」
王子「...!」王子は急ぎ、玉座の間へと向かう。
使用人たち「あわあわ...」
玉座の間の扉の前に、事件の惨状を覗き込む使用人たちの姿。
王子「...」使用人たちを押し除け玉座の間へ入る王子。
そこに、事切れた錬金術師長サーチャス・オライリの躯が。
師長補佐たち「...」又もや師長を殺され、茫然と立ち尽くす師長補佐たち。
王子「ああ、何と...」
「タッ、タッ、タッ、タッ...」
臣下たち「おおおっ...」血塗れで歩く王の姿を遠巻きに見る臣下たち。
臣下「ああ、何と...」
臣下「何と、又もや血塗れじゃ...」
臣下「此度は誰じゃ...」
臣下「此度は誰ぞ...」
臣下「一体何を、為出来し居った...」
臣下「一体何を、為出来した...」
臣下「一体何を...」
臣下「一体何を...」
臣下「一体何を...」
臣下「一体何を...」
王の居室...
王「去ね...」王は居室へと入るや否や、世話衆に退出を促す。
「ガチャリ...」退出し、扉を閉じる世話衆。
「ザザザザッ...」面を外し裸となって、頭上から落ちる湯に身を委ねる。
「ギュッ、ギュッ、ギュッ...」腕に浴びた返り血を、擦り落とす王。
アタムの居室...
「バサバサバサッ...!」白籠女に宛てた書状を、鳩に託し空へと放つ王子。
アタム「陛下は恐れて御出でなのじゃ...」
王子「ははっ...!」
「いや真逆、恐れなど...誰もが平伏す父上様が...?」
アタム「...」
王子「...」
「一体何を恐れて居ると...?」
アタム「死じゃよ...」
王子「死っ...?」
アタム「生を享けし全ての者に、等しく訪れる命の終焉...」
「其れは、如何に王とて...決して抗う事の出来ぬ世の理...」
王子「...」
アタム「不自由の無い立場である故...死への恐怖が日日、募るのじゃろう...」
夕刻の講堂...
錬金術師たち「...」サーチャス・オライリの躯を囲む錬金術師たち。
錬金術師「ああ、もう仕舞いじゃ、此処には居れん...」
錬金術師「急ぎ余所へ、移らねば...」
錬金術師「うむ...其れが賢明ぞい...」
錬金術師「漸く手にした此の地位を捨て...今更、徒弟に使われるなど...」
錬金術師「然様な事など言うては居れぬ...」
錬金術師「留まり居っては皆、孰れ...」
錬金術師「そもそも潰しの効かぬ身を、果たして拾うて貰えるだろうか...」
錬金術師「御主ら何処かに伝手を持たぬか...」
「タッ、タッ、タッ、タッ...」術師に一瞥も呉れず立ち去る錬金術師たち。
術師「ふん...」サーチャスの遺体を見て笑みを見せる術師。
「愚か者めが...命を粗末にし居ってからに...」
師長補佐1「貴様っ...!!」
「ストッ...」声を荒げる師長補佐1を無視し、師長の席に座る術師。
錬金術師たち「ざわざわ...」
術師「異存はあるか...?」
師長補佐たち「...」
術師「誰ぞ、異存のある者はっ...!!」
錬金術師たち「...」
夜、楽園...
籠女「陛下!」王を出迎える籠女たち。
王「...」籠女たちに衣服を剝がれる王。
籠女「白様、陛下が御越しです...」王の来訪を白籠女に伝える籠女。
白籠女「はい...」白籠女の部屋の中に、餌を啄む伝書鳩。
寵愛を得るべく、王の行手に列となる籠女たち。
籠女たち「...」
「ペタッ...」王は籠女の唇に触れ、籠女は王の局部に触れる。
白籠女「御待ち申して居りました...陛下...」
列の最後尾に立つ白籠女が王に深々と頭を下げる。
王「うむ...」
白籠女「...」
王の局部が籠女たちの手に反応していない様子を見て取る白籠女。
王「...」籠女たちの饗しを受ける王。
籠女たち「はっ!」淫らに踊る籠女たち。
王「...」その迸る汗が滾らぬ王の顔を打つ。
白籠女「...」白籠女は歯を食い縛り肘掛けを握る王を案ずる。
王「...」心が挫けた王の手が、白籠女にそっと触れる。
白籠女「如何か陛下...今宵は私奴に御相手を...」王の手を取る白籠女。
王「うむ...」立ち上がり、白籠女に誘われる儘に寝屋へと歩く王。
「カチャッ...」寝屋に入り戸を閉じる白籠女。
王「...」光の失せた暗がりで、王は項垂れ立ち尽くす。
白籠女「...」白籠女の手が、王の背を優しく摩る。
夜風に当たる王の傍に、白籠女が静かに腰を下ろす。
白籠女「今日も又...誰ぞを御殺め為されたと...」
王「ふふっ...御主は何時も耳聡い...」
「此度もミュネフの注進か...」
白籠女「...」畳まれた書状を王に見せる白籠女。
王「...」書状を受け取り開く王。
白籠女「...」
王「ふん...」王は書状を握り締め、苛立たしげに立ち上がる。
「小賢しい真似を...何故直に申し居らぬ...!」
白籠女「何故に...」
王「...」
白籠女「永遠の生など絵空事...成せぬからとて殺めるは非情...」
「残された者が余りに不憫...」
王「絵空事であったとて、其れを成するが彼奴らの本分...」
白籠女「陛下...」
「私奴の此の体...如何か御覧になられませ...」
「嘗て誇った若さなど、最早見る影も御座いません...」
「人は誰しも老い果てます...其れは、陛下とて同じ...」
王「...」
白籠女「不死への執着など無益な事...」
「貴方様の貴重なる生を...如何か浪費、為されませぬ様...」
王「...」
早朝、王城内 鍛錬場...
「タッ、タッ、タッ、タッ...」側仕えを従え鍛錬場に入る王子。
王子「はっ...」何とそこには武具を纏い、長椅子に腰掛け待つ王の姿が。
「此れは父上様...」
王「ミュネフよ、久方振りに手合せ致そう...」
王子「はい...急ぎ準備をして参ります...」
王「うむ...」
王子「くそっ...」
薄暗い半地下の武具庫内、震える手で武具を身に付ける王子。
側仕え「...」
「スッ...」意を決して立ち上がり、階段を上り王の元へと向かう。
王「...」
王子「...」無表情で待つ王に向かい歩く王子。
臣下たち「...」対峙する両者を見詰める臣下たち。
王「いざ...」剣を構える王。
「カン!カン!カン!カン!」静まり返る鍛錬場に剣戟の音が鳴り響く。
王子「はっ...!はっ...!」
無表情で振り下ろされる王の剣を、王子が必死の形相で受ける。
臣下「おお、殿下も随分と腕を上げられた...」
臣下「陛下に遅れを取らぬとは...」
臣下たち「うむ...」一進一退の攻防に感嘆する臣下たち。
側仕え「...」王子が誉められ喜ぶ側仕え。
王「ふん!ふん!」
王子「うっ!」王の力強い気迫に圧され、王子が徐々に後退る。
王「如何した、腰が引けて居るぞ!」
王子「うううっ...」
王「貴様其れでも我の子かっ!!」
王子「うぉおおおおーーー!!」
王の言葉を受け勢いを盛り返した王子が攻勢に出る。
王「ふうっ!ふうっ!」すると次第に王の呼吸が乱れ始める。
王子「ふっ!ふっ!」振り下ろされる剣を払いつつ、反撃の機会を窺う王子。
王の足が縺れた瞬間を捉え、その足を掬い握った柄で背を打ち付ける。
側仕え「はあっ!!」
臣下たち「おおおおっ...!」地に膝を突けた王の姿を目にし響めく臣下たち。
王子「にかっ!」一矢を報いた王子の顔に笑みが浮かぶ。
王「...!」自身に向けられた笑みを目にした瞬間、王の形相が一変する。
「ふうおおおおぅーーーっ!!!」
王子「うわわっ!!!」怒れる王の眼光にすっかり萎縮してしまう王子。
「カン!カン!カン!カン!」
王子「うううっ...」一方的に打ち込まれる剣を、王子は必死で払い続ける。
王「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
側仕え「殿下っ...!」
王「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
受けきれず倒れた王子に、猶も打ち込み続ける王。
臣下たち「あわわわっ...!!」
臣下「おいこら衛兵、何をして居る!」
臣下「早う止めぬか!」
臣下「止めよ!止めよっ!」
衛兵たち「あわわわ...」しかし王を恐れ、誰も近付く事が出来ない。
王「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ...」
冷静さを取り戻した王が、王子の姿をじっと見詰める。
王子「...」ぐったりとしたまま動かぬ王子。
王「ふん...!」手にした剣を放り投げ、鍛錬場から立ち去る王。
臣下たち「...」王から距離を取りつつも、後に続く臣下たち。
側仕え「殿下!殿下!」倒れた王子に急ぎ駆け寄る側仕え。
「殿下...!殿下...!」
楽園...
王子「いたたたっ...」頭を押さえ身を起こす王子。
「...」
「ああ、そうだ...」暫し思案し、倒れる以前の状況を思い出す。
「此処は一体何処なのだろう...」
室内を見回し寝台から立ち上がると、戸を開いて外の様子を窺う。
王子「んっ、あっ...!」水場で戯れる籠女たちの姿を認め驚く王子。
「何と此処は...真逆、楽園...?」
籠女「あーっ!」王子の視線に気付く籠女。
「わぁーっ、殿下ぁーっ!!」
籠女たち「きゃーっ、殿下っ!」
「殿下が起きた!」次々と集まって来る籠女たち。
王子「うわわっ...!!」思わず室内へ後退る王子。
籠女たち「うふふ...うふふふっ...」
王子「何じゃ、何じゃ...」籠女たちに詰め寄られ、王子は戸惑いを隠せない。
籠女「殿下...」
王子「ななっ...!」
籠女「うふふ...」
王子「ああ...」局部に触れられ忽ち勃起する王子。
籠女たち「うわぁ...凄い...!」その若さを目にし驚く籠女たち。
王子「ああああっ...」王子は赤面しながらも、されるが儘に身を委ねる。
籠女たち「うふふ...うふふふっ...」
白籠女「此れ、止めぬか行儀の悪い!」食事を運んで来る白籠女。
籠女「しっ、白様!」慌て王子から離れる籠女たち。
王子「母上...」
白籠女「御前たちの身は陛下のものぞ!」
籠女たち「申し訳御座いません...」
白籠女「ほらミュネフ、其方も仕舞って!」
局部を露出させた儘の王子を諫める。
王子「...」王子は急ぎ、局部を隠す。
籠女たち「...」いそいそと部屋から出て行く籠女たち。
王子「...」
白籠女「如何やら問題無さそうですね...」
「ペタペタ...」王子の頭部に触れ異常がないかを確認する。
王子「...」母親に身を委ねる王子。
白籠女「其れを食べたら御戻りなさい…」
「スッ、スッ、スッ、スッ...」白籠女は王子に背を向け別室へ向かう。
「スッ...」王子の手が食事へと伸びる。
王子「もぐもぐ...」王子は食事を頬張りながら母親の居る隣室に目を向ける。
「母上よ...何があったか聞かぬのですか...?」
白籠女「然様な事...何の興味も御座いません...」
揺り椅子に座り編み物をする白籠女。
白籠女「如何せ其方が何時もの如く、何か悪さを仕出かしたのじゃろ...」
王子「ちぇっ...」再び母親の居る部屋に目を向ける。
「タッ、タッ、タッ、タッ...」
王子「もぐもぐ...」
白籠女「...」白籠女は、背後に王子の気配を感じる。
王子「のう、母上よ...」
手にした肉を食みながら、白籠女の背に向け声を掛ける。
王子「父上様は...我の事を、憎んで御出でなのであろうか...」
白籠女「其の様な事、あるはずが無かろう...」
「陛下は常に其方の事を、大事に思うて居られます...」
王子「...」
「今日、我を見る父上様の眼の中に...強い敵意を感じました...」
白籠女「...」
「面を着けて居られる故に、然様な風に見えたのじゃ...」
王子「父上様は何故何時も、顔を覆って御出でなのじゃ...?」
「我は未だ父上様の、素顔を目にした事が無い...」
白籠女「さあ、何故かのう...」
王子「母上様よ、真の話...父上様が心配なのです...」
「今日に限った事では無い...錬金術師の件もある...」
「他の者らも同様に、父上様を案じて居ります...」
白籠女「...」
王子長老アタムが申すには...」
「父上様は死ぬる事を、恐れて御出でなのやもと...」
白籠女「...」
王子「母上様...」
「父上様は...御心を病んで居られるのでは...」
白籠女「...」
王子「...」楽園から王の居室を見上げる王子。
玉座の間...
王「...」玉座に座り目を閉じる王。
王の精神世界...
王「...」玉座に座る王の前方に積み重なった躯の山。
「ドサッ...」黒雲立ち込める空が唸り、1体の躯が落ちて来る。
それは昨日殺めた錬金術師長、サーチャス・オライリの躯。
サーチャス「ううっ...」
「ザッ、ザッ、ザッ...」サーチャスの躯は立ち上がり、王に向かって歩き出す。
王「...」
サーチャス「ううううっ...」サーチャスの躯が王に詰め寄り掴み掛かる。
王「...」しかし王は微動だにしない。
サーチャス「ぎゃぁあああああーーーーー!!!!」
王「...」躯の奇声を聞き、笑みを浮かべる王。
貧民窟...
コステロ「ボリボリ...」
通りを歩く貧民たちの放つ生の臭気がコステロの鼻腔を刺激する。
年嵩「のう、爺よ...コステロの奴、今日も何も食っとらん...」
「其れに彼の腕...爛れてもうて...」
商人「...」煙草を吹かす商人。
年嵩「野巫ん所さ、連れてっちゃれや...」
「辛抱しいじゃけ何も言わんが...屹度何処か、病んどるよ...」
商人「...」
年嵩「放っときゃ孰れ、死んでまうけぇ...」
商人「むう...」コステロに目を向ける商人。
コステロ「ボリボリ...」膿み爛れた腕を掻き毟るコステロ。